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恐怖を越えた声1
レオニスさんが証拠があると言ったので、俺はいつでも密輸の写しを渡せるようにスタンバイした。議場の空気は糸がピンと張り詰められたようになっていて、議長の視線が一瞬眉をしかめてレオニスさんを見る。まさか証拠があるとは思わなかったのかもしれない。そしてレオニスさんに視線を向けたまま問う。
「アーゼンハイツ卿、それでは証拠の提示を」
静かな問いかけだったけれど、その裏にある重みは計り知れない。この場でなにも示せなければ俺たちは逃亡者のままで、レオニスさんは再度監禁される。でも、証拠はある。物的証拠、そして証言。どちらかひとつだとオマンド子爵もヴァルター侯爵もしらを切り通すだろう。だけど、両方が揃ったら2人がなんと言おうと議長も聴衆も信じるだろう。実際、真実なのだし。そして俺は一歩でて、レオニスさんに油紙で巻かれた書類を手渡す。そして受け取ったレオニスさんは一歩前に出た。背筋は真っ直ぐで声は揺れていない。
「提出するのは密輸に関する書類の写しです」
そう言ってレオニスさんが腕を伸ばすと、議長の補佐官がそれを受け取る。ざわりと議場が揺れた。聴衆は固唾を飲んで見守っている。
「その書類は王都財務局の下級文官、エリク・ファーレンが作成したものです」
その名がレオニスさんの口からでたとき、オマンド子爵の眉がわずかに動いた。まさかそんな書類がエリクから出るとは思わなかったのだろう。けれど、わずかに動揺したオマンド子爵と違い、ヴァルター侯爵はまだ余裕の表情を崩さない。書類の写しを偽造だとでも言うつもりなのかもしれない。動揺したオマンド子爵は小者だ。
そしてレオニスさんは言葉を続ける。
「内容は領地から王都へ流れる密輸品の記録です。数量、経路、受取人が記されていますが、数量は受取人が提出した書類の数量とあいません。その書類はこちらです」
レオニスさんがそう言って次の書類を渡す。え? 受取人側の書類も用意してたのか。これならオマンド子爵はもちろんヴァルター侯爵も焦るだろう。ヴァルター侯爵をちらりと見ると、眉をひそめている。そうだろう。エリクさんの作成した書類だけでなく、王都の受取人側の書類まで出されたらたまったものじゃない。
議長は提出された2つの書類に目を落とし、低く息を飲む。
「……署名はオマンド子爵。そして、印章はヴァルター侯爵のものだ……」
議場の空気が一瞬で凍りついた。それはそうだろう。下級貴族のオマンド子爵は別にして、高位貴族であるヴァルター侯爵の名前まで出ているのだから。
「ば、馬鹿な! そんなものは捏造だ! 捏造に決まっている!」
オマンド子爵が声を荒げる。そしてヴァルター侯爵もそれに続けて声を荒げた。
「そうだ。私の印章が使われているからと言って真実だと決めつけるのは早計だ。印章など盗まれることもある! それに受取人側の書類だって偽造だろう!」
2人とも見苦しいな。印章が盗まれたとか、受取人側の書類も偽造だとかなにを言ってるんだか。
そしてヴァルター侯爵の言葉を受け取って、レオニスさんは頷いた。
「エリク・ファーレン氏です」
扉が開き、1人の男が議場に入ってくる。青白い顔をしていて、いかに緊張しているかがよくわかる。それでも進んでくる足取りは確かだった。俺は思わず拳を握りしめた。ここに立つということはどれだけの覚悟が必要だったかしれない。家族だっているだろう。自分が証言することで家族になにかあるかもしれない。それでもレオニスさんのことだ。証言するのと引き換えに家族の無事を約束しているのだろう。そうでないとここの証人に立つのは怖いだろう。
「彼がその書類を書いたエリク・ファーレンです」
議長の前に立ったエリクは深く一礼した。
「私は命令されて書類を作成しました」
震えてはいるものの、はっきりとした声だった。
「署名はオマンド子爵、印章はヴァルター侯爵の管理下にあるもので盗むことはできません」
「嘘をつくな!」
オマンド子爵が机を叩く。だけどエリクは議長にしっかりと目を向けている。
「私は、家族を人質に取られていたも同然でした。拒めば妻と子供がどうなるか……。1度書類を書いたあとはもう何枚書いても同じでした」
議場がざわめきに包まれる。
「それでも、もう耐えられなかったんです。不正を正しいと書き続けることが、もう限界でした」
エリクは拳を握りしめ、途中、声を強めて言った。ヴァルター侯爵の顔から血の気が引いていくのが見えた。それでも2人はまだ引き下がらない。往生際が悪いな。もう素直に認めればいいのに。
「証言などいくらでも作れる!」
「筋書き通りの芝居だ!」
喚く2人にレオニスさんが続けた。
「それでは、受取人側の証言者を……」
レオニスさんがそう言うと、1人の男が入場してきた。
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