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第3話

 庭園の掃除をして、布団の打ち直しに精をだし、慌ただしくしていると一日があっという間に過ぎる。  だがとうとう働きすぎだと昼餉を下げたに来た風鈴に怒られてしまい、朝陽は部屋に押し込まれてしまった。  そうなると心がどんどん弱くなってしまう。  朝凪の姿が見たくなり、朝陽は手鏡を覗いた。  鏡は眩い光を放ち、朝凪の姿を映した。どうやら食事の用意をしているらしく、使用人たちと混ざって台所場で忙しなくしている。  鍋から覗く汁物や竈門で炊いているお米から湯気が噴き出している。  畑から帰るといつも朝凪は温かい食事を出してくれた。少ししょっぱいけれど大切な妹と囲炉裏を囲めれば、どんな食事でも美味に感じる。  目の縁に涙がせり上がってきて、朝陽は慌てて目元を拭った。  (妹が恋しいなんて兄として恥ずかしい)  自分を叱咤してどうにか波が治まるのを待ち、ゆっくりと鏡を鏡台に戻した。  ごとり、と音がして顔を上げると遣戸の方から白蛇がにょろりと顔を出した。昼過ぎだからちょうど起きたのかもしれない。  定位置である座布団に乗ると白蛇は身体を丸くさせ、寛いでいる。  毎日のように遊びに来てくれるので、すっかり仲良しだ。  「こんにちは、今日は早いんだね」   白蛇は夜に来ることが多い。   頭を撫でてやると白蛇は気持ちよさそうに目を細めた。つるりとする皮膚に触れると気分が晴れる。  「よし! 早く終わらせちゃおう」   朝陽は裁縫道具を引っ張りだし、布を広げた。風鈴には休むように言われたが、部屋でじっとしているのは性に合わない。  夜刀の皮膚は繊細らしく、荒い縫い目に触れるだけでも肌を痛めてしまうそうだ。だから細かく丁寧に縫う必要がある。   だが絹は表面がつるつるしていて縫いにくい。ただでさえ裁縫は苦手なので神経を使う。  朝陽が縫い物を始めると白蛇が近づいて首を傾げた。  「これは夜刀様のお布団だよ。気に入ってくださるといいんだけど」   神界に来て数日経つが、初日以来、夜刀と会話ができていない。  「夜刀様ってどんなお方なのかな」   わかっていることはおやさしいところだ。兎たちと良好な関係を築いているのが風鈴の会話からわかる。  あととても儚く美しいということだ。触れたら溶けてしまう雪の結晶に似ている。  そして一番気になることは    「どうしてお顔を隠されていると思う?」  白蛇に問いかけると長い舌をちょろちょろと出すばかりで当然ながら答えてくれない。  あれだけの美貌を持ちながら顔を隠すのはなぜだろうか。見られたくないものがあるのか、とじっと白蛇を見下ろした。  「そういえばきみも夜刀様と同じ目の色をしているね」  白蛇はびくりと顔を上げた。朝陽を映す瞳は夜刀と同じ色をしている。蛇はみんなこのような色合いなのだろうか。  夜刀の自室に目を向けた。  遣戸はいつのまにか開けられているが夜刀の姿はない。神出鬼没でいつどこにいるのか風鈴もすべては把握できていないようだ。  視線を戻すと白蛇が座布団の上で丸くなって眠っていた。  春の日差しが部屋いっぱいに入るので温かい。時折、風に乗って桜の匂いが香ってくる。  眠気に誘われるように朝陽の瞼が重たくなった。  「ちょっと横になろう」  白蛇の横に寝転び、そのままぐっすりと眠ってしまった。  朝陽は休憩がてら縁側で池を眺めていると子兎が視界の端を横切った。毎日接しているから兎の違いもわかるようになってきたが、この子は初めて見る。  なにやらそわそわと辺りを見渡し、ぴょんと大きく飛び跳ねながら廊下を駆けていく。  (どこに行くんだろう)  朝陽は好奇心を抑えられず、子兎のあとを追った。  子兎が向かった先は祠だ。朝陽が連れて来られた最初の場所である。  門の陰から覗いていると祠の前に朝陽が乗ってきた駕籠が置かれていた。他の兎はおらず、子兎は竹簾を開けて中から土鍋や重箱を取り出している。  