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毒
車内で楠戸さんの鼻歌をしばらく聞いていると、見たこともないマンションの前に到着した。ここが都内なのか、そうでないのかも分からない。
「城代クン、着いたで~。降りよか」
「あっ、はい! 片岡さん、運転ありがとうございました」
相変わらず片岡さんは一言も喋らない。今日はどうしちゃったんだろう。
「事務所戻ってもよかってんけどな。せっかく城代クンが来てくれはったから、僕の秘密基地案内したろ思うてま」
そう言うと楠戸さんはカードキーでロックを開錠して、そのままエントランスを突っ切っていった。吹き抜けの天井下のソファーには、数人の女の子が腰掛けている。
「まいど。楠戸やで、上の階空いとお?」
受付カウンターに座っている強面の男性が、深々と頭を下げた。そのあと少しばかり言葉を交わすと、楠戸さんはそのままエレベーターホールに向かって歩き始めた。「城代クン着いてきて~」という言葉に続いて、二人でエレベーターに乗り込む。彼が押したボタンは最上階だった。
「先代が不動産やっとった言うたやろ? ここもウチの事業の一つで使てるねんで」
「えっ、そうだったんですか。手広く色々やられてるんですね」
顧客リストには、特段別事業のことは書いていなかった気がする。今度帰ったら先輩に聞いてみよう。
エレベーターを降りた先は、いたって普通のマンションの廊下という感じだった。楠戸さんはそのうちの一つの部屋に入っていく。扉を開けて真っ先に飛び込んできたのは、真っ白な大理石が敷かれた広い玄関。
「自分、ビール零しとったよな? 先にシャワー浴びてええで。スラックスも洗濯出しとこか?」
「僕のはだいぶ乾いてきましたので、お構いな、く……」
玄関とその先を繋ぐドアを開けると、部屋の奥に大きなダブルベッドが鎮座していた。この後何が起こるのか、さすがに察せずにはいられない。僕が部屋の広さに絶句していると思ったのか、楠戸さんは笑顔で部屋の案内をし始める。
「ここ、無駄に広いねん。すぐ右にシャワールームあるさかい、自由に使こてな」
「は、い、ありがとうございます……」
楠戸さんが部屋の鍵を閉める音が、いやに耳に残った。
なぜか擦りガラス仕様のシャワールームで、汗だくの身体をすっかり洗い流した。しかし、ぐちゃぐちゃの頭の中までは洗ってスッキリというわけにはいかない。相変わらず激しく存在を主張してくる心臓がうるさかった。
シャワーの水が唇を流れるたび、車内での口づけを思い出してしまう。
(楠戸さんとキス、しちゃったな……)
彼の親指の軌跡を辿るように、指で自分の唇をなぞった。都会の大人って、皆キスが上手なんだろうか。地元で付き合っていた同級生とのキスが、ままごとのように思えてくる。
(もう、覚悟を決めるしかない。仕事するって、大変だ……)
この異常な状況を正当化するかのように、身体が甘く震える。『期待』に応えてほしいのは、もしかしたら僕の方なのかもしれなかった。
浴室を出ると、自分の着ていたスーツがどこにも見当たらなかった。部屋の中に置いてきた? いや、そんなはずはない。脱衣所とリビングを仕切る扉をわずかに開けて、煙草を吸っている楠戸さんに声をかけた。
「あのー、すみません。そのあたりに僕のスーツ、ないでしょうか……」
「あ、言うてへんかった。城代クンのスーツ、クリーニングに出したで。ここ、夜出しても翌朝仕上げやねん」
「えっ! 申し訳ないです、後で代金は払います」
「ええんやって、ビール零したまま帰るん嫌やろ?」
お礼を言おうと口を開いた瞬間、僕の着る服がないことに気が付いた。ホテルではないからバスローブは当然用意されていない。うろたえる僕に、楠戸さんが手招きしてくる。
「おいで」
彼の声のトーンが一段下がった。楠戸さんはいつも一声で場の雰囲気を支配してしまう。僕は生唾を吞み込んだ後、黙って脱衣所を後にした。
煙草の火を消す楠戸さんの隣に腰掛けると、すぐに距離を詰められる。下着姿で取引先の隣に座っている状況、数時間前には予想できただろうか。楠戸さんが僕の腕をそっと撫でると、肌がぞわりと粟立った。
「自分、ほんまに肌やらかいやん。すべすべで気持ちええな」
腕から肩、さらには首までを、楠戸さんの手が蛇のように這っていく。暗く光る瞳に捕らえられた。
「僕な、まだ腹減ってしゃあないんや。君のやらかいカダラ、味わわしてもらいまほ」
楠戸さんの手が、僕の頭の後ろに回った瞬間。熱い舌がぬるりと口内に侵入する。車内での噛みつくような荒々しい口づけから一転して、楠戸さんは優しく、けれど執拗に僕の口内を舌で愛撫した。
