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第1話 「此処にいろ」/「Emerald」

ーータイ・バンコクーー 都会の喧騒の奥で、会社の経理部はざわついていた。 裏金が発覚した。 誰が関わったのか、誰もまだ確信が持てない。 上層部は口をつぐみ、警察の動きも慌ただしい。 小さな不安が社員たちに広がり、瞬く間に緊張の波に漂っていた。 ーータイ・島の海辺ーー 湿った風が髪を揺らす。日が傾き、辺りを夕日が照らしていた Yutoは、少し疲れた足取りで砂浜を歩いていた。 空気が昼間の熱を保ったままだからか、 少し汗ばんだ背中に、背負った荷物の重みがじんわりと伝わる。 手には、小さな鍵をぎゅっと握っている。 自分がこれを持っているとまずいーー。 そう気付いていながら、気づけば手元にあったのだった。 その異様な緊張をLeoがすぐに察した。 「それ、何持ってるんだ?」 サングラス越しに覗き込む視線。Yutoの胸はざわつく。 警戒心が自然と強まるーー。 Leoはサングラスに手をかけた。 その瞬間、Yutoの目に飛び込んできたのは、キラキラと光るエメラルドグリーンの瞳。 夕陽を受けて宝石のように輝き、まるで光そのものを宿しているかのようだった。 小麦色の肌に映えるその色彩は、南国の海とも重なり、Yutoの視線を釘付けにする。 思わず息を呑む。 ——この目に見つめられると、バンコクで押しつぶされそうだった緊張も、疲れも、ほんの少しだけ和らぐ気がする。 「……え」 つい漏れた声に、Leoは軽く笑う。 「珍しいもの持ってるな。もっと見せてよ」 その笑みは無邪気でチャラめ。 でも瞳の奥には確かな意思がある。 Yutoは一瞬、背中の荷物の重みも、手元の鍵の重みも忘れて、ただ見つめ返すしかなかった。 港の波音が遠くから届き、潮の香りと湿った空気が混ざる。 周囲の喧騒も、都会での不安も、ここでは遠い話のように思える。 南の島の港に立ち、初めて、少しだけ現実を忘れられるーーそんな、特別な瞬間だった。

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