「なにをしているんですか?」  「あ、朝凪様……これは、その」  ぴんと耳を伸ばした子兎の慌てふためく様子に怖がらせてはいけないと朝陽は膝をついて目線の高さを合わせた。  「それはなんですか?」  「……朝凪様のお食事です」  「わたくしのがなぜここに?」  子兎は小さな手で着物の袖を引っ張ってくるので朝陽は顔を寄せた。  「これは人間界からの供物です。朝凪様はここのものしか食べられません」  「どうして?」  「それは……子兎の口からはとても言えません」  ご堪忍を、と耳を垂れさせる子兎の黒い目には涙が溜まってしまっている。もしかしてこのことは口外してはいけなかったのかもしれない。  朝陽は小さな手を両手で包み込んだ。  「変なことを訊いてごめんなさい。もし夜刀様に知られてしまったら、わたくしが脅したと仰ってください」  「朝凪様……」  子兎は小さく頷いてほろほろと泣き出してしまった。柔らかい頭を撫でているとぽつりと朝陽の鼻先に雫が落ちた。  空を見上げると朝から雲一つない晴天だったが嘘のように鼠色の雲で覆われている。  「……なぜ寝殿を出ているのだ?」  振り返ると門の前に夜刀が立っていた。いつもより青白い顔はこのまま消えてしまいそうなほど儚い。  「なぜ、出ているのだ?」  もう一度問われて朝陽は我に返った。手を握ったままの子兎の手は可哀想なくらい震えてしまっている。  朝陽が返事に困っていると夜刀の長い髪がみるみる形を変えた。まるで刀のように毛先が鋭く尖り、いくつもこちらに向けられる。  雨足が強くなり、近くで雷が鳴った。嵐のように吹き荒れる風は冷たい。  突然のことで朝陽は驚いてしまって声が出せないでいた。  「また私たちを憚ろうと言うのか」  だんと夜刀が地面を踏み鳴らすとそこから氷の柱が次々と生えてきて、朝陽に襲いかかる。だが鋭い先端が朝陽の喉元に刺さる寸前で止まった。  少しでも動いたら無事では済まないだろう。  空気が凍りつき、棘のように身体中をちくちくと刺してくる。息をするのも苦しくてただじっと夜刀を見据えた。  (どうして悲しそうなお顔をしているのだろう)  金色の瞳の奥には不安な影がちらりと覗いている。  この世の理のすべてを知っている神様なのに、なにがこの方を苦しめているのだろうか。  居てもたってもいられず、朝陽は氷を避けて一歩足を踏み出した。その度にまた新たな氷の刃が襲いかかってくる。  だがそれも朝陽の身体に触れる直前で止まった。  まるで朝陽を傷つけないようにしているようだ。  (……違う。恐れているんだ)  蛇は臆病な生き物だ。夜刀は氷の刃で自分を守りながら朝陽という人間を値踏みしているのかもしれない。  「きゃあっ」  突風に煽られ、子兎が足を滑らせてしまった。転ぶ先には氷の棘がある。太い棘は簡単に兎の身体を突きさしてしまうだろう。  「危ない!」  朝陽は無我夢中で駆け出して小さな身体を抱きしめた。踏ん張りがきかずに足がもたついてしまい、氷の棘が腕を掠めた。  着物を裂くびりっとした音のあとに腕が燃えるように熱い。  だんと地面に倒れて、頭を強く打った。視界が回る。だがすぐに気を取り直して朝陽は腕の中で縮こまっている兎を見下ろした。  「怪我はない?」  「……兎は大丈夫です。ですが、朝凪様が」  「このくらい大したことありません。怪我がなくてよかった」  さらにぎゅうと抱きしめると子兎の手が袖を握ってくれた。  「なぜ……そのようなことを」  信じられないとばかりに夜刀は目を大きく開き、その場に膝をついてしまった。  朝陽は兎を棘がないところで降ろし、夜刀に近づく。  触れられる距離になると夜刀は叱られた子どものように不安そうな顔をしていた。  (なにがこのお方を苦しめているのかわからない。でも)   朝陽は腕を伸ばし、小づくりな頭を抱いた。  「もう大丈夫ですよ」  夜刀の銀髪に触れた。つるりとしていて触り心地がいい。