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第30話

あの男が今は居ないということが、おそらく双方をより開放的にさせていることは明らかだった。だから夏衣はその時いつもはしないようなことをして、いつもは言わないことを言う。男の居ない世界に連れて行けば、夏衣はきっと今度こそその桃色の双眸に自分のことだけを映して笑ってくれる、今日のことのように。それが永遠に続くのだろう。そう思うと葛西はとても遣り切れない気持ちになる。顔を歪めて今にも泣いてしまいそうになる。それが虚しい想像に過ぎないと、はっきり理解しているからだろうか。その幻を取り払うために何度も抱き合ったが、何度抱き合っても結局はその虚無感に襲われることが分かっていた。それでも葛西はそれを止めることは出来なかった。目の前で頬を桃色に染めて、夏衣が自分のことを見ている。この人が今見ているのは紛れもなく自分自身なのだと、その双眸に映る影を確実に見つけるまで葛西は中々信じることは出来ないが、それでも懸命に唱えている。その言葉が絶対だと思っている。殆ど信仰に近い感覚で。 「愛してます、夏衣様」 何度それを繰り返しても、夏衣はいつも照れたようにそれに無言で頷いて、それからそっと目線を反らす。葛西はその行方をもう追いかけたりしない。慣らしたまま幾分か放置されていた夏衣の後孔に、自分のものを宛がうと夏衣の体に僅かな緊張が広がるのが分かった。そこにぐっと体重をかけると、夏衣はその眉間に分かり易く皺を刻む。その割に後孔は葛西のものを簡単に飲み込んで、緩々と葛西が腰を動かすとその動きに全く逆らうことなく全てをそこにおさめることが出来る。根元まで銜え込んだ夏衣の後孔は、それでもまだ満足し切れないかのように、葛西をどんどん奥に誘っている気がする。何度そこに男のものを銜えたのか分からないが、夏衣自身はそれでもまだ抵抗感があるのだろう。余裕の全く感じられない表情で、葛西の二の腕に殆ど必死で爪を立てている。それでも夏衣は自分を受け入れてくれているのだと感じると、それ以上のことなんてもう二度と自分には訪れないような気すら、それは葛西にさせる。夏衣の細い腰を掴むと、汗でそこが少し滑った。 「良い、ですか、夏衣、さま」 「・・・ん」 自分の声も何処か擦れて聞こえる。それに夏衣が喉の奥だけで返事をして、葛西はぐっと夏衣の腰を掴む手に力を込める。そうしてゆっくりと腰を動かすと、夏衣がそこから器用に快楽だけを選び取って短く声を漏らす。その声を聞きながら、今度は幾分素早く再びそこに腰を沈める。夏衣の無防備に広げられた足の内側が、びくびくと痙攣を起こしていた。 「や、ぁ・・・あ、ンン」 「あン、や、・・・う、ぁ」 そうして腰を緩々と動かしながら、内側に存在している夏衣の良いところを探っていく。夏衣の声は苦しそうにも良さそうにも聞こえるから、余り当てにはならないと半ば思っている。不安そうに桃色の瞳が濡れて、余裕が徐々に削られていく葛西を見ている。それに答えるようにその汗ばんだ額にキスをすると、深く刺し込まれた夏衣が一層高く声を響かせた。 「・・・此処、ですよ、ね」 「あ、だめ、・・・ぁ、や・・・あぁっ!」 「此処、お好きで、しょう・・・夏衣、さま」 「や、・・・や、だ・・・ンン、はぁ」 そういう時に限って夏衣が何故か時々嫌がる素振りを見せるのは、本心なのか羞恥なのか曖昧で判別がつかない。それでいて妙に正直な時もあるから、葛西にとってはただただ不思議でしかない。それでも夏衣の体は快楽というものに実に直結していて、上を向いた夏衣の性器は先端から先走りを零し始めているし、後ろは後ろでそこを突くと葛西のことをぎゅうと締め付けるのだった。だから葛西はそういう時は決まって、夏衣の言うことは半分以上聞き流して、体の声のほうを重視する。 「あぁ、や・・・そ、こ・・・ン、ばっか・・・ぁ」 「だって此処、俺も好き、なんです、よ。