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第一話 うまい話には裏がある④
仕事部屋から続くドアの向こう。管理人の本当の自宅に案内されたおれは、夕食を作り始めた彼に手伝うと声をかけた。
「そう? じゃあ冷蔵庫からチーズを取ってきてほしいな」
「わかりました」
頷いて、おれの部屋のものより一回り大きい冷蔵庫を開ける。中は食材や調味料がしっかり入っていて、普段から料理をしていることがうかがえる。チーズを探そうとしたが、それよりも冷蔵庫の結構なスペースを占領している大量の瓶の方が目に入り気になってしまう。どれも中には白い液体が入っていて、ラベルが貼ってある。ミルクジャムかソースだろうか、とラベルに書かれた文字を見た。
「……え?」
「んー? もしかしてチーズなかったー?」
「えっと、あの……これ……」
1つ瓶を手に取って冷蔵庫の扉をいったん閉め、管理人にラベルが見えるように向ける。そこには、おれの隣の部屋――203号室に住む住人の名前と今日の日付が書かれていた。中でどろりと揺れる液体は、先ほど自分のチンコから出たものによく似ている。
「ああ。それは今日採取したザーメンだよー」
「やっぱり……。というか、1日で全員の分飲んでるんじゃないんですね」
「そんな、一気に全部なんてもったいない。毎月こうして瓶に入れて、次の家賃支払日までの間に少しずつ食べてるんだー」
同じ液体だけど人によって濃さや味が違ってね、と話す管理人はとても楽しそうだ。本当にザーメンが好きなんだろう。彼の言葉に、もしかしてと思い口を開いた。
「管理人さん、食べるってもしかして……料理に入れたりとかですか?」
「うん。よくわかったね?」
(しょ……食ザーだ……!)
食ザー。料理に精液を混ぜて食べる行為。おれは少し前に読んだ本の内容を思い出した。
十数年前から、東の方の国からはさまざまなジャンルのエロ小説が入ってきている。男同士の恋愛を描いたものもあり、学生時代間違えて買ってからすっかりハマってしまった。今でもこっそり集めている。雑貨屋で働いていたときも、仕入れを任されていたのをいいことに入荷して自分で買ったりもしていた。
買い集めた本の内容の1つがまさに食ザーの話で。最初は驚いたが、あまりにもいやらしい表現で書かれており気づけば夢中になって読んでいた。本の中の行為でしかなかったそれが、現実に存在している。ごくり、と無意識に喉が鳴った。
「管理人さん。あの……おれも、ザーメン食べてみたい、です」
「へー? 興味あるんだ?」
管理人はおれが持っている瓶を指さしてにやりと笑う。おれは照れながらも頷いた。断られるのは承知の上だ。
「いいよー。じゃあ一緒に食べよっか、ザーメンがけ料理♡」
管理人の返答を聞き、わくわくしながら料理を手伝った。
*
完成した夕食を並べ、2人で食卓につく。203号室の住人のザーメンが入った瓶の蓋を開けると、管理人がそれをスプーンですくった。野菜のチーズ焼きの上に垂らすと、熱々とろとろのチーズの上をどろりとした白濁が流れていく。
「この子のはチーズとかヨーグルトとかと相性がいいんだよねー。はい、完成ー」
「ありがとうございます……!」
さっそくザーメンソーストッピングのチーズ焼きを頬張った。熱くてほくほくの野菜、とろとろのチーズ。そして、どろりとしていて少し変な味のするザーメン。
――正直に言ってめちゃくちゃ美味しいとは言えない。むしろ、管理人の作る美味しい料理の味を損ねていると言ってもいい。しょせんザーメンはザーメンでしかないし、エロ小説は架空の世界なのだ。
でも、ザーメンを食べているという興奮が脳を痺れさせる。次第に変な味の中にほんのりと甘さを感じてきた。もう一口だけならいいかも、もうちょっと食べてもいいかな、と気づけば何度も口に運び、鼻から抜けるザーメンの香りにくらくらし出す。
「美味しい……」
無意識にぽつりと呟くと、向かい側に座った管理人の笑う声が聞こえた。
「ねーロメルさん。自分が今どんな顔して食べてるかわかる? ……すっごくいやらしい顔」
からかうように笑いながら管理人がザーメンがけのチーズ焼きをパクリと食べる。ザーメンが彼の口の中に入っていくところや、もぐもぐと美味しそうに咀嚼する姿に目が離せない。思わずごくっと唾を飲み込むと、口の中にザーメンの香りが広がった。
「早く食べないとご飯冷めちゃうよ?」
「ぁ……、はい……っ」
管理人の言葉に我に返り、残りの料理を平らげる。ザーメンがかかっていない料理も食べたはずなのに、口の中はずっとザーメンの香りを記憶し続けていた。
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