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第4話

 兎たちがぱたぱと走る音が部屋に響き、朝陽は廊下を覗いた。普段雲のように真っ白な毛並みがみんな泥まみれになっている。  「どうしたんですか?」  「畑の調子が悪いのです」  「わたくしを案内してください」  畑、と聞いて黙っていられない。村にいたときは野菜を作って売っていた。人一倍農作物の知識はある。  神界の野菜は兎たちが育てているとは聞いていたが、畑を見せてもらえる機会はなかった。  余程困っていたのだろう。兎は間髪入れずに「こちらです」と案内してくれた。  ついて行った先は寝殿の裏側だ。広大な敷地には野菜や果物の種類ごとに畑が分けられ、奥には稲穂が凪いでいた。  足元の畑にはふきと書かれた看板が土に刺さっている。だが青々しい緑になるはずの茎は黒く淀んでいた。  「こんなの見たことがないです」  葉や茎を虫に喰われている様子はない。朝陽が知らない病気だろうか。  「神力が足りないのです」  兎の耳は萎れたこのふきのように垂れ下がってしまっていた。  ここに来たときに風鈴が言っていた。夜刀の力が弱まっている、と。  (僕は夜刀様を信じているのにそれじゃ足りないのか)  神力は人間の信仰心が必要だと言っていた。朝陽は夜刀を信じている。  だが自分一人の信仰心では足りないのだろう。  でもだからといってこの惨状を黙って見ているつもりはない。  「空いている畑はありますか?」  「南の方にあります」  「もしかしたら土が原因かもしれない。植え替えてみましょう」  「はい」  根を傷つけないように丁寧に土を掘ってふきを取り出した。  爪の中に土が入る感触が懐かしい。背中に受ける日差しの強さも額に浮かぶ汗の煩わしさにも心が躍る。  すべて掘り起こして今度は新しい畑へと運んだ。  「庭園にいないと思ったらこんなところに……なにをやっているんだ」  兎の後ろにはなぜか夜刀の姿があった。頬を紙風船のように膨らませ、どことなく機嫌が悪そうに見える。勝手に畑をいじったせいだろうか。  「ふきを入れ替えています」  「見ればわかる」  さらにじとっと見られてしまい、朝陽は困ってしまった。  でも取り出したふきを早く土に植えてあげたい。痺れを切らして「少しお待ちください」と頭を下げて、ふきを植える。  「これで元気になってくれればいいんですけど」  「なんだ。この苗は元気がないのか」  「はい。せっかくの茎がこのように黒ずんでいるのです」  夜刀に見せると美しい眉を寄せた。  「でも土を変えたので元気になるかもしれません」  「……私のせいか」  畑の惨状はすなわち夜刀の力を表している。その現実に胸を痛めているのかもしれない。  最後に水を撒くと水滴で葉がきらきらと輝いた。  朝陽たちがじっと見守っていると黒かった葉がどんどん緑色に戻っていく。茎が瞬く間に伸び、新たな葉も生えて始め、一気に成長を遂げた。  「すごい……」  「朝凪様が手をかけてくださったお陰です」  「わたくしはなにもしていません」  兎は何度も「ありがとうございます」と言いながら朝陽の周りをぴょんぴょんと跳ね回っている。  「朝凪」  夜刀が手を振っている。こっちに来いということだろうか。  だが朝陽の着物は畑仕事をしたので泥だらけだ。それに汗もかいているから匂うかもしれない。  「なんでしょうか」  朝陽は一歩離れた距離に留めたが、夜刀はお気に召さなかったらしい。強い力で肩を抱かれて目を回した。  「お着物が汚れてしまいます!」  「寒い。温めろ」  「それなら外套を持ってきますから」  「いいから。ここにいろ」  離れようとするとさらに力を込められてしまった。これでは逃げられない。  