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帰還の魔道士1

 屋敷に戻るとニコラスさんや使用人のみんなが駆け寄ってきた。そして、俺の顔を見てニコラスさんはホッとした顔をしていた。クララさんにいたっては目が潤んでいる。心配をかけてしまったんだ。なので、俺はみんなに頭を下げた。   「あの……ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」 「タクヤ様。頭をあげてください。ご無事で戻られたらそれで良いのです」  ニコラスさんのその優しい言葉に、俺は泣きそうになった。もしかしたら朝、声をかけたのにと後悔していたのかもしれない。でも、それを訊くことはできない。だから、俺は謝るしかできないんだ。 「ごめんなさい」 「もう謝らないでください。いいのですよ」  レオニスさんは黙って俺とニコラスさんのやり取りを見ていたけれど、会話が途切れるとレオニスさんは言った。 「全員揃っているな? そうしたらニコラス。アベルに来るように言ってくれ」 「かしこまりました」  しばらくしてアベルさんが来るとレオニスさんは穏やかに言葉を紡いだ。 「……私はしばらく領地へ戻ろうと思う。次の国会の時期には戻って来るかはわからない」  今は国会も閉じたから領地へ戻るのはおかしなことではないけれど、次の国会のときに戻ってくるかわからないというのはみんなにとって衝撃的なことだったらしく、みんな一様に目を見開いてレオニスさんを見る。 「旦那様。それは……議員をお辞めになるつもりですか?」 「そのつもりだ。とはいえ、まだ仲間の議員にも言っていないが。事情についてすべてを話すことはできない。だが、みんなを私の決断に巻き込みたくはない。もし、ここを辞めたい者がいても、私にはなにも言えない。だが、去る者も残る者も私にとってはみんな家族だ」  レオニスさんがそう言うと、メイドの何人かは泣き出した。ニコラスさんだけは冷静でいた。 「旦那様。この屋敷はどうなさるおつもりですか?」 「しばらくは残しておく。だから、残る者には今まで通り給与は支払う。だから選んで欲しい。残って屋敷を守るか、別の道を行くか。どちらも責めはしない。アベル。申し訳ないが、お前はもう少し残って貰うことはできるだろうか? 辞めたいというのなら、無理には止めないが」  レオニスさんがアベルさんにそう問うと、アベルさんは静かな声で言った。 「俺はこの屋敷が好きなので、しばらくは残らせて貰います。そして旦那様が戻られるのを待ちます」 「私はどうなるかわからないんだぞ」 「はい。それでも待ちます」  アベルさんは迷いもなく言い切った。それを聞いて、アベルさんはほんとにレオニスさんとこの屋敷のことが好きなんだなと思った。そういえば、ヴァルター侯爵が屋敷を訪れたあと、レオニスさんがあまり食べなくなったときにアベルさんはとても心配していた。それを考えるとこの屋敷に残るというのも頷ける。  そして泣いていたメイドさんを含め、辞めるという人は2人しかいなかった。その2人もそろそろ実家に帰るという人と、結婚を考えているから、この機会にという人だけでレオニスさんについていくことができないという人はいなかった。そして使用人を代表するようにニコラスさんが言った。 「私たちは旦那様がまた戻られるのをここで待ちます。議員を辞められても、何かで王都を訪れることがあると思います。そのときに立ち寄って頂ければと思います」 「ニコラス……」  ニコラスさんのみんなを代表した言葉にレオニスさんは目を潤ませていた。聞いていた俺も泣きそうになったのだからレオニスさんは余計だろう。 「あの……。タクヤ様はどうなさるのですか?」  クララさんがおずおずと訊いた。 「タクヤには私の補佐をして貰いたいので連れていく」 「それでは、タクヤ様もまた戻られることがあるのですね?」 「言い切ることはできないが……」 「それでしたら、タクヤ様のお戻りもお待ちしております」  レオニスさんを待つというのはわかる。この屋敷の主だから。けれど、俺を待ってくれるというのに俺は驚いた。だから声が出てしまった。 「俺を、ですか?」 「はい。私はタクヤ様のお世話を出来たことを光栄に思っております。いつも私のことを気遣ってくださいました。だから、タクヤ様がまた戻られることがあるのでしたら、またタクヤ様のお世話をさせて頂きたいのです」  そのクララさんの言葉に俺は涙が出た。 「クララさん……。ありがとう、ございます」  そう言うのがやっとだった。そんな俺の背中をレオニスさんが撫でてくれる。ああ、俺はレオニスさんに拾われて、そしてこの屋敷で過ごすことができて良かったと心から思った。 「クララ。私からも礼を言う。ありがとう」  レオニスさんがそういうとクララさんは完全に泣き出した。それでも、必死に笑おうとしていた。ああ、クララさんについて貰えて良かったな。そう心から思えた。こうしてレオニスさんが領地へ戻ってもほとんどの使用人の人たちが屋敷に残ることが決まった。

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