20 / 26

第7話 「此処にいる理由」

病室は、思っていたよりも静かだった。 機械の音も、足音も、遠い。 窓際のベッドに、父が横になっている。 顔色は薄く、でも目は開いていた。 「……来たのか」 声は掠れている。 それでも、Yutoのことは分かったらしい。 「うん」 それ以上、言葉が続かない。 久しぶりすぎて、距離の測り方を忘れていた。 父がこちらをちらりと見、 しばらく黙っていた。 「店な」 唐突に、そう言う。 Yutoは、視線を落とす。 「もう一度、やれとは言わない」 言葉を切るために、 一度、息を吸う音が聞こえた。 「でも……あそこは、  放っておく場所じゃない」 Yutoは何も答えない。 父の手が、シーツの上を探る。 細くなった指が、何かを掴む。 金属音が、わずかに鳴った。 「これを」 差し出されたのは、 小さな鍵だった。 古い。 でも、錆びてはいない。 「……俺が持つの?」 問いというより、確認だった。 父は、かすかに笑う。 「お前しか、いないだろ」 それだけ。 理由も、期待も、 詳しい話はしない。 Yutoは、少し迷ってから、 その鍵を受け取る。 手のひらに、 重さが残る。 「無理なら、無理でいい」 父はそう言って、 目を閉じた。 逃げ道だけは、 ちゃんと残して。 「……分かった」 Yutoは、そう答えた。 約束なのか、 ただの返事なのか、 自分でも分からないまま。 病室を出ると、 廊下の空気が冷たかった。 手の中の鍵を、 無意識に握りしめる。 父の言葉、俺にできること、 それらを逡巡していた。

ともだちにシェアしよう!