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第29話
自分ではない誰かによって暴かれた体は、長い年月を費やしてそれ用に改良されている。夏衣はもしかしたらこれこそが正しいセックスの形であると信じているのかもしれない。赤く熟れている後孔が指ではない硬い肉を求めてひくつきはじめる頃、ようやく葛西はそこから指を抜き去って自らのベルトに手をかけた。夏衣はその白い体を俄かに桜色に染めて、余りにも無防備に後部座席に横たわっていた。高ぶり急く気持ちのままベルトを緩めて準備していると、不意に夏衣がその体をむくりと起こした。如何かしたのかと葛西が一瞬手を止めると、夏衣はおもむろに葛西のスラックスを引っ張り、既に中で首を擡げはじめている葛西の性器に下着越しにそっと手で触れた。慌てて葛西が夏衣の手首を、些か乱暴に掴む。
「夏衣、さま!」
「なに、痛いんだけど」
しらっとした顔をして、夏衣は眉を顰めたまま葛西のことを下から見ている。一体このひとが何を考えているのか、本当に時々不明瞭になるから困惑ばかりしている。葛西は気が動転したまま、取り敢えず咎められた夏衣の右手首を掴む手の力を緩めた。
「さっき葛西俺の言うこと聞かなかったでしょ」
「・・・あぁ・・・で、でも・・・」
「だから仕返しだよ。黙ってて」
「そんな・・・―――」
ひくりと葛西の頬が引き攣る。夏衣はそれを見ながら、満足そうに唇を湾曲させた。時々本当に勘弁して欲しいと思うくらい、夏衣は性質が悪かった。喉の奥がからからに乾いて、幾ら唾を飲み込んでもそこが潤う気配がない。まるでこれからのことを暗示しているようだった。葛西が躊躇いがちに離した夏衣の右手は、全く躊躇することをせずに葛西のそれを黒の下着の中から取り出した。ぞくぞくと何かが背筋を這い回る。夏衣の細くて白い指が、葛西のそれに巻きつく。見ていられなくて葛西は、思わず目を瞑った。夏衣の手は葛西のそれとは違って、真っ直ぐ綺麗に傷のひとつもなく伸びている。それはきっとそんなものを包むためにあるわけではない、それなのにそれを何処かで期待している自分も居て、葛西は口惜しくて自らの下唇を噛んだ。
「・・・ん・・・」
視界を失った葛西はぬるりとした感触を敏感に捉える。まさかと思いながら祈るような気持ちで目を薄く開くと、そこで夏衣は葛西の性器を両手で包み、先端に艶めかしく光る赤い舌を滑らせているところだった。思わず短い悲鳴が口から零れた。夏衣の桜色の唇が、葛西の赤黒い性器の上を撫でるように進む。余りにも手慣れたそれに、眩暈すら覚えてしまいそうで、葛西は意識的に両足をそこに踏ん張ることを余儀なくされた。そうしないと簡単に膝から力が抜けてしまいそうだった。
「あ・・・うぁ・・・」
「な、夏衣さ、ま・・・やめ・・・―――」
途切れる声がだらしなく響いている。ふと夏衣はそこから唇を離して葛西はほっとしたけれど、それも一瞬のことでまた現実に立ち返るとゾッとした。
「何で、良くない?」
「そ、そうじゃなく、て・・・そんなこと、夏衣様にして頂くわけには・・・」
「またそれだ、もう良いよ、そんなの」
言いながら夏衣は目一杯口を開いて、葛西の性器を頭から飲み込んだ。生暖かい口内と舌が、葛西の良いところを簡単に見つけ出してそこを上手に刺激する。あんまりだと思いながらも、葛西は目を瞑らなかった。そこで頬を上気させながら懸命に唇と舌と指で自分のものを愛撫する夏衣のことを、それ以上にただ如何しようもなく愛おしく思えて仕方がなかった。夏衣の形のいい唇や指先が、こんなものを扱って良い訳がないと思いながらも、一方ではそこでその夏衣が自分のものを銜えているという事実に完全に欲情している。