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彩愛SIDE 1
「彩愛」
甘く柔らかな声。
「おはよ」
蕩ける様な微笑み。
俺の朝は毎日こうして始まる。
洗顔・食事・歯磨き・着替え、家に居る間俺は何もしない。
全て秀隆がするからだ。
移動は抱っこか姫抱きな為殆ど歩かない。
お風呂さえ秀隆が入れてくれるし、あまつさえアレの処理迄してくれる。
流石にトイレは一人でしたいからするが、自分で動くのはそれ位。
つまり至れり尽くせり。
亡くなったアキちゃんの代わりに秀隆の世話をする気満々だったのに、何故だ?
いつの間にか立場が逆になっていた。
甲斐甲斐しく介護される毎日。
おかしい。
なんでこうなった。
最初は激しく抵抗した。
21も年下の子供にアレコレ世話されるのだ。
基本俺は何でも自分で出来るのに秀隆は全てしたがる。
年上としてのプライド・親としての責任・恥じらい等色々あってされたくなかった。
だが何回抵抗しても諦めず何度も何度もされ、試しに甘えてみた。
どんな風になるんだろう?って軽い気持ちで。
そしたらなんて事だろう。
秀隆は異常な位喜んだのだ。
俺に甘えられるのが甘やかせるのが嬉しいと。
激しく驚いたしドン引きしたが秀隆大好きな俺は、ふぅ~んそうなのか、納得して抵抗するのを止めた。
喜んでくれるのなら、したいのならさせれば良い。
そう考え、全て秀隆の好きにさせる事にした。
まさか本当にトイレ以外全部してくれるとは思わなかった。
本当は健康管理も兼ねて譲れないと言われたが、俺も譲れない。
必死にそれだけは断った。
この上なく恥ずかしいし嫌だし申し訳ないからだ。
どうやら秀隆は俺の事は全て知りたいし、摂取も排泄も全て管理したいらしい。
5歳で両親を亡くした秀隆は俺の養子になった。
アキちゃんの家族と俺は仲良いし、親戚の人達とも良い関係を築いている。
だが秀隆は俺にしか懐かないし心を開かないまま大人になった。
父親似の秀隆は毎回身内に会う度アキちゃんに似てると喜ばれるが、本人は何故かそれを嫌がる。
実際生き写しの如くそっくりなのだが。
で、余計俺以外と接するのを拒み壁を作る。
そのせいか秀隆の中で秀隆の身内は俺のみになっている。
だからだろうか。秀隆は俺に異常な位依存し執着する。
「彩愛」
「何?」
呼ばれ振り向くとチュッ合わさる唇。
秀隆はやたらと俺に触れる。
気持ち良いし嫌ではないんだが親代わりとしてこれって完全にアウトな気がする。
今迄は学生で子供だからまだ許せる範囲だったが、卒業し社会人になったら自立させなきゃだよな?
独り立ちさせる為にも親離れさせた方が良い。
今は俺だけを見てくれているけれど、いずれ恋をして結婚し他の人の物になる。
寂しいし哀しいが、それが親子の形だ。
新しい家族が増えるのだから喜ばなければならない。
って、ヤバイな少し考えただけで泣けてくる。
多分親離れ以上に俺のが子離れ出来そうにないかも。
「んっ」
いつの間にか滲んでいた涙をペロリ舐められ、なでこなでこされる頭。
気持ち良い。
あ~もう、ほんっとコレじゃあドッチが年上か分からないな。
「ふぁ、秀隆」
ゆっくり近付く大好きな顔。
瞼を閉じると唇が重ねられた。
将来の事はまだ何も分からない。
今分かるのは秀隆が愛しいという事だけ。
与えられる甘い熱に身を委ねながら、俺は思考を遮断した。
「見ました?コレ」
お昼休みの途中見せられたのは女性が好んで読む様なファッション誌。
男が買うには抵抗があるし読まない。
「格好良いですよね秀隆さん」
新人の宮城野さんはまだ20で秀隆の大ファンだ。
目を向けると表紙に爽やかな笑みを浮かべた秀隆が居た。
うん、格好良い。
巻頭15P特集でインタビューやオフショも満載。
普段雑誌は読まないが、秀隆が載るのだけは全て購読している。
なので彼女の意見には激しく同意出来る。
が、俺は外では親馬鹿を封印している。
秀隆に恥ずかしがられたら悪いからだ。
本当は興味津々だが
「いえ、読んでないから分からないですね」
さり気なく躱す。
「秀隆さんって彼女居ますか?」
彼女?
「絶対居ますよね。こんなに格好良いんだし」
確かに格好良い。
だが秀隆に彼女は居ない。
いや、もしかしたら知らないだけで居るかもしれない。
まだまだ先の事だと目を背けていたが、親離れの時期は近付いている。
俺以外を見て俺以外に優しくして、触れて、そしてあの大きな腕に抱き締めるのか?
頭を撫でてキスして抱く…のか?
って、どうしよう。
嫌だ。嫌だ。
何で?
何で俺こんなに嫌なんだ?
コレは抱いてはいけない感情。
俺は秀隆の親代わりであって恋人にはなれない。
秀隆から向けられる愛情は家族の愛だ。
俺がアキちゃんに向けていた愛情とは違う。
勘違いしちゃいけない。
いずれ巣立っていくのが分かっていて縋るなんて、愚か者がする行為だ。
もしこのまま甘え続けたら、必ず俺は秀隆を家族以上に愛してしまう。
離れられなくなる。
アキちゃんだけでなく秀隆迄失ったら、俺は壊れてしまう。
そうなる前に想いに蓋をしよう。
俺達は近付き過ぎた。
普通の親子はキスなんてしない。
ましてや健康なのに介護みたいな事もしない。
「あの、真田さん?」
突然黙り込み俯いた俺に不安そうな顔をする宮城野さん。
「すみません。ちょっと疲れてるみたいです」
そのまま休憩室を出た。
家に帰ったら距離を置こう。
言いたくないけれど言うんだ。
今の関係はおかしいと。
そして苦しいけれど子離れするんだ。
自然と溢れ出る涙を拭い、仕事場に戻った。
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