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夜明けの救出5
独房を出て、静かに、でも急いで監獄を出る出るときにグランさんにお礼を言ったけど、「いいから早く行け」と言われた。そろそろ番兵が入れ替わる時間らしい。リカルドさんがいるから問題はないと思うけれど、リカルドさんが魔法を使う前に見られたら大変だ。監獄を抜けたところでリズさんたちがいた。
「……良かった」
リズさんはレオニスさんの姿を見るとホッとした顔をしたけれど、すぐに表情を引き締める。
「でも、安心するのはまだ早いわ。番兵の交代の時間だから、気を付けて丘まで行って。リカルド、2人を頼むわ」
「わかってる。ここまで来て失敗するわけにはいかないからな」
幻術は夜そのものに溶け込むように張り巡らせていた。番兵の立つ通路を抜けるとき、ランタンの灯りは確かに揺れていた。足音も確かにそこにあった。それでも、誰一人としてこちらを見なかった。視線はあっているはずなのに、認識だけがすり抜けていく。まるで俺たちが”存在しないもの”であるかのように。魔法ってすごい。喉まで出かかった言葉を必死に飲み込む。心臓の鼓動だけがやけに大きくてみんなに聞こえそうだった。
「音を立てるな。影のまま進め」
リカルドの囁きが耳元をかすめる。魔法使いの声すら幻術の一部のように夜に溶けていた。俺はレオニスさんの腕を掴み、北側の丘を目指した。石畳の冷たさ、湿った空気、壁に染み付いた鉄と蝋の匂い。牢獄という場所の重さが、まだ体にまとわりついているみたいだった。最後の外門を抜けた瞬間、夜風が頬を撫でる。外だ。空気が明らかに違う。閉じ込められていた闇ではなく、広がりのある夜。そこから先は丘へと続く細い道だった。要所要所で市場の人たちが、俺たちの姿を隠すように立ってくれている。そして口々に、「ご無事で良かった」とレオニスさんを見て言う。中には泣き出す人もいた。ああ、無事に助け出すことができたんだ、と思う。いや、でも安心するのはまだ早い。グリフォンに乗って、飛び立つまでは気を抜けない。
番兵の詰め所はまだ近い。だけど幻術はまだ途切れていない。
「この先で術を解く。丘を越えれば安全だ」
リカルドさんの声は冷静だったけれど、その額にはわずかに汗が滲んでいる。長時間の幻術維持。それはきっと、相当な負担なのだろう。それでも力を貸してくれていることに心の中で感謝した。リカルドさんのためにも失敗はできないんだ。俺たちは足早に進んだ。少しでも監獄から遠くへ行けるように。走りたい衝動を抑えて一歩一歩確実に進んだ。そのときだった。俺は小さな石に足を取られ、体がよろける。
「……っ!」
声を上げる前に、腕を力強く掴まれた。レオニスさんの手だった。
「大丈夫か?」
低く、落ち着いた声。牢獄にいたせいか、少し掠れているけれど、レオニスさんの声だった。レオニスさんは俺の手を引き寄せ、しっかりと支えてくれる。その手の力強さに、ああ無事に連れ出すことが出来たんだな、と思う。
「……すいません」
「謝るな。ここまで頑張ってくれた」
短い言葉だったけれど、不思議と力がわいた。そしてレオニスさんは俺の腕を掴んだまま、静かに言った。
「グリフォンに乗るまで離さない。いや、その先も」
月明かりに照らされたその横顔は、囚われていた男のものではなかった。覚悟を決め、未来を見据える領主の顔だった。丘の稜線が見えてくる。今まで踏んでいた石畳から、柔らかな感触の草へと変わっていった。風が強まり、夜の匂いが濃くなる。その頂きに大きな影があった。グリフォンだ。月光を受けた翼は淡く銀色に輝き、黄金の瞳が静かに瞬いている。低く喉をならし、俺たちを待っていた。そして、グリフォンの傍にはアレクさんがいた。
「本当に、いた」
思わず漏れた声に、アレクさんが小さく笑う。
「きちんと連れて来られただろう」
丘の上に立った瞬間、リカルドさんが深く息を吐いた。
「ここまでだ。後はもう大丈夫だろう。幻術を解く」
そう言って杖を下ろす。空気がふっと元に戻る感覚がした。瞬間に、誰か追ってきていないか後ろを見るけれど誰もいない。番兵に気づかれることなく、ここまで来れたのだとわかる。
「さあ乗れ。時間は十分あるが、できるだけ早い方がいい」
リカルドさんがそう言う。そうだ。これからは朝で、陽が昇ってしまう。それでも夜明け前の鐘はまだ鳴っていない。レオニスさんが先にグリフォンにまたがり、すぐに俺に手を差し伸べてくれる。すると荷物の影にルナがいることに気づいた。良かった。きちんと来ていたか。俺がいないから、それが心配だったけれど、きっとニコラスさんあたりに乗せられて来たんだろう。
「タクヤ」
俺はその手を取り、力を借りてグリフォンの背に上がった。
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