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第1話 「此処にいろ」/「Emerald」

ーー3週間前ーー 船を降りると、潮の香りと湿った空気が鼻をくすぐる。 島を訪れたYutoはこれから自分はどう行動するべきか思い悩んでいた。そのとき、 「おい兄ちゃん、ちょっと絵のモデルになってくれないか」 声に振り向くと、暑さで汗ばんだ額の下から、似顔絵屋がこちらをじっと見ていた。 「…あ、えーっと…」 迷う。どう動けばいいのかわからない。島に来たばかりで、心が浮わついていたところにいきなり声をかけられた。 サングラス越しでも日差しが強いのがはっきりと分かる 背中を一筋の汗が伝う。 そのとき、低く静かな声が割り込んだ。 「この場所で商売することは禁止されているはずだが?」 振り向くと、すっと立っている男がいた。 威圧感はないけれど、存在感のある姿。 目は落ち着いていて、まるで空気の流れを変えるように静かに見下ろしている。 似顔絵屋は、視線に一瞬たじろぎ、そそくさと退散していった。 Yutoはぽかんと立ち尽くす。 その静かな介入に、心が少しだけ落ち着く。 でも、まだ何も理解できない。 ……この人は、誰だ…? 似顔絵屋が去ったあと、Yutoはまだ少し固まったまま立っていた。 「観光客か?」 振り返ると、男はじっとこちらを見ている。 肩の力が少し抜けるような安心感と、何かを試されているような緊張が同時に胸を走った。 「…はい」 答えは小さく、声も震えていた。 男は視線を鋭く巡らせる。 「この島は、一見平和そうに見えるが油断はしない方がいい」 Yutoは言葉に詰まり、ただ黙ってうなずく。 胸の奥で孤独と不安がくすぶるのを、押さえつけるように。 男は一歩前に出て、距離を詰める。 「泊まるところがないなら、案内するが?」 小さく肩をすくめるYutoを見下ろすと、返事を探す間もなく男は先を歩き出す。 ついていくしかない自分に、少しだけ胸がざわついた。 …この人、一体何者なんだろう…? ただ男の背中を見つめる。 沈黙の間、Yutoは背後の男の歩幅や姿勢に目をやる。 まっすぐで、無駄がなく、広い背中 「……あの、名前は…?」 男は一瞬、ちらりと横目でYutoを見る。 「Milanだ。君は?」 小さく息を飲み、Yutoは自分の名前を答える。 「た……Yutoです」 一瞬、言葉に詰まったが 男ーーMilanは気にしていない様子。 コテージタイプの宿の前に立つと、木造の小さな建物が日差しに照らされていた。 潮の香りと、遠くで波が揺れる音。 Milanはカードキーを取り出し、Yutoに差し出す。 「ここなら大丈夫だ」 言葉と同時に手際よくコテージの手配を済ませ、ドアを開ける動作は、自然で流れるようだった。 Yutoは小さく息をつき、キーを受け取る。 中に入ると、簡素ながらも清潔で、ひんやりした風が通る空間が広がっていた。 「ここで少し休め」 Milanの一言に、言葉以上の安心感があった。 Yutoは無言でうなずき、そっと荷物を置く。 すると、Milanはそっとメモを取り出した。 「食事がしたければ、ここに来るといい」 差し出されたメモには、手書きの地図と店の名前が記されていた。 ーーそこはMilanの行きつけのバーだった。 食事もできて、夜には落ち着いた灯りが揺れる場所。 Yutoは目を見張る。 「…ありがとうございます」 Milanはほんの少しだけ微笑み、何も言わずに背を向けそのまま立ち去っていった。 その背中に、言葉以上の安心感がある。 「あの人、本当に、何者なんだろう…?」

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