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第5話

 結局、重の希望どおりふたりの相性を見ることになり、占い師の老婆に勧められるまま、タロットとも違う、見たことのない柄のカードをふたりでシャッフルした。  それから、何かをぶつぶつと唱えた老婆が、一枚ずつカードをめくっていく。  薔薇のカード、祭壇のカード、可愛らしいお姫様のカード。ナイフを持った黒装束の男のカード。それらひとつひとつの意味を簡単に説明し、このカードが出ているなら金運がいいとか恋愛運は波乱万丈だとか、結果を伝えてくれた。  そして、最後の一枚をめくったときだった。 「おや、結論に珍しいカードが出てるね」  枯れ木のような細くてカサカサした指が、メビウスの輪が描かれたカードを指した。トンッと叩くような音がしたかと思えば、メビウスの輪の隣にあったカードがふいに裏返った。悪魔か死神かわからないが、とにかく得体のしれない恐ろしい容貌の生き物が描かれた絵柄が露わになる。老婆が一瞬眉をひそめ、そのカードを摘まみ上げた。それから、凌馬の前に差し出して、訊く。 「あなた、持病は?」  突然の質問に、凌馬はぶんぶんと首を横に振った。 「いや、ないですけど」 「そう。……おかしいね」  首を傾げ、老婆が口角を下げた。 「この輪っかにはどんな意味があるんですか?」  そわそわと、重が訊いた。早く結論が聞きたいらしい。 「ああ、これにはね、運命だとか輪廻の意味があるね。過去、現在、未来とすべてが繋がっていて途切れない。つまり、あんたたちの相性は時空を超えて抜群にいいってことさ」  老婆の答えに、重の目が輝く。 「本当!?」 「ああ。ただ――……」  老婆が言い淀み、しかし肩をすくめるに留め、それからはいくら問い質しても何も言ってはくれなかった。  そのあと、あらかた展示も見終わったし帰ろうかと思って出口に向かっていたら、その老婆が追いかけてきて、重を引き留めた。 「これを坊やに」  老婆は重に一円玉ほどの小さな碧色の石を渡し、言う。 「毎日これに祈りを捧げれば、坊やの願いはきっと叶うよ」  胡散臭さ満載だったが、重が嬉しそうだったので何も言うまいと凌馬は口を引き結んだ。 「楽しかったね」  帰り道、重が自分の瞳の色と同じ石を太陽に透かしながら言った。 「なんか、僕、魔術とか魔法とかって聞くと妙にざわざわするんだよね。なんか、懐かしい感じっていうか」 「へえ。まあ、そういうお年頃だもんな。俺も結構楽しかったし」  魔術なんて本当にあるとは信じていなかったが、それにまつわる歴史は興味深かった。受験勉強もこのくらい興味が湧いたらよかったのにと思うほど。 「はあ、明日からまた課外授業か」  嫌なことを思い出してしまった。進学校なだけあって、まともな夏休みは十日もない。受験生ともなればなおさら。 「高校生って大変なんだね。勉強ばっかり」  重が心配そうな顔で言った。 「去年の壮馬ほどではないけどな」  今はもう家にいない壮馬のことを思い出し、凌馬は肩をすくめた。  壮馬は皆の期待どおり、超難関大学に見事合格し、この春東京へと旅立っていった。受験前の年末の追い込みは見ているこっちが心配になるほどで、起きているあいだはずっと机に向かっていた。  それに比べれば、凌馬はまだマシなほうだ。もともとほぼ幽霊部員だった部活もすでに引退しているし、地元の大学はもう合格圏内に入っている。今の状態を保っていれば問題ない状態だった。  だが、気を抜けば成績は落ちるし、せっかく覚えた知識も抜け落ちていく。授業や課題のほかに毎日三時間くらいは自主勉をしないといけなかった。受験生で三時間は少ないほうだと言われはするものの、やる気のない凌馬にとって三時間は長い。できることならその時間を重とのゲームに充てたかった。 「リョウ兄はあんまり勉強しないでね」  凌馬の袖をぐいっと引きながら、重が言った。 「なんだそれ」 「だって、勉強して頭がよくなったら、壮馬さんみたいに遠くの大学に行っちゃうんでしょう?」  寂しげに訊いた重に、「行かないよ」と凌馬は即答した。 「行くわけないだろ。やりたいこともないのに、無駄金使ってまで家を出たいと思ってないよ。重とも会えなくなるし」  その返答を聞いて、重の目が満足げに細められた。 「だよね。リョウ兄も僕とずっと一緒にいたいもんね」  自信満々にそう言って、重が腰に抱きついてきた。服越しに、重の熱が伝わってくる。ミンミンと蝉の鳴く真夏、しかも屋外でくっつかれたら鬱陶しい、と普通なら思うのだろうか。 「歩きにくいだろ」  文句を言いつつ、決して振りほどかない凌馬に、重は笑う。 「リョウ兄、大好き」 「はいはい。俺も好きだよ」  汗でしっとりとした重の髪を掻きまわすと、嬉しそうに重の碧い瞳が光を弾いた。  それから、一年が経った。  凌馬は無事受験を終え、家から通える地元の大学に通うようになった。  はじめこそ慣れない大学生活に右往左往していたが、慣れさえすれば高校生のときよりも時間に余裕ができ、さらに怠惰な生活を送っている。  ただ、サークルには入らず、週四で近くの本屋でバイトを始めた。重の通っている小学校の通学路で、夕方になると学校帰りの重が顔を出してくれる。  涼しい店内でぼうっとはたきがけをしていると、いつの間にか重が真後ろに立っていた。 「うわっ、びっくりした」 「ただいま、リョウ兄」  背もますます伸び、一六〇センチを超えた重は、声変わりも始まっていて、少しだけ喋りにくそうだった。  しかし大きくなっても子どもっぽいのは相変わらずで、隙あらば凌馬に抱きついてくる。今も抱きつきそうになっているのを、ほかの店員の目もあるからと制止すると、頬を膨らませて不満を露わにした。 「あっ、九条くんだ」  そのとき、ふいに誰かが重の名前を呼んだ。声のほうに顔を向けると、店の入口でピンクのランドセルを背負った可愛らしい女の子が手を振っていた。どうやらクラスメイトらしい。明らかに重に気がある感じだ。 「お前も隅に置けないな」  小声で茶化した凌馬に、重は心底嫌そうに渋面を作った。 「あいつ、毎日どうでもいいこと話しかけてきてうざいんだよね」  照れ隠しかと思ったが、どうやらそうではないようだ。本当にうざがっている表情だった。近づいてくる女の子はそんなに鬱陶しそうな子ではなさそうに見えるのに、と凌馬が首を傾げると、さっきまであんなに感情豊かだった重が、すとん、と表情を殺ぎ落とした。  そのギャップに、凌馬は驚いた。  そして、嫌な記憶が蘇る。  初めて出会ったときの重だ。  誰も信用していませんというような、可哀想な子どもの目。  今でもあんな闇を抱えているのかと思うと、凌馬の心臓はぎしりと嫌な音を立てた。 「重」  咄嗟に、凌馬は重を自分のほうへ引き寄せ、重の頭を抱え込んだ。  あの表情を、なかったことにしたかった。

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