雲一つない空からたっぷりの日差しが降り注いでいるが、蛇の身体はそれでも冷えてしまうものなのだろうか。  (でも、初めて名前を呼んでもらえた)  自分ではない妹の名前。それでも朝陽と認識してくれた証拠だ。  わずかな胸の痛みはあるものの、朝陽はその傷を見ないふりをした。  次の日、餉を終えてから畑に向かった朝陽は言葉を失った。  植え替えたふき以外の畑が全部黒く朽ち果ててしまっている。黄金のような稲穂も野焼きされたあとのように見えた。  「……なんで、こんな」  「ここまで弱っていたか」  「夜刀様」  すでに畑に来ていた夜刀は細い肩を落とした。自分の力のなさを憂いているのかもしれない。  「どうすれば早くもっと神力は貯まるんですか? やっぱりまぐわえばいいのですか?」  「あれは冗談だ」  「この身体でよければなんでもします。どうかお願いします」  朝陽は腰を折って深く頭を下げた。  温かくて無邪気な兎たちは朝陽の心を癒してくれていた。独りぼっちでいた自分に陽だまりのようなやさしさをくれたのだ。  だから助けたい。  「なぜそこまでする? おまえはここのものを食してはいないから関係ないだろう」  「兎たちが悲しむ姿を黙って見ていられません」  「……そうやって犠牲になることを選ぶんだな」  「自分の選択に誇りを持っています」  朝陽の決意に、夜刀はしばらく口を閉ざした。  「なんでもすると言ったな」  「はい」  朝陽が黄金色の瞳を見返していると温かい春の風が吹いた。夜刀の長い髪が煽られて後ろに流れていく。きらきらと陽光を反射させている美しさに見惚れていると夜刀の顔が近づいた。  「……っ」  一瞬だった。瞬きよりも短い。  けれど唇にはしっかりと感触が残っている。  「これで少しはいいだろ」  夜刀は何事もなかったかのように畑に手を向けた。手のひらに温かい色の光が集まり、ぱんと弾けて畑を覆うように広がる。  光の粒子が雪のように降り注ぐと黒く萎れていた野菜たちが青々しさを取り戻し始めた。  「これが神力だ」  「どうして……接吻を」  「なんでもすると言っただろ」  「そうですけど」  土を運んだり畑を耕したりと力仕事のことばかり考えていた。まさか接吻されるなんて想像すらしていない。  ようやく実感が追いついてきて朝陽の顔に熱が集まった。両手で顔を覆っていると夜刀の香が鼻を掠める。  「それほど嫌だったのか」  「接吻なんて初めてでどういう顔をすればいいのかわかりません」  「顔を見せてくれ」  「変な顔をしているので嫌です」  「見せてくれ」  手首をやさしく掴まれて肩が跳ねた。ひんやりとした手のひらが高まった熱を冷ましてくれるが、羞恥心はそう簡単には消えてくれない。  「もう一度するぞ」  「それは……っ」  辛抱できずに顔をあげると睫毛の生え際がわかる距離に夜刀の顔があった。黄金色の瞳の虹彩が煌めいている。  「林檎のように熟れているな」  「……夜刀様は意地悪です」  「すまん、あまりに可愛らしい反応なのでな」  「可愛いですか」  確かに自分の顔は朝凪と瓜二つだ。でも褒められるのはもっぱら朝凪の役目で、朝陽は産まれてこのかた「可愛い」と言われた試しがない。  (きっと蛇だから夜刀様の目もお悪いのだ)  そう納得しないと忙しなく動く心臓が張り裂けてしまいそうだ。  掴まれた腕の力が弱まり、すっと離れてしまった。名残惜しく行く先を見つめていると夜刀の細い指は顔を覆い隠す布地に触れた。  「そろそろ宴会の時期だ」  「宴会、ですか?」  話の脈絡が繋がらず首を傾げると夜刀は説明をしてくれた。  この世界には十二人の神がいて、それを干支になぞらえて十二支と呼ぶ。東西南北にそれぞれの領土があり、朝陽の村は南南東に位置しているため、夜刀の蛇が守り神だ。  