頭の中が二分にされ、更にそれを形がなくなるまで掻き混ぜられて、完全に混同してしまっている。それにしても夏衣は余りにもフェラチオが上手過ぎると思った。その唇や指先は、完全に男のものを扱い慣れている手付きだった。ぼんやりしかかる思考のまま、如何してこんなところばかり気になってしまうのだろうと葛西は悲しくなる。それは幾ら唱えても現実が味方をしてくれても、変わらないものとして夏衣の中に存在しているのだろうと、考えざるを得なかった。おそらく夏衣ですら最早、それは無意識の範疇なのだ。殆ど平常心を保てていない頭でそんなことを考えていると、先端をきつく吸われて葛西は身を捩って押し寄せてくる快楽の波に飲まれないようにと耐えた。
「ん、ぁ・・・も、もう」
「何で、出しちゃえば」
「・・・なつい、さま・・・!」
そのおそらくは痩せ過ぎを原因にする尖った肩を、強く押し返してそれ以上を拒絶すると夏衣はあっさりと葛西のそれから離れた。齎された安堵はまた同じように、すぐに悪寒に変わる。葛西の先走りで夏衣の口の周りはべたべたで、それがてらてらと光っているのを見つけてまた慌てた。何か拭くものはないかと先刻脱いだばかりの服を引っくり返して探していると、夏衣は平然としたままそれを寸分変わらぬ赤い舌で舐め取った。ばさりと音を立てて葛西の手のひらからジャケットが落ちていった。
「如何したの、葛西。もう着るの」
「・・・もう、そういうことしないで下さい・・・俺の心臓が持ちません・・・」
「如何して」
それに肩を震わせつつくすくす笑い声を上げながら、夏衣はその痩せた腕を葛西の首に巻きつけた。答えようと唇を開いたそれの、上唇だけにキスされる。それから何処か青臭い匂いがしたが、それはおそらく自分の先走りが原因だろう。そう思うと耐えられなくなって、唇を離した夏衣に覆い被さり、夏衣の唇とその周りを夢中で舐めてその痕跡を消そうと必死になった。夏衣にそんなことをして欲しくないと思っているのは、夏衣にはそんなことは似つかわしくないと考えているからで、それは現状とを随分と無視した完全なるエゴのなせる技であったが、葛西はそんなことに未だ気付く様子もなかった。夏衣の中には見た目以上に美しいものなんて、ひとつもないのだと時々思い知らされる。純真無垢な少年などでは、夏衣は最早ないのだと思いながらも、何処かでそれを求めている。一方で葛西は其の少年の足を広げたところにある孔に、平気で性器を突き立てている訳であるから、如何考えてもそれは完全な自己矛盾を引き起こしている。
何が可笑しかったのか、夏衣はまだくすくすとそれでも少女のような声で笑っている。その湾曲している唇を懸命に舐めていると、葛西の下で突然夏衣が一瞬びくりと体を痙攣させた。同時にその唇から、今度は笑い声ではなく一変艶っぽい声が零れる。自分の勃ち上がったそれが、夏衣の性器に触れた痺れなのだと頭よりも体のほうが勝手に察知する。それに葛西は全く気付かない振りをして、夏衣の頬に唇を寄せながら丁度当たるようにそっと腰を動かした。もどかしいほどの快感が、二人の体を駆け抜けていった。
「あ、・・・ぁ、ん」
擦れる夏衣の声が、より一層其れらしく車内に響く。
「・・・夏衣様?」
「や・・・ぁ、わざと、だ・・・ンンっ」
頬を上気させて夏衣が葛西の肩を掴んで、そこに意図的に爪を食い込ませる。その汗で濡れた額に張り付いた髪を避けてからそこにキスを落すと、葛西は先刻慣らした夏衣の後孔にそっと指を当てた。夏衣もそれを感じたのか、きゅっとその唇を結んだ。
「宜しいですか」
「聞かないで、そんな、・・・こと」
荒く呼吸を肩でしながら、夏衣は右腕でその上気した顔を隠して言った。
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