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第7話 「此処にいる理由」

翌日も、その次の日も、 Yutoはいつも通り会社に行き、仕事をした。 デスクに座り、 パソコンを立ち上げる。 数字。 資料。 修正。 メール。 作業は滞らない。 むしろ、手はよく動いた。 考えなくていいことは、 考えなくて済むから。 父のこと。 鍵の重さ。 廃墟の中の人影。 封筒の厚み。 ——考えない。 画面の中の文字を追い、 言われた通りに直す。 「助かるよ」 そう言われても、 何も残らない。 昼休み。 昼食時 味は分かる。 でも、覚えていない。 午後も同じだ。 会議室で、 誰かが未来の話をしている。 新規事業。 効率化。 数字の伸び。 Yutoは頷く。 メモも取る。 でも、 自分がそこに含まれている感じがしなかった。 ——ここに、俺はいなくてもいい。 そんな考えが浮かび、 すぐに消す。 考えない。 仕事は終わる。 ビルの外に出ると、 夜の空気が重い。 ポケットの中で、 鍵が触れ合う。 ——考えない。 帰宅して、 シャワーを浴び、 ベッドに横になる。 天井を見つめる。 目を閉じると、 何も考えないはずだった。 それなのに、 廃墟の暗さ。 低い声。 父の病室の静けさ。 勝手に、浮かぶ。 Yutoは、 身体を起こした。 このままじゃ、 だめだ。 理由は、 はっきりしない。 ただ、 ここにいることが、 もう、限界だった。 翌朝、 会社に行く準備をしながら、 スマホで島行きの便を調べる。 画面の向こうに、 海がある。 遠い。 でも、行ける。 「もう…どうでもいいや」 誰に言うでもなく、 そう呟いた。 決断というほどのものじゃない。 逃げでも、計画でもない。 ただ、 ここじゃない場所に行く。 それだけだった。 鍵は、 置いていかない。 ポケットに入れたまま、 Yutoは家を出る。 島へ行く理由には、 まだ、名前がついていなかった。

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