凄く絞ま・・・る、から」 「ンン、や、だ・・・あぁ、あ・・・」 頼りなく空中を彷徨う夏衣の手のひらを掴んで、それを殆ど無理矢理背中に回させる。汗で滑る背中を何度か爪は引っ掻いた後、葛西の首の根元を掴んでそれは止まった。夏衣が短く嬌声を上げ続けているのを、緩々と揺さぶって本当に此の侭時が止まってしまえば良いのにと思うことがある。そんな夢見がちなことすら考えさせられる。はぁと耳元に熱い息がかかって、葛西は夏衣の体をぐいと持ち上げた。ごつりとその反動で夏衣の後頭部が車の天井に当たったが、夏衣はそんなことに構っている余裕がないのか、必死で葛西を締め上げ続ける。女のそこより遥かに狭いそこは、時々それだけの生き物のようだと思うことがある。気を抜いたら此の侭、根元から食い千切られそうだ。 「夏衣さ、まが、お好きな、ところは・・・俺も好き、です、よ」 「あ、やぁ・・・か、さ・・・も、・・・あ、あぁ、ん!」 「・・・は、い」 濡れそぼった夏衣の性器を手のひらで包んで、振動と一緒に扱いていく。こうはしなくても達することの出来る夏衣だったが、何故だか後孔だけで夏衣をそこに誘うことを葛西は出来ずにいた。だからもうその必要はないほどひとりで出来上がっているそれにまで、指を這わせて夏衣とそして自分自身を追い込む。 「あぁ・・・!あ、あン、ん!」 「なつ、い、さま・・・!」 夏衣の性器に直接触れると、更に後孔は絞まっていく。それに眉間に皺を寄せながら、葛西は殆ど無理矢理に動きを早める。もう何処を見ているのか分からない夏衣の桃色の瞳から、生理的な涙が頬を滑って落ちていった。一層夏衣が葛西の首に巻きつけた指先に力を込めて、ぎちぎちとそれが耳元で嫌な音を立てている。それを振り払うように葛西は夏衣の最深部まで届くように早めたスピードのまま、そこに強く腰を打ちつけた。 「ひぁ、あ、・・・あ、あ!ああぁ!」 殆ど叫ぶようにして、夏衣は葛西の腕の中で仰け反った。手の中で夏衣の性器が白濁の液体を放って、それにより一層締め付けが強くなった後孔の中で葛西も果てた。途端に重くなった体を支え切れずに、夏衣はそのままごろりと座席の上に転がった。肩が激しく上下しており、その桃色に染まった体は汗に塗れてきらきらと光っている。手の中に残った夏衣の精子を、葛西はぺろりと舐めてみた。それは予想通り苦い味しかしなかった。夏衣が幾ら美しく出来ていても、やはり出すものは同じなのだなと妙に感心してしまう。息も絶え絶えにそこに横たわっている夏衣の体の様子を伺いながら、葛西はゆっくりともうその硬質さを失ってしまった自身のものを、夏衣の中から引き抜いた。すると夏衣の体がそれに一瞬びくりと反応する。本当は足を広げて欲しかったが、今の状態の夏衣にそんなことをまさか言えずに、葛西は黙ったまま夏衣の後孔に指をそっと指し込んだ。中は妙な湿り気と、それから葛西の出したもので溢れている。夏衣の体が葛西の指を感知して、びくびくとそれに敏感に震える。それを一方で気にしつつも、葛西は指にぐぐっと力を入れて、それを奥まで差し入れた。どろどろと精液が夏衣の太ももを伝って出てくる。それを掻き出すために、中で指を曲げると夏衣が短く声を漏らした。 「・・・夏衣様?」 「わ・・・わ、ざ、と・・・だ・・・」 「違いますよ、俺は処理しているだけ、です」 「じゃぁ何で・・・そこ、触るの」 抗議の声を無視して指を進めると、夏衣の体がきゅっと九の字に折れる。手足を丸めて甘い刺激に微弱に震えながら、夏衣は熱い吐息を吐き出し続ける。 「夏衣様、今出したばっかりですよ」 「あ、・・・だって、・・・ぁんん、や・・・」 嬌声を抑えられなくなった夏衣が、葛西のほうにおもむろに手を伸ばす。それに葛西は従って、誘われるままにその唇にキスをする。その日は一日が中々終わらなくて、頭の上の太陽は依然微動にしなかったのを覚えている。

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