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偽りの手紙5
市場へ着くと、店は徐々に開きはじめている時間がった。市場の隅の今は水も出ない噴水のところに腰をかけ、パン屋が開くのを待った。少し待つとほとんどの店が開き、パン屋もオープンしたみたいだ。パン屋へ行くと、パンのいい匂いがする。それが屋敷の厨房を思い出させた。アベルさん、色々教えてくれたな。そしてこのパン屋さんはレオニスさんと来たパン屋だ。台の上には焼き立てのパンがたくさん売られている。そして、そこにはこの間いた男の子もいた。今はきちんと食事をできているだろうか。レオニスさんはずっとこの子のことを心配していた。「あの子が飢えないように」そう言っていた。
俺は台の上から、丸いバゲットを買った。これなら残りのお金で飲み物が買える。あ、ニコラスさんが屋台では危ないから飲食をするなって言ってたな。でも、他に飲み物を売っているところもないし、仕方がない。それにもう俺を心配する人は誰もいない。それより、ルナの食事を考えて、いいわけないよなと思いながらバゲットをルナにお裾分けすることで許して貰おうと心の中で思った。きちんと賃金が入ったら、きちんとした食事を食べさせてやるから、それまで我慢してくれ。
「……失礼ですが、以前アーゼンハイツ伯爵様と一緒にいらっしゃった方ではないですか?」
お客さんなんてたくさんいるから俺のことなんか覚えていないと思っていたけれど、覚えていたらしい。そうか。レオニスさんと一緒だったし、男の子のことで話しをしたから覚えていたか。ここでどう返事をしたらいいのか迷ったけれど、変に嘘をつくのもおかしいかと思い、素直に返事をした。
「……はい。そうです」
「今日は伯爵様はいらっしゃらないのですか? それならぜひ伝えてください。今はこの子にきちんとパンを食べさせています、と。そのことで、店のことも頑張ってしてくれるようになりました」
そうか。もう店のパンを盗む必要はなくなったのか。きちんとパンを食べられているのなら良かった。
「良かったです」
「あのときの伯爵様の言葉のおかげです。本当にありがとうございました」
そう言ってパン屋の店主は頭を下げる。いや、俺は庶民だから、頭を下げる必要などないし、今聞いた言葉をレオニスさんに伝えることもできない。だから頭を上げてくれ。
「頭を上げてください。俺はたまたま隣にいただけで、言ったのはレオニ、いえ伯爵様だから、俺に頭を下げる必要はないですよ」
「いえ。でも……。そうしたら、このパンの代金はいりません」
「え……。それはダメですよ。きちんとした売り物なんですから」
「はい。この次からはきちんと代金はいただきます。でも、今日は感謝の気持ちとして受け取ってください」
俺がただで貰うわけにはいかない。そう思うけれど、店主も引く気がないようだ。そうしたら俺が引くしかないのだろうか。
「じゃあお言葉に甘えて……」
そう言ったけれど、ほんとにいいのかと心臓がバクバク言っている。
「ありがとうございました」
そう言って店から離れようとしたときに男の子が言った。
「ありがとうございました」
小さな声ではあったけれど、確かに俺の耳には聞こえた。この子もきちんとパンを食べられるようになって、それがレオニスさんの言葉のおかげだとわかっていて、俺にそう言ってくれたんだ。このことをレオニスさんに伝えてあげたい。あなたの言葉で救われた子供がいる、と。
「頑張ってね」
俺がそう言うと、その子は笑顔を向けてきた。この笑顔をレオニスさんに見せてあげたい。きっと喜ぶだろう。庶民救済法案、通るといいな。そう思いながらパン屋を離れ、また噴水のところへ戻る。パンにかじりつく前に、少しルナに食べさせる。ルナはお腹がすいていたのか、バクバクと食べ始めた。俺が屋敷を出たことでルナに迷惑をかけてしまった。でも、俺が出ていくのにルナだけ残していくわけにもいかないだろう。それに、俺にしたらたった1人(一匹)の心の拠り所だ。そうだ。レオニスさんがいなくても、誰もいなくても俺にはルナがいる。だから、ルナがお腹を空かせないように仕事を見つけなきゃ。これだけお店があるんだ。どこか1ヶ所くらい人手を探しているところもあるだろう。そうだ。誰かに聞けばいいかもしれない。でも、誰に聞けばいいんだろう。そう思ったとき、以前話したことのある人に聞こうと思った。確かこの近くは八百屋のリズさんとアルドさんのお店が近かったはずだ。よし、そう決めたらまずはパンを食べよう。そう思って、ルナに続いて俺もパンを食べた。
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