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第1話 「此処にいろ」/「Emerald」
ーータイ・島の港ーー
Yutoは港を歩いていた。潮の香りと湿った空気が鼻をくすぐる。少し疲れた体に、風が心地よく触れ、家でじっとしているよりも、確かに空気は生きていた。
「……はぁ、でもやっぱり落ち着かないな」
Yutoは荷物を抱え、足元の石畳を確かめるように歩いた。
観光客は少なく、静かだ。けれど、どこか活気がある南国の匂いが混ざっていた。
そんなとき、声がした。
「お!兄ちゃん、どこから来たの?」
振り返ると、ひとりの青年が立っていた。
濃い日焼け肌に、弾むような笑顔
髪は無造作に風になびき、Tシャツに短パンという軽装で、サングラスをかけていた
「え……あ、バンコクからです」
思わず答えると、相手は軽く手を振り、にこやかに近づいてきた。
「バンコクかー、遠いところから来たんだな。俺、Leo。ここのガイドやってる」
その笑顔に、Yutoの胸がほんの少しだけざわついた。
……ただのチャラい観光ガイドかもしれない。
でも、どこか自然で、敵意がなく、なぜかほっとするような安心感もある。
「え、あ、よろしく……」
言葉がぎこちなくなる。荷物を抱えた手が少し緊張で固くなるのがわかる。
Leoは笑いながら、港を見回した。
「ここは初めてか?案内してやるよ。せっかく来たんだから、楽しまなきゃもったいないぜ」
Yutoは少し戸惑いながら、荷物を抱え直す。
その様子を見て、Leoはふっと身を乗り出し、手を差し伸べた。
「ちょっと待て、それ、俺が持つ」
Yutoは驚き、荷物をぎゅっと抱え直す。
「え、いいです、これは自分で……!」
しかし、Leoは笑みを崩さず、その腕にすっと手をかけ、荷物を強引に引き取った。
「ほら、そんなに力入れなくても大丈夫だ」
Leoは片手で荷物を持ちながら、軽く肩をすくめ、港の方へ歩き出す。
「ね?行こうよ
この島の魅力、全部見せてあげる」
Leoに連れられーー
港から小道を抜けると、南国特有の緑が生い茂る路地に出る。
ヤシの葉が風に揺れ、さわさわと小さな音を立てる。
Leoは荷物を持ちながら、軽やかに歩き、Yutoをちらりと見た。
「こっちがメインストリートだよ。夜は屋台も出て、なかなか賑やかなんだ」
Yutoは少し息を弾ませつつも、周囲を見回す。
色鮮やかな花、漁船の停まる小さな桟橋、遠くで波が砕ける音。
——バンコクの喧騒と違って、全部が柔らかく、穏やかに感じる。
Leoは笑いながら小さな橋を指差す。
「ここを渡ると、島で一番眺めのいいカフェがある。海の色、覚えておきなよ」
二人が橋を渡ると、潮風に混じってほんのり甘い花の香りが漂う。
Yutoは荷物を持つ手を少しだけ緩め、肩越しにLeoを見た。
——この人、何でも知ってるみたいだ。案内されてるだけで、少し心が軽くなる。
路地を抜け、坂を少し登ると、視界が開け、海と空が鮮やかに重なる景色が広がった。
Leoは立ち止まり、Yutoに向かって片手を広げる。
「ほら、これが俺のお気に入りの景色!」
Yutoは息を呑む。
陽光を反射する青い海、白い砂浜、そして緑の木々。
——こんな景色が存在するんだ……まるで時間がゆっくり流れているみたいだ。
「……きれいですね」
思わず漏れた声に、Leoは軽く笑い、肩越しに近づく。
「でしょ?ね、案内してあげる価値ある」
港を出てからここまで、ほんの十数分の距離。
——この人といると、南国の空気がより心地よく感じられる。
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