お互い領地が離れているため普段は顔を合わせないが、親睦を深めるために年に一度、宴を催す。近況報告が主な話題だが、嫁を紹介する場でもあるそうだ。  人間の嫁が寂しくならないように嫁同士の交流も兼ね備えているらしい。  だが朝陽は首を振った。  「そのような恐れ多い場所にわたくしは行けませぬ」  「私がいいと言うのだから構わない。みなに紹介するいい機会だ」  つまり朝陽を正式に嫁にしてくれるということだろうか。願ってもない話なのに胸の奥は米俵のように重い。  夜刀は朝陽を朝凪だと思っている。嘘を吐いている罪悪感が足枷になってしまい、前に進むのを拒む。  だが夜刀の決意は固いようで、朝陽がいくら拒否しても頑として譲らない。  このままでは話は平行線のままだ。  何度目かの押し問答に朝陽は渋々と頷いた。  「……わかりました」  「うむ」  再び顔が近づいてきて、朝陽は慌てて瞼を閉じる。だが柔らかい感触は唇ではなく額にきて、ちゅっと可愛らしい音を立ててすぐに離れた。  「期待していたのか」  「……夜刀様は意地悪でございます」  「どんどん赤くなっていくな」  夜刀は面白そうに笑っている。  朝陽は夜刀の笑顔を複雑な気持ちでみつめていた。  宴は神界の中心部に聳え立つ山頂で行われる。夜刀の寝殿から半刻ほどで着くらしい。そこまでの移動手段は朝陽が神界に来た駕籠で、牛や人が牽引しなくても神力を送れば自動で動く。  だから朝陽が神界に来たとき勝手に動いたのかと納得した。  正面に座る夜刀は肘掛に身体を預け、ゆったりと寛いでいる。だが朝陽は何度も座り直したり手を弄ったりと落ち着かない。  そんな様子に呆れたのか夜刀は小さく息を吐いた。  「そう緊張せずともよい」  「それは無理でございます」  ただの人間である自分が十二支の神とお目通りが叶っていいのだろうか。一体なにを言われるのか想像するだけで胃の底が冷えてしまう。  「私のところに来たときはあんなに威勢がよかったじゃないか」  「あれは必死だったのです。村を守りたい一心でした」  「兄妹とは似ているものなのだな」  やさしさを滲ませる黄金色の視線に逃れるように朝陽は下を向いた。  朝凪ではないという負い目が日に日に重くのしかかっている。真実を伝えられないまま今日を迎えてしまった。  宴会場は夜刀の寝殿よりも広い。  兎の門番が二人立っていて、太い四足門には十二支が細かく掘られている。瓦は深紅に統一され、月明りのわずかな光を反射させていた。  中の豪華絢爛さにさらに驚いた。襖に描かれた絵は美しく、衝立や屏風も金色をあしらっている。  渡殿から見える美しい庭園は四季折々に彩られていた。  桜、向日葵、紅葉、椿と旬の季節が違う花が同時に咲き誇っている。 (これが神界の中心部)  常識では考えられない現象に呆けていると夜刀に腕を取られた。  「はぐれるぞ」  「すいません。物珍しくて」  「先ほどまで緊張していたくせに」  子どもみたいにはしゃいでしまって恥ずかしい。顔を俯かせると夜刀は笑った。  「おや、夜刀じゃないか」  大柄な男が近づいてきて、朝陽は飛び上がりそうになった。  天井につきそうなほど上背のある男は緋色の陣羽織を羽織っている。真っ黒な長い髪を後ろに撫でつけ、凛々しく太い眉の下の両目は鋭い。口を開くと尖った歯が見えた。  まるで百戦錬磨の武将のようないでたちだ。  「……龍神」  忌々しそうに夜刀は男ーー龍神を呼んだ。  「おまえが宴に参加するなど初めてではないか。今宵は雨が降るだろうな」  「たわけ。何年経っても減らず口め」  「こういう性分なんだね」  にっと龍神が笑みを浮かべると夜刀はわずかに眉を下げた。  言い合いをしているようにもじゃれているようにも見える。もしかして心を許しているのだろうか。  「それよりこの小童が嫁か?」  