「んっ、ふぅ……、くす、ど、さん……!」
「なんや。ワンちゃんちったあ黙っとき」
じゅるり、と舌を吸われて弄ばれる。喋る暇も与えないと言わんばかりに、幾度も唇が重なった。酸欠で目尻に涙が浮かんでは滲み、僕の理性ごと流される。ベッドの上で身体を倒された後も、一方的に口内を嬲られ続けた。
「キスだけでこれか。君、男煽る才能あるんちゃうん」
鏡を見ずとも、顔が蕩けきっていることは自分が一番よく分かっている。楠戸さんから口移しで毒でも飲まされたのかと思うくらいには、身体が疼いて仕方がなかった。
身体を起こした楠戸さんが、一息にジャケットとワイシャツを脱ぎ捨てた。逆光になっていてもよく分かるほど、鍛え抜かれた無駄のない筋肉。そして僕の目が釘付けになったのは──背中一面、さらには肘のあたりまで、びっしりと入った刺青だった。
(え、刺青……? しかも、背中一面の刺青って確か……)
ヤクザ。
課長も百瀬さんも、あからさまに駄菓子屋を避けていた理由が今、初めて分かった。
「城代クンどおしたん? あ、もしかしてこれ?」
楠戸さんが笑顔で背中の刺青を指差した。物も言えず黙って頷くと、楠戸さんは顔を近づけて囁いた。
「これなあ、『オシャレ』で入れてまんねや。今の若い人ってタトゥーって言うんやったっけ。僕もそれだす」
オシャレ……? そういえば、今ってアイドルも普通にタトゥーを入れる時代だ。楠戸さんもそうなんだろうか?
「ファッション、的な感じですか……?」
「そやねん。かっこええやろ?」
僕は自分の無知を恥じた。勝手なイメージで、楠戸さんを反社だと決めつけるところだった……危なかった。
「それより、城代クンってこっち初めて?」
楠戸さんの指が、臀部をすうと撫でた。意識が一気に下半身に集中する。
「え、えと、あの……はい。すみません、お恥ずかしながらその通りです」
「へえ、初めてが僕ちゅうわけかいな。嬉しおすなあ」
「頑張りますので……どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
楠戸さんは一瞬固まったかと思うと、腹を抱えて思い切り笑い出した。
「これからやっちゅうときに、『ご指導ご鞭撻のほど』とか言う奴おまへんがな。はぁおもろ」
「初めてなので、ご期待に沿えるかどうか分からなくて……」
「僕に任しとき。自分はなんもせんでええから」
楠戸さんは僕の下着を脱がせた後、両脚を掴んでぐっと割り開いた。白い双丘の奥に、濡れた指が入っていく。彼に身体を見られる羞恥を感じる暇もなく、全身が異物感に支配される。
「楠戸さ、ん、くるしい……」
「初めのうちはそうやねん、もちっと我慢してや」
ベッドの上に零れる唾液も熱い吐息もそのままに、とにかく彼の指を受け入れることだけに集中した。どれくらい中で指が蠢いていただろうか。気づくと身体に甘い漣が流れるようになった。
「ぁ、あ、くすどさん……なんだか、気持ちいい、かも……」
「具合好さそうやな、ほな入れまっか」
ベルトのカチャカチャという金属の音が響く。楠戸さんのソレは、既に硬くなって上を向いていた。赤黒い凶器に怯えて息を吞むと、楠戸さんが優しく額に口づけを落とす。
「大丈夫やで……可愛い可愛い城代クン」
柔らかい声音に安心したのも束の間、すぐに鋭い痛みが全身を貫いた。身を捩って逃げようとしても、楠戸さんが物凄い力で僕の身体を押さえている。
「なあ~逃げんといて。ちょぉっと慣らしたら、すぐに極楽行きやから」
「ひっ、ぅう、お願いです、どうか動かさないで……」
はぁはぁと肩で息をしながら、彼を必死に受け入れる。楠戸さんの顔には常に薄っすら笑顔が張り付いていて、ここでも表情は一切乱れていなかった。
「城代クン慣れた~? 僕、もう動かしてええかな」
「ま、まだです、もうちょっと待って、っ!」
僕の制止を無視して、楠戸さんが腰を動かし始めた。一気に体温が上がり、上手く息が吸えなくなる。予想していた痛みは訪れず、結合部からじわじわと快感だけが広がっていった。
「あ、ぁ、ああ……っ!」
「エエ声で鳴きよるワンちゃんですなア。ほら、ここ弄ったら、もっと良うなるやろ?」
楠戸さんは角度を変えて、さらに僕の奥を穿ってくる。彼の言う通り、苦しいほどの悦楽が全身を包んだ。泣きながらさらなる突き入れを乞う僕を、楠戸さんは目を細めて見つめている。
口元から注がれた楠戸さんの毒が、じっくり時間をかけて全身を巡っていく。この快感を味わう前には、もう戻れない。菊水紋の刻まれた腕の中、僕は何度も喉を反らせて彼の名前を呼び続けた。
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