何度も撫でてあげると夜刀は身体の力を抜き、頭を預けてくれた。  空が次第に青空に変わり、春の日差しが戻ってくる。雪の柱は溶けて水たまりになった。  「……みんなここから出て行くんだ」  「みんな?」  か細い声は吹いたら消える蝋燭の火より脆い。  みんな、とは誰のことだろう。  夜刀は兎たちから慕われている。誰も不満を抱いていないから出て行くなんて想像もつかない。  でもだからと言って知らんぷりはしたくない。  「わたくしは夜刀様の婚約者です」  「……朝凪」  「ですから、逃げません」  両目を大きく開けた夜刀はぽかんとしている。これで口元の布さえなければ、大口を開けている姿を見られたのかもしれない。  夜刀と視線を交わしていると呑気な腹の虫がぐぅと鳴った。  「お腹が空きました」  そう言うと夜刀は目を細めて笑ってくれた。  初めて見る表情に朝陽の心臓が新しい音を奏で始めた。  風鈴に薬を塗ってもらい、清潔な布で巻いくと痛みは驚くほど引いた。出血のわりに傷は浅く、数日でよくなるらしい。  「少しお休みになってください」  「ありがとうございます。そうします」  風鈴は音もなく襖を閉めると部屋は静かになる。  朝陽は布団に横になり、目を瞑った。暗闇の中がぐらぐらと揺れていて気持ちが悪い。  少ない食事量と出血のせいで貧血を起こしているのだろう。  こうなってしまえば耐えるしかない。  元気になったらやりたいことを考えていると朝陽は夢を見ないほど熟睡をしていたようだ。  香の匂いに瞼を開けると月を背にした夜刀が座っていた。月光に反射した銀髪が透き通り、風に揺られていると音を奏でそうだ。  見入っていると目が合い、夜刀はすぐそばに移動してくれた。  「傷はどうだ?」  「もう痛みもありません」   「そうか」  後悔を滲ませる夜刀の表情にやはり最初から朝陽を傷つけるつもりがなかったのだと確信した。  「夜刀様はわたくしが出て行くのが怖いのですか?」  「……なぜそのようなことを問う?」  「とても辛そうな顔をしていらっしゃいます」  夜刀は視線を彷徨わせたあと、畳に落とした。図星なのだろう。  「どうして門の外にいた?」  「子兎の様子が気になって後をつけたんです。まさか外に出るとは思わず、不安にさせてしまい申し訳ありません」  朝陽が謝罪を口にすると夜刀の目元がふと和らいだ。  「そうか。てっきり家族に会いに行くのかと」  「家族にはもちろん会いたいです。でもあれがあるので寂しくありません」  朝陽は鏡台に置いてある手鏡を指さした。  「あの手鏡のお陰で家族の様子がわかるのです。でも誰かの忘れ物でしょうか」  「さぁな。取りに来ないならそのままもらっておけ」  夜刀はふんと鼻を鳴らした。いつもの不遜な態度にほっとする。  間が空くと腹の虫がぐうと鳴った。そういえば朝からなにも食べていない。  「すいません。お聞き苦しいものを」  「腹が減っているのか」  「大丈夫です」  朝陽の言葉に被せるようにまた腹の虫が鳴った。これでは説得力に欠けてしまう。  「……これを」  夜刀が懐から小瓶を出した。瓶の中には星屑のような金平糖がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。  「いただけるのですか?」  「あぁ。これなら食べても大丈夫だ」  「ありがとうございます」  起き上がろうとすると朝陽の視界が歪んだ。急に動いたから貧血を起こして、ぐらりと上半身が傾いだ。  「どうした?」  「少し眩暈が……でも大丈夫です」  視界が戻ったが指先は冷たく、血の気が感じられない。やはりもう少し寝ているべきだったか、と思っていると夜刀に腰を抱かれた。  まるで背もたれのように夜刀が朝陽を抱き留めてくれた。  「あ、あの! 夜刀様」  「これなら食べられるだろう」  「……違う意味で無理でございます」  後ろから抱きしめられて平静でいられる方が無理だ。  頭がぽっぽしてしまうと笑い声が降り注いでくる。  