95 / 98
恐怖を越えた声6
書斎へ入って俺たちはソファーに向かい合って座った。それでもレオニスさんはすぐには口を開かなかった。しばらくして、ニラコスさんが紅茶を持ってきてくれた。俺もレオニスさんも黙って紅茶を飲む。そこにあるのは沈黙だった。レオニスさんの顔をそっと見ると、緊張しているような顔をしている。そこでレオニスさんは立ち上がり、机の一番上の引き出しからなにかを取り出し、上着のポケットに入れた。そして再びソファーに座り、俺の顔を見て口を開いた。
「タクヤ。ヴァルター侯爵が失脚したことで、リシア嬢との婚約は白紙に戻せる。つまり、正式に破棄する。そこで……」
レオニスさんはそこで一呼吸おいた。
そうだよな。ヴァルター侯爵の姪だって言ってたし、だから断れなかっただけでお互いに気持ちがあっての婚約ではなかった。レオニスさんは好きな相手と結婚するとはっきりと言っていた。
「私は自分の選んだ人と生きて行きたいと思っている。それは以前話したことがあるから、覚えているかもしれない。そして、私が選んだのは、タクヤ、君だ」
リシアさんとの婚約を白紙にするということで、レオニスさんが好きな人と結婚をすると言ったら俺だということはわかっていた。わかっていたけど、本人にはっきりと口にされると緊張する。俺がそう思っていると、レオニスさんは俺の前に膝をついた。一瞬、なにが起きたのかわからなかった。
「レ、レオニスさん!?」
慌てて立ち上がろうとした俺をレオニスさんは手で制した。
「聞いてくれ」
低く、でも震えのない声で言う。
「私と、結婚してくれないだろうか」
予想できた言葉ではあったけれど、こんなふうに跪いて真摯な声で言うのは反則だろ。レオニスさんの言葉に胸がぎゅっと締めつけられる。
「この国では、同性であっても正式な婚姻が認められているのは以前話さなかっただろうか。そして、ヴァルター侯爵が失脚した今、障害はなにもなくなった」
そう言葉を告げると、レオニスさんはポケットから小さな箱を取り出した。深い藍色の布に包まれたそれを、静かにゆっくりと開く。こういうやり方って日本と同じなんだな。異世界なのに不思議だ。そして箱の中を見てみると、中にあったのは指輪だった。派手さはない。けれど、ダイヤモンドは柔らかく光っている。好きな相手の前で小箱を取り出して、ゆっくりと開いてプロポーズするなんてことはこっちに来るまで、いつかの未来、自分が誰かにするものだと思ってた。だって、日本では異性との結婚しか認めていないから、自然と男からプロポーズすることになるから、夢にも思わなかったんだ。
「タクヤ……」
そう俺の名前を呼ぶ声は、どこか震えている。俺がレオニスさんのことを好きなのなんて知っているのに、なんでそんなに不安そうなんだろう。
「私と、結婚して欲しい」
その言葉とともに、世界は静かになった。なんの音も聞こえなくて、聞こえるのは自分の心臓の音だけだった。
頭の中に色んな顔が浮かぶ。家族、友人。そしてこの世界で出会った人たち。そして、目の前で俺を見上げるこの人。
「……俺で、いいんですか?」
気がついたらそう口にしていた。過去に自分の気持ちはレオニスさんに告げている。それでも、結婚して欲しいとはっきりと言われたことで、確認のように口にしていた。俺の問いにレオニスさんは迷いなく答えた。
「君でなければ意味がない」
その一言で堰が切れた。視界が滲んで、慌てて瞬きをする。泣くつもりなんてなかったのに。
「……ずるいです。こんなの断れるわけないじゃないですか。それに俺の気持ちだって知ってるのに」
俺がそう言うとレオニスさんは少し目を見開いた。
「はい。……俺で良ければ喜んで」
そう返事を返して、日本の家族とはもう会えなくなるなと覚悟した。それでもいい。俺の一番の家族であるルナはここにいてくれているし、なにより目の前のレオニスさんと新しく家族になれるのだから。
俺の言葉にレオニスさんはホッとした表情をしていた。緊張の糸が切れたというところだろう。小箱から指輪を出し、俺の指にはめる。俺の指にはちょっと大きい。
「指輪は直しに出そう」
そう言って俺を抱きしめてくれる。
「ありがとう。タクヤが元いた世界の家族や友人たち全ての人の愛情よりももっと深い愛情を捧げるよ。だから、共に生きてくれ」
「はい」
こっちの世界に留まることを選んでもきっと俺は後悔しない。だって、隣にはレオニスさんがいるんだから。
ともだちにシェアしよう!

