65 / 82
月下の追走5
「タクヤ。帰ろう」
レオニスさんが帰ろうと言ってくれる。それが嬉しかった。嬉しかったけれど、帰っていいんだろうか。あの手紙はほんとに偽造されたものでレオニスさんが書いたものではないのだろうか。偽造だとして、ほんとに俺は帰っていいんだろうか。俺はただの客人だ。その客人がいつまでもレオニスさんの屋敷に居座っていていいんだろうか。外で仕事をして家を借りて、レオニスさんとはたまに会うようにした方がいいんじゃないだろうか。そうだとしたら、俺は帰ってはいけない。リズさんのところで雇って貰えたし、住むところだってなんとかなったんだ。自立するのが筋だろう。
「帰れません」
俺がそう言うとレオニスさんはびっくりした顔をする。すぐに帰ると思ったんだろう。
「なぜだ。屋敷で他になにかあったのか?」
ああ。あの手紙以外に屋敷で陰口を言われたりなにかしたと思ったのだろうか。眉をひそめた。
「そうじゃありません。ただ、俺はただの客人だから。そんな俺がいつまでも屋敷にいるものじゃないなって思ったんです。だから外で暮らしたほうがいいって」
「しかし|来訪者《ヴィジター》を保護しないなど貴族としてあってはならないことだ。それに、それがなくとも私はタクヤと一緒にいたい」
真っ直ぐな目で俺を見るレオニスさんは真剣なのがわかる。一緒にいたいと言ってくれるのか。それがどれだけ嬉しいか。でも、簡単に頷けない。
「でも、リシアさんが、レオニスさんを苦しめるなって……」
「そんなことも言ったのか。私はタクヤを保護して苦しんだことなど一度もないし、これからもない」
そう、はっきり言ってくれるレオニスさんに俺は嬉しくなった。でも、これははっきり言わなくてはいけない。
「それに俺、リズさんのところで雇って貰えたんです。それで住むところもあります。リズさんたちの名義で借りた部屋に住めることになりました。だから……」
「リズがか」
「はい」
「リズには私から話しをしよう」
「でも!」
「タクヤは私と一緒に住むのは嫌か?」
「そんなこと! ただ、使用人の人たちも、いつまでも俺がいるのがおかしいと思うんじゃないですか?」
「そんなことは気にすることはない。もしタクヤが気になるのなら、はっきりと言う」
「え?! みんなにですか?」
「そうだ」
「そんなことしたら余計に居づらくなります」
「そうしたら、私の仕事を手伝って貰っていると言えばいい」
そこまで言って、レオニスさんは絶対に俺を連れて帰る気なのだなとわかる。でも、リズさんとアルドさんにはなんと言うのか。
「私は絶対にタクヤを連れて帰るぞ。リズとアルドには私から話すから気にすることはない」
「でも!」
「タクヤは私といるのが嫌かそうじゃないか、それだけ言ってくれ。その他のことは私がなんとでもする」
「……嫌じゃ……ない、です」
言ってしまった。でも、シンプルにレオニスさんといるのか嫌かどうかと聞かれたら嫌じゃないとしか答えられない。でも、ほんとにそう答えてしまって良かったんだろうか。でも、俺の答えにレオニスさんは嬉しそうに笑った。
「そうしたらリズとアルドには私から話そう」
「あの!」
「どうした? 私といるのは嫌ではないのだろう?」
「嫌じゃないです。でも、毎日じゃなくてもいいから、アルドさんのお手伝いをさせて貰えませんか?」
「仕事なら――」
「違います! ただ、アルドさん、1人ですごい荷を抱えているんです。市場におろす分もあるし、屋敷に配達に行くこともあるし。だから手伝ってあげたいんです。ダメですか?」
俺がそう言うとレオニスさんは迷った顔をする。やっぱり手伝いをするのはダメなんだろうか。そう思っているとレオニスさんは小さな声で言う。
「私は王都を離れようと思う」
「え?」
思いもしない言葉を耳にして俺は驚いた。
「王都にいてはヴァルター侯爵やオマンド子爵、そしてリシア嬢がいる。またなにを企むかわからない。貴族院議員を辞めて領地で、領地を活性化させて行こうと思う。国の他の地方の庶民は救済することはできないが、領地の庶民を救えなくては意味がないからな。だからタクヤと共に領地へ行きたいと思う。そうすればもう誰もタクヤを傷つける人間はいなくなる」
「レオニスさん……」
「議員を辞めて田舎へ行く私は嫌だろうか」
「そんなこと!」
「それなら一緒に来て欲しい」
レオニスさんはそう言って俺を抱きしめてきた。レオニスさんに抱きしめられるのは初めてだ。人の体温はこんなにも心地良いものだったのか。初めて知った。それに、とても安心できる。レオニスさんの腕の中はこんなにも温かくて安心できるんだな。リズさんやアルドさんには申し訳ないけれど、この場所を手放すなんて俺にはできそうにない。俺が腕の中から動かないことからYesの返事だと取ったのだろう。レオニスさんは腕を解いて、俺の手を取ると歩き出す。
「リズとアルドのところへ行こう。家を知っているか?」
「……はい」
「じゃあ話しに行こう」
そう言って振り返るレオニスさんの顔はどこか晴れ晴れとしていて、嬉しそうだった。
ともだちにシェアしよう!

