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静かな朝の誓い2
領地へ戻って1週間が経つ。王都からの知らせはまだない。知らせがあり次第、すぐに王都へ行けるようにフェルナンドには荷物をまとめておいて貰っている。タクヤにもそう話しているから、タクヤの荷物もまとまっているだろう。ニコラスが服に紛らわせて入れてあった封筒には大切な書類が入っている。その大切な書類とは密輸書類だ。主犯はオマンド子爵。承認はヴァルター侯爵。そう。あの2人は密輸を働いていたのだ。それを輸出入の監査官で入ったときに気がついた。帳簿のクセ、数字の歪み。通常ではありえないことだ。それで、それでなにが起こっているのか想像はつく。着服かもしくは密輸入か。証拠があれば国会に提出することができるけれど証拠がなかった。けれど、監査に入った数日後、エリク・ファーレンという男から連絡があった。大事な話があるから、ということである夜、倉庫街で会うことになった。このエリク・ファーレンとは輸出入許可書やインボイスなど作成している男だった。貴族が1人で出歩くことはまずない。けれど、この日は大切な話しだというので護衛は連れていなかった。馬車も倉庫街から離れた街で待たせてあった。私が約束の倉庫へ行くと、エリクは既に倉庫の中で待っていた。その顔は蒼白で、額には汗が滲んでいた。
「……来てくださって、ありがとうございます」
声が震えている。恐らく密告だろう。エリクの顔を見たときそう思った。けれど、それを指摘はしなかった。
「それは構わない。それで、要件とは?」
私がそう言うとエリクは一瞬、口を閉ざした。私はエリクが口を開くのを待った。いつまでもここにいたら、誰かに見つかる可能性がある。でも、それはエリクもわかっていたのだろう。しばらくすると、ゆっくりと口を開いた。
「私は、これ以上、嘘をつけません」
そう言ってエリクは懐から包みを差し出した。油紙に何重にも包まれたそれを、両手で差し出してくる。私はすぐには受け取らなかった。
「それがなにかはわかっているのか?」
「はい」
短い返答だった。エリクは俯いたまま続けた。
「密輸の記録です。航路、数量、名義……全て私が書きました。命じられたからです。拒めば、家族がどうなるかわかっていたので」
家族……。つまり、脅しか。エリクの震える声の裏に、怒りよりも疲弊が滲んでいた。
「妻と子がいます。王都の外れの小さな家に。……あの子たちは何も知らない」
もし父親が密輸の書類を書いているなんて知ったら子供はショックを受けるだろう。きっとエリクはいい父親でありたいのだろう。いや、普通の人間ならそう思う。
「だから今、ここにいる。……そうだろう?」
私がそう言うと、エリクは顔をあげた。その目には縋るような光と、既に覚悟を決めた諦念が混ざっている。
「先日の監査であなたは気付いたはずです。帳簿のクセも数字の歪みも」
「気付いた」
否定はしなかった。
「あなたの噂は聞いています。庶民の暮らしを楽にしてくれる改革派で、市場、街の人間には慕われている。ヴァルター侯爵たちとは違うと」
「私は当たり前のことをしているだけだ。そしてここへ来たのも監査官としてで、それ以上でも以下でもない」
その瞬間、エリクの肩から力が抜けたのが見て取れた。
「だからあなたに渡します」
包みを渡され、その重みが、どれだけの回数に渡るのかが想像がついた。
「これは写しです。原本はオマンド子爵が持っています。でも……これがあれば流れは示せるし、証拠にはなる」
そう言われ、私は包みに一瞬目をやり、すぐに視線をあげた。これはかなりの長期間に渡って不正が行われたことが見て取れる。なので私は言った。
「あなたの家族は私が守る。名を変え、居を移し、必要なら国外へ」
「……本当に?」
「私の名にかけて」
貴族ができない約束などしない。約束を違えたら、それは貴族の恥だ。そして、その言葉にエリクは膝を折った。床に片手をつき、深く頭を下げる。
「ありがとうございます……。これでやっと、父親に戻れます」
その言葉が出てくるということは、長い間、罪に苛まれていたということだろう。
倉庫を出るとき、エリクは振り返らなかった。もう後戻りはできないとわかっているからだ。私は夜風の中で包みを抱えて静かに思った。これは剣ではない。けれど、世界を斬るには十分だ。これを持つことで自分がどうなるかわかっている。けれど、エリクを楽にしてやりたかったし、密輸をしていたオマンド子爵を許せなかった。最も後ろにはヴァルター侯爵もいるのだろうけれど。というより、オマンド子爵1人ではこんなことはできない。ヴァルター侯爵のサインが必要なのだから。
重い封筒を持って思う。この封筒を服に紛らわせていたということはニコラスには、これが何なのかわかっていたのだろう。そして私が捕まり、家宅捜索があっても紛失しなかったということは直感的に大事なものだと思い、どこか見つからないところに隠していたのだろう。ニラコスにはあとで褒美を取らそう。そしてあとは仲間からの連絡を待って、これを持って王都へ行くだけだ。ヴァルター侯爵とオマンド子爵は絶対に許せない。そしてヴァルター侯爵が失脚すれば私は自由だ。そうしたらタクヤを自分のものにする。
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