龍神にずいと顔を向けられて朝陽はあっと声を漏らしそうになった。近くで見ると両目には不思議な陰陽がある。  「お、お初にお目にかかります。朝凪と申します」  慌てて頭を下げたが龍神は口元を綻ばせたが、両目は笑っていない。  「なんと教養のない人の子だ! それに醜い。おまえとお似合いではないか!」  「……いまなんと仰いましたか」  「醜い者同士、似合いだと申したぞ」  龍神は朝陽を挑発にするように見下ろした。醜い、ともう一度繰り返され、頭の中の糸がぷちんと切れた。  「夜刀様はお美しいです。それが目に入らぬのですか? 撤回してください!」  「朝凪、落ち着け」  夜刀に止められても朝陽の怒りはおさまらない。彼の美しさを語るだけで一晩はかかるというのに。  「これを見て同じことを言えるか」  どこからかびゅうと強い風が吹き、手で顔を覆うと視界のすみで白い布が夜空に舞い上がっていくのが見える。  しばらくすると風が止んで朝陽は顔を上げた。  「夜刀様……」  夜刀の口元を覆っていた布がなくなっていた。彼の口角は耳の下まであり、先端が裂けた細く長い舌がちらりと顔を出している。  「これでも美しいのか?」  龍神は片頬をあげた。夜刀の素顔を知っていたのだろう。きっと隠していた理由も。  「見るな!」  夜刀は着物の袖で口元を覆った。  大きな身体を戦慄かせ、可哀想なくらい小さくなってしまっている。  朝陽は腕を伸ばして夜刀の身体を抱きしめた。  「やっとお顔を拝見できました」  「……怖くはないのか」  「嬉しいです。夜刀様のお顔、もっと見せてください」  恐る恐る顔を出してくれた夜刀の顔を朝陽は瞬きもせずに見つめた。  「お美しいです」  月のような黄金色の瞳も人より大きな口も長い舌もすべてが愛おしい。恐れることなんてなにもないと頬を撫でた。  「朝凪」  顔を近づけられ、唇に視線が向くとぽっと頬に熱がのぼった。接吻したときを思い出してしまったのだ。  「あ〜阿呆らしい」  龍神の声にはたと意識が戻る。後頭部に手をやり、胡乱げな目を向けられていた。  「なんだこの嫁は。驚きもせぬ。逃げもせぬ。つまらん、つまらん!」  龍神は鼻息を荒くして奥へと引っ込んでしまった。どしどしとした足音が遠のいていき、夜刀と目を見合わせて笑った。  「帰ろう」  「宴に参加してませんよ」  「もういい。充分だ」  手を取られ再び駕籠に乗せられた。ものすごい速さで駕籠は走り、あっという間に夜刀の寝殿に戻ってきてしまった。  「本当に参加されなくてよかったのですか?」  「構わん。もう役目は果たした」  夜刀がいいというなら大丈夫だろう。  だが一つだけ胸に引っかかるものがある。  「龍神様に歯向かってしまいました」  「あいつはあのくらい気にしない」  「……随分お心を開いてらっしゃるんですね」  「領土が近いからな。なにかと顔を合わせる機会が多いだけだ」  「でもいくら旧知の仲でも夜刀様を醜いと言ったことは許せません。それに布も」  夜刀の気持ちを無視して素顔を出させたのは許せない。しかも醜いと吐き捨てたことも根に持っている。  撤回してもらえなかったことを思い出し、いまさらながら地団駄を踏みたくなった。  「朝凪はやさしい子だ」  冷たい手で頭を撫でてもらうと怒りの熱が鎮まっていく。  夜刀は不思議だ。  たったこれだけのことで朝陽の気持ちを蕩けさせてしまう。  もう布のなくなった口元が三日月のような笑みを浮かべた。  ひだまりのように胸が温かいのに縄で締めつけられるように苦しい。  その理由がなぜなのか、喉に突っかかって出てきてくれなかった。  目を覚ますと腕の中に夜刀が収まるようになって半月が過ぎた。兎の毛の布団は保温性が高く、二人で入ると暑いくらいだが夜刀には冷えるらしい。  