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月下の追走1
屋敷に帰ると使用人たちが慌てている。私が帰ったことに気づいたのはニコラスとクララだけだった。他の者は皆慌てふためいている。この騒ぎはなんだ?
「ニコラス。一体どうした。すごい騒ぎのようだが」
「旦那様。タクヤ様のお姿が見えなくて……」
クララが申し訳なさそうに私の顔を見る。タクヤの姿が見えない? どういうことだ?
「朝食には来なかったのか?」
「はい」
今朝は私が出かけるのが早くて、いつもより早い時間に1人で朝食を食べて出かけた。あのあとタクヤは現れなかったということか。
「誰か姿を見た者はいないのか?」
「実は、今朝早くに私が姿を見かけたのですが……」
いつものニコラスらしくなく、歯切れが悪い。
「朝起きて、玄関近くでタクヤ様らしい姿を見かけたので、お声がけをしたのですが、気づかれなかったようで出ていかれまして……。そのときは散歩にでも行くのだろうと思い、追いかけなかったのですが、朝食の時間になってもお姿がなく、体調が悪くなったのではとクララがお部屋へ行ったのですが、お返事がなく、申し訳ないと思いながらお部屋を覗いたらお姿がなかったのでございます」
ニコラスが朝見かけたというのなら、相当早い。仕事柄屋敷で一番早くに起きている。そのときに屋敷を出ていったというのだろうか。庭でなければどこへ行った?
「屋敷の中はもちろん、庭も探したのですが、タクヤ様はもちろん、猫の姿も見えないのでございます」
猫の姿も見えない? それはどういうことだ? 私は急いでタクヤの部屋へ行った。ニコラスの言う通り、そこにタクヤの姿はない。どういうことだ? 部屋を出ようとしたときに、机の上に何かが置かれているのに気がついた。手に取って見てみると、我がアーゼンハイツ家の家紋の入った封蝋のついた手紙。見ると、封筒はすでに開けられた痕跡があったので、開けてみると中には短い言葉が書かれていた。
『君に関わると、私の立場が危うい。
これ以上、屋敷に留まるのはお互いのためにならない。
速やかにここを出ていって欲しい』
署名は私のものだ。しかし私はこんな手紙を書いた覚えはない。だが、筆跡は私のものだ。どういうことだ? この手紙、そしてタクヤの姿も猫の姿もない。ということは、この手紙を私が書いたと思い、出ていったと考えるのが自然だろう。でも、誰がこんな私の筆跡を真似た手紙を書いたのだろうか。私が書いた覚えがないということは、魔法で偽造されたと見るのが自然だ。そこで私は気がついた。この手紙に使われているインクは私が使っているものとは明らかに違う。どこか偽造されたものだと思われる。そして手紙から微かに香りがする。その香りに私は覚えがある。リシア嬢だ。昨日は私が留守の間にリシア嬢が来ていたと聞いた。彼女なら魔法使いにこんな手紙を作らすことなど造作もないだろう。今朝早くに出ていったということは昨日この手紙を読んだということだ。最近、やたらにリシア嬢が来ていると思ったら、こんなことをしていたのか。タクヤがいるのが面白くなかったのだろう。もしかしたら私がタクヤのことを想っていることに気がついたのかもしれない。それで邪魔になってこのようなことをしたのではないか。そしてタクヤはこの手紙が偽造されたものだとは気づかず、私が書いたと思い込んで出ていったというところだろうか。この世界では魔法というものは身近だけれど、タクヤのいた世界では魔法使いという存在はいなかったと言う。だから、これが偽造されたものだとは思わなかったのだろう。リシア嬢……。このことは許さない。
「ニコラス。これからはリシア嬢が来ても屋敷の中に入れるな。来たら追い返せ。文句を言ってくるだろうが、それでも追い返せ。文句は私が聞く。このことを使用人すべてに徹底させろ」
「かしこまりました。ではタクヤ様は?」
「恐らく出ていったのだろう」
「そんな!」
「これから私は探しに行ってくる。もし、私と入れ違いに戻ってきたら、絶対に外に出すな」
「かしこまりました」
一度脱いだ外套を掴み、また外へ出る。厩へと行き、戻ってきたばかりの馬に乾草を与えているベンに声をかけた。
「ベン。また馬車を出して欲しい」
私がそういうとベンは不思議そうな顔をした。そうだろう。一度帰ってきた私がまた出ていくことなど滅多にないのだから。
「かしこまりました。でも、どちらへ?」
「街だ。恐らく、市場」
「? はい。すぐに出します」
ベンは先ほど帰ってきたばかりの馬に、もう一度出かけるよう支度をしている。
この世界でタクヤが知っているところは、街と市場、そしてアカエアの遺跡しかない。しかしアカエアはここから遠く、歩いて行ける場所ではないし、タクヤは行き方も知らないだろう。でも、街や市場は先日一緒に行ったから道も覚えているかもしれない。だから、行くとしたらそこしかない。
タクヤ。今行くから待っていてくれ。
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