「気にするな。ついでに食べさせてやろう」  夜刀は金平糖を掴み、朝陽の口に放った。やさしい甘みが口いっぱいに広がり、自然と頬が下がる。  甘いものにめっぽう弱いのだ。  「美味いか?」  「とても美味でございます」  「ではどんどん食べろ」  再び金平糖を口に入れられた。咀嚼している間にも次々に与えられてしまい、飲み込むのが大変だった。親鳥から餌を貰う雛の気分だ。  夜刀の忙しない手つきのお陰であっという間に瓶を空にしてしまった。  「終わってしまいました」  朝陽がしゅんと肩を落とすと夜刀は目元を綻ばせた。  「そんなに気に入ったのか」  「はい。甘いものは好きです」  「また貰ってこよう」  「ありがとうございます!」   嬉しくなって夜刀を見上げると羽毛のような睫毛の際までよく見えた。  抱き締められていることを思い出し、朝陽の頬に熱がのぼる。  視線を畳の目に戻し、縮こまっていると触れ合っているはずの背中が冷えていることに気づいた。もう朝陽の体温はだいぶ戻っているが、夜刀が冷たいのだろう。  (蛇だから寒いのが苦手と聞いていたけど、これほどとは)  よく見ると夜刀は外套を羽織っている。室内にいても冷えてしまうのだろう。  「金平糖のお礼です。よかったら」  朝陽は布団を捲ってぽんと敷布を叩いた。夜刀は上背があるが、ほっそりしているので二人でも入れるはずだ。  「おまえ……意味をわかっているのか!?」  だが朝陽の予想に反して夜刀は大声を張り上げた。あまりの慌てっぷりに小首を傾げる。  「わたくしは人より体温が高いのです。小さい頃はいも……兄がよく布団に潜ってきて暖をとっていたくらいなんですよ。温かさには自信があります」  「……だが」  「それとも枕がないと駄目ですか? わたくしのでよければ使ってください」  どうぞ、と枕をずらしてもう一度ぽんと布地を叩いた。兎たちの毛が使われているので柔らかい。  夜刀は額に手を置いて頭痛を堪えるように息を吐いた。布団の素材はありがたいことにじ絹を使わせてもらっているから夜刀の肌にも問題ない。  じっと見上げていると夜刀はそろりと足を入れてくれた。  「温かい」  「でしょ? さぁ遠慮せずこちらにどうぞ」  「……失礼する」  横になるように促して朝陽も隣に寝転んだ。布団を夜刀に寄せた。  背中はひやりとするが夜刀と触れ合っているところから温かさが広がってくる。  「冷えるところはありませんか?」  「大丈夫だ」  「もう夜遅いから寝ましょうか。あ、でも夜刀様は夜行性なんでしたっけ」  「そうだな。でも今日は疲れた」  夜刀は額に手を置くとすっと瞼を閉じた。線を引いたような二重と白磁の陶器のように美しい肌にぼうと見惚れてしまう。  それなのに口元を隠すような布地が気になる。寝るときも取らないとはなにか理由があるのだろうか。  「どうしてお顔を隠されているのですか?」  夜刀は目を瞑ったまま微動だにしない。もう寝てしまったのだろうか。  「せっかく美しいお顔なのに見られなくて残念です」  「私は美しくない」  夜刀の吐き出した言葉に刃が埋め込まれたような声音だった。圧倒的な絶望が含まれているのがわかる。  夜刀の心はどれほど傷ついているのだろうか。そして朝陽も彼の傷を増やしてしまった。  布団から手を出して布に触れると弾かれたように夜刀が振り返った。  「夜刀様はお美しいです」  近くで見るとよりわかる。くすみひとつない肌や蒲公英の綿毛のような睫毛。  そのどれもがずっと見ていたくなる工芸品のように心を打たれる。  「私が怖くないのか」  「はい。ちっとも」  「……変わった人の子だ」  夜刀は息を漏らすように笑った。その顔が子どものような無邪気さがあり、胸がきゅうと締めつけられた。  もう一度見たい。いや、何度でも見たい。  自分の中で次々と湧き出る新しい感情が朝陽をせっつく。  でもなにを言えば笑ってくれるだろうか。寺子屋に通ったことのない自分では面白い話が思いつかない。  