まだ安らかな寝息をたてている夜刀にずれた布団をかけ直してあげた。  夜刀は顔を布で隠すことを辞めた。お陰で彼の表情がよくわかる。  たった布切れ一枚なくなっただけで、朝陽の心臓はいままでにないくらい拍動していた。  こうして寝顔を盗み見ているだけでもすぐに限界を迎える。一体自分の身体はどうなってしまったのだろう。  朝陽は逃げるように布団から出て、手早く着替えを済ませた。  今日は雨の日だ。遣戸の外ではさぁさぁと音がしている。  (これじゃあ畑も庭掃除もできないな)  一日の予定を考えているとふと鏡台に置きっぱなしにしてある手鏡を思い出した。  夜刀といる時間が増えていたので村の様子をしばらく見ていない。  手鏡を自分の方に向けると淡く光り出し、朝凪の姿を映し出した。  朝凪は赤子の世話をしている。誰の子だろうか。じっと眺めていると亜門が部屋に来て、朝凪から赤子を受け取った。  その表情は見たことのない慈愛の籠った顔をしている。  鏡越しでは声や音は聞こえない。けれど朝凪の唇は「おとうさん」と動いているように見えた。  「嘘……赤ちゃんが生まれるには早すぎる」  妊娠から出産まで十月十日かかるはずだ。それがほんの半月足らずで生まれるはずかない。  (おかしい。なにかが変だ)  そのままじっと観察していると朝凪は赤子を亜門に任せて、外に出た。外は相変わらず日差しが強いようだ。  近くの川も雀の涙ほどの水量しか流れていない。田んぼや畑は干からび、ひび割れができている。  朝凪は屋敷の裏へと回り、大樽から水を少し取ってちびちびと啜っていた。  村は朝陽が出て行ったとき以上に酷くなっている。  「もしかして僕がお役目を果たせていないから?」  神界に来て朝陽がしたことはなんだ。  庭を掃除し、畑を耕しているだけ。  穏やかで安定した日々を過ごしているうちに村のことをすっかり忘れていた自分に絶望した。  「僕はなんて薄情な人間なんだ」  両親が死んでも飢えることなく、大切に育ててきてくれた村のみんなに仇を返している。このままではいけない。  朝陽は転がるように夜刀の元へ駆け寄った。  「夜刀様っ、早く村をお救いください」  畳に額を擦りつけて懇願した。夜刀は熊のようにゆったりとした動作で起き上がり、じっとこちらを見下ろしている。  「村が干ばつに苦しんでいます。どうか雨を降らせてやってください」  お願いします、と何度も繰り返した。もう自分のことなどどうでもいい。一刻でも早く村を救わなければ    「朝凪」  静かな、でも厳かな声にびくりと肩が跳ねる。冷たい手に肩を触れられ、おずおずと顔をあげた。  「鏡を見たのか」  「はい。置いてきた家族や村の人間か水不足で苦しんでいます。見ていられません」  「……限界がきたな」  夜刀はすっと立ち上がり、襖に声をかけた。  「風鈴、婚礼の用意を」  『かしこまりました』  外に控えていた風鈴の軽い足音が遠ざかっていく。  「正式におまえを嫁にする」  「村はどうなるのです?」  「それが村を救うこととなる」  ここに来たときの言葉を思い出した。人の信仰心があれば神力が備わり、村を救うことができる。だが朝陽の村は誰も蛇神を敬っていないせいで、夜刀の力は弱まっていた。  「私とまぐわうことも厭わないと?」  あれは冗談ではなかった。接吻をしただけで畑を生き返らせたように、人との接触が一番早く神力を溜められるのだ。  (今度は隠し通せない)  着物を脱げば男だと気づかれる。嘘を吐いていた腹いせに殺されるだろう。  なにより夜刀に失望されることが怖い。はにかむような笑顔をもう二度と向けられなくなる。  でもそれを招いたのは全部、自分だ。

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