71 / 82
帰還の魔道士5
そこまで考えて、レオニスさんがリシアさんと婚約破棄したとして、俺はレオニスさんと結婚したいだろうか。そう考えた。日本は同性婚は認められていないから結婚のことを考えたことはないけれど、ここでは同性婚もできるみたいだから、レオニスさんと結婚できる未来もあるということだ。レオニスさんと結婚……。その言葉を頭の中で転がしたら、胸の奥が少しざわついた。日本では考えたことのない結婚という制度のこと。俺は子供の頃から同性が好きだったから結婚は考えたことがない。「将来結婚する」という前提は、いつも異性とのものとして語られていた。だから俺はその枠組みの外にいる自分をわざわざ想像しようともしなかった。けれどここでは違う。この国では同性同士でも婚姻が成立するのだという。つまり、理屈の上では、レオニスさんと結婚できる未来が存在する。もし、リシアさんとの婚約が正式に解消されて、貴族社会のしがらみをすべて乗り越えて。その先に”伴侶”として俺を選ぶとレオニスさんは言うのだ。でも俺は、それを望むんだろうか。考えようとするといくつもの感情が1度に浮かんでは消える。嬉しいという気持ちは確かにある。レオニスさんが俺を選んでくれるということ。それは言葉にできないほど胸が温かくなる。でも、それと同時に怖さもある。俺は庶民で、しかも異世界から来た人間で、この国の風習も文化も知らないし、政治も貴族としての責務もなにひとつまともに知らない。そんなんで結婚なんてしていいんだろうか。
「タクヤ。もし、私がリシア嬢と婚約破棄できたら、私と結婚してくれるだろうか」
ああ。レオニスさんの口から言われてしまった。
レオニスさんと結婚するということは彼の立場、名誉、領地、使用人の人たち。すべてを半分背負うということだ。
「俺にできるんでしょうか……」
レオニスさんの好きな和食を作れること。
猫の世話ができること。
屋敷の人と穏やかに話せること。
それは確かに俺の利点だけど、それが「貴族の伴侶」にふさわしいかと問われたら答えにつまる。
「できるできないは関係ない。君が私と結婚するのは嫌ではないのなら、私の手を取って欲しい。君の気持ちさえあればそれでいい。私の隣にいてくれればそれでいいんだ」
レオニスさんを想う気持ちだけでいいんだろうか。その気持ちならある。結婚するのだって嫌なわけではない。
「そんなことでいいんでしょうか」
レオニスさんの人生に、俺はもう深く関わってしまっているのか。結婚しなかったとしても。恋人という形ではなくても。無関係にはなれない。だったら……。もし、許されるのなら。選べるのなら。レオニスさんの”帰る場所”になりたい。肩書とか、立場とか、制度とか。そういったものを全部取っ払った先で、1日の終わりに戻ってくる場所。それが「結婚」という形を取るのなら、俺はそれを拒まない。不安はある。失うものももしかしたらあるかもしれない。それでも……。
「一緒に生きるっていうことなら……」
「それでいい。私にとってはそれが結婚だ」
そう言ってくれるレオニスさんに少しホッとした。もしかしたらそれで政争や陰謀に巻き込まれるかもしれない。いや、暗がりで男たちに襲われたことを考えたら、もう巻き込まれているのかもしれない。それでも離れたくないと思う相手と人生を共有する。それが結婚という形なら、それもいいと思う。そこまで来てしまっているんだ。少なくともレオニスさんと結婚する未来を”考えられない”と切り捨てることはできない。それだけははっきりしていた。
「でも、俺。この世界のことよく知らないし、政治のことも良くわからないけど、それでもいいんですか? それに俺は庶民です」
「構わない。この世界のことなら私が教えるし、政治のことだって良くわからなくても構わない。私が庶民救済を唱える改革派だと知っているだろう? それだけ知っていれば十分だ。庶民救済を唱える私が庶民を排除するわけがないだろう」
「それなら教えて下さい。政治のことも、議会の中でのレオニスさんの立場も知りたい。それくらいは知らないと伴侶として失格だと思うので」
「わかった。それなら少しずつ覚えていってくれ。焦らなくていい」
「はい――」
「それなら私はリシア嬢と婚約破棄できるように動く。それまで少し待っていてくれ」
「はい。待ってます」
これはプロポーズを受けたということになるんだろうか。いや、なるな。でも、一緒に生きるというシンプルな言葉にしたら俺はYESとしか言えない。諸々の細かいことはレオニスさんに教えて貰おう。それで少しずつ覚えていこう。それが俺の人生だ。つまり俺は元いた世界に帰る道を閉ざしたということになる。それでもレオニスさんといられるのならそれでいい。俺は、この世界で生きて行く――。
「それでは行こう。我が領地は温暖で果物が豊富で海が綺麗だ。きっとタクヤも気に入ると思う」
俺は寒がりだから温暖なのは嬉しいかも。果物が豊富というのも嬉しい。まだ見ぬレオニスさんの領地。それがこれからは俺の故郷になる。ちょっと緊張はするけれど、楽しみでもある。そうわくわくした気持ちでグリフォンの背に乗った。
ともだちにシェアしよう!