歯痒い気持ちでじっと見ていると夜刀は糸が切れたようにまた瞼を閉じた。相当疲れているのだろう。  「おやすみなさい」  背を向けると右腕がずきりと痛んだ。触らなければ大した傷ではないが、触れると痛む。だが堪えていればすぐに慣れてくるだろうと無理やり目を瞑る。  「傷が痛むのか」  「大したことありません」  「……こっちを向け」  「ですが」  「いいから」  くるりと体勢を変えられ再び夜刀と向き合った。長い腕が伸びてきて背中に回される。隙間がないほどきつく密着させられて、朝陽の耳の縁が熱くなった。  「や、夜刀様!?」  「背中が冷えている。私に布団をかけようとして自分はかけなかったんだな」  「寒くはありません」  「こうすれば温かいだろう」  さらに腕の力が籠った。寝巻の薄い生地ではきっと朝陽の心臓の音は聞こえているだろう。  けれど香の匂いに包まれると荒れ狂っていた心が落ち着てくる。 (いい匂い)  重たい瞼を押し上げる気力はなく、朝陽はそのまま眠ってしまった。  「まぁまぁまぁ!」  風鈴の叫ぶような声に朝陽は目を覚ました。  「おはようございます、風鈴さん」  「神力を蓄えるのに必要とはいえ、もう同衾とは」  「……同衾?」  朝陽は寝ぼけていた意識を叩き起こし、自分の置かれている状況を確認した。  目の前には夜刀の寝顔があり、背中に腕を回されている。  しかもいつのまにか外套を脱いだ夜刀の寝巻の合わせ目から逞しい胸板が露わになっていた。  どこから見ても「そういうこと」があったような惨状にぶんぶんと首を振った。  「これは夜刀様を温めようと思って」  「まぐわって温めるということですか? そういう誘い文句だったんですね」  「違います!」  「……うるさい」  朝陽が起き上がろうとすると夜刀に引っ張られ、ずるずると布団の中に戻されてしまった。  「夜刀様っ、起きてください!」  悲鳴をあげると夜刀は薄っすらと瞼を開けた。朝陽と風鈴を見比べてようやく目が覚めたらしい。転がるように布団から飛び出した。  「これは温めてもらっていただけで」  「お二人の仲がいいというのは充分わかりました」  いくら訴えても暖簾に腕押しの風鈴はさっさと布団を片付けてしまい、「せっかくですから、朝餉は一緒に取りましょう」と御膳を運んでくれた。  向かい合って並べられると自分のものはあまりにも貧相だ。  だが茶碗の横に金平糖が入った小瓶が置いてある。夜刀が用意してくれたのだろう。  「ありがとうございます」  「ん」  夜刀は一切こちらを見ずに食事を始めた。その目元がわずかに赤らんでいるので照れているのかもしれない。  (僕には勿体ないくらい素敵な殿方だ)  見目麗しい夜刀の横には朝凪のように美しい女が似合う。  夜刀の本性を知ればきっと朝凪も好きになれる。生贄ではなく、嫁入りだと説明すればわかってくれるだろう。  自分がここに来たこと自体が間違いなのだ。最初から朝凪が来れば、夜刀の傷を無闇に増やさずに済んだに違いない。  でもそしたら朝陽は夜刀と出会えなかった。  彼の身体に触れ、飴細工のような心のうちを知り、もっともっとと欲が出た。  どうしてこんなにも夜刀が気になるのだろうか。自分でもよくわからないまま気持ちだけが先走ってしまい、あまりの速さについていけていない。  「食べないのか」  「なんだか勿体なくて」  「また私の手から食べたいのか」  「そこまで子どもではありません」  昨晩食べさせてもらったことを思い出す、頬が熱くなった。あんな恥ずかしい真似、しばらくできそうもない。  「……私がそうしたいだけだ」  「え?」  聞き間違えだろうか。ちらりと盗み見たが夜刀は平然としていた。  でも確かに耳に残っている。  その言葉が金平糖よりも甘く響き、朝陽の胸をいっぱいに満たしてくれた。

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