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鎖と誓い5

 グリフォンの翼が空を切り、王都の屋敷が見えてきた。グリフォンは少しずつ高度を落とし、やがて屋敷の庭に降り立った。 「お疲れさま」  そう言ってグリフォンの頭を撫でてやると低く喉を鳴らした。  猫は待ってましたと言わんばかりにグリフォンから飛び降り、タクヤは降りるのに苦戦しているので、手を貸してやる。 「間にあったはずだが……」  王都を離れてからヴァルター侯爵派の密輸の書類、消されかけた証人。そんなことをかき集めるのに時間がかかった。そしてそれを適切なときに議会に提出すればヴァルター侯爵及びオマンド子爵を失脚させることができる。王都に来るにあたって今日一応書類は持ってきた。あとは証人に証言して貰えればいい。  それにしても屋敷は妙に静かだ。早朝というのはあるけれど、それでもニコラスは起きている時間だし、他の使用人だってそろそろ起きる時間だ。なのに誰も玄関ドアを開ける者がいない。 「なんだかやけに静かですね」  タクヤもそう思ったらしい。そう思いながらも足を1歩踏み出したとき声がした。 「動くな!」  そう声が聞こえた瞬間、私は兵に囲まれていた。 「レオニス・アーゼンハイツ卿。国家反逆罪で拘束する」  そう言われ手首を鎖で拘束された。間にあったけれど少し早かっただろうか。まさかここで拘束されるとは思わなかった。  この兵は反改革派。もっとはっきり言えば、ヴァルター侯爵の息のかかった兵だろう。そして恐らく私が王都に戻ってくるのを待っていたのだろう。 「レオニスさん!」  私の後ろにいたタクヤが泣きそうな声で叫ぶ。タクヤには議会の仕事については話していないので、いきなり私が拘束されてパニックを起こしているようだ。 「証拠は?」  そう冷静に問うと兵はにやりといやらしい笑みを浮かべて言った。 「必要ない。命令は出ている」  証拠もなく、命令だけで動く兵。ヴァルター侯爵派だと自ら言っているようなものだが、隠す気はないのだろう。ヴァルター侯爵は自分が失脚するなど考えてもいないのだろう。けれど必ず失脚させる。兵が来るのがもう少し遅ければ。そうしたら証拠と証言を突きつけることができるのに。それには仲間に証人を連れてきて貰う必要がある。私が領地にいて仲間の心配をして眠れなくなっていたのはこのためだった。だから捕まるのが私で良かった。仲間が捕まることほど辛いものはない。 「レオニスさん!」  タクヤの声は悲しみに濡れている。私はゆっくり振り返り、タクヤを見た。涙を流しながら私の名を呼ぶ様が愛おしいと思う。それでもタクヤを泣かせてしまったのが私だというのが辛い。タクヤを守ると言ったのに、結局泣かせてしまっている。でも仲間が証人を連れて密輸の証拠書類と一緒に提出すれば私は釈放されるはずだ。それはもう揃っていると思うが、まだなのだろうか。でも、必ず出て来られるから、タクヤにはこれ以上泣かないでいて欲しい。 「大丈夫だから泣かなくていい」 「だって!」 「お取り込み中だが、行くぞ。歩け」  兵はそう言って私の背を押して歩かせる。数歩歩いたところで玄関ドアが開き、ニコラスが出てくる。 「旦那様!」  その声に振り向いて声をかける。 「ニコラス。タクヤと書類を頼む」 「……かしこまりました。タクヤ様、中に入りましょう。温かい飲み物をご用意いたしますので」  ニコラスはさすがというもので、私の姿を見た瞬間はびっくりしたのだろうが、すぐに落ち着いてタクヤに声をかけていた。タクヤはニコラスに任せておけば大丈夫だろう。  私は仲間が証人を連れて来てくれるのを待つしかない。ただそれまでどれくらいかかるかわからない。問題はそれまでの間にヴァルター侯爵派が屋敷に入らなければいいが。ガサ入れをされて証拠書類を隠滅されたら困る。証人がくるのが早いか、それともガサ入れが先か。証人が先に来ることを祈るしかない。  牢獄までの道は静かだった。まだ朝早いからだろうか、人の姿はまばらだった。冷たい石畳の上をゆっくりと歩く。気持ちは驚くほど静かだった。ヴァルター侯爵派が屋敷に入るのが先か仲間が証人を連れてくるのが先か。そう思っているからだろう。捕らえられることはあっても首をハネることはないだろうと思っているからかもしれない。死刑にするほどのことはしないだろうから。  牢獄の中は暗かった。中に入ると、手の鎖は外され、独房に入れられる。独房の中は冷たかった。独房が居心地がいいなんて思ったことはないけれど、こんなに冷たいところだったのか。  タクヤはあの後どうしただろうか。ニコラスが温かい紅茶でも淹れてくれて気持ちを落ち着けただろうか。石の壁に背を預け、ゆっくりと目を閉じてタクヤのことを考える。タクヤは私がヴァルター侯爵失脚のために動いていることを知らないから気持ちを落ち着けるのに少し時間はかかるかもしれない。だが、ニラコスを筆頭に屋敷の者がいれば大丈夫だろう。  嵐は、まだ終わっていない。だが、夜明けもまた、必ず来る。その日まで、私はここで耐える。

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