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第4話 胸が痛いよ

 一心不乱にパソコンと格闘し続けていると、いつの間にか太陽が沈みかけていた。  もうこんな時間? ってそのころには山のようにあった未作成のデータは小石程度まで減っていて、徹夜まがいのことをしなくても大丈夫。  完全に解放されたわけじゃないけど、ちょっとした解放感を味わっていた。   「千里くん、ありがとう。助かったよ」 「どういたしまして。体育祭、ここまでくるともう日付はずらせないからな」 「そうなんだよねぇ。当日も含めてよろしくね」    体育祭当日は、生徒会も風紀委員会も目が回るほど忙しいんだ。  俺たち生徒会は体育祭の進行から来賓の対応までしなきゃいけないし、風紀委員会は広大な敷地内を警備員さんたちと不審者がいないか巡回しなきゃいけないからね。    つまり、ちょっと落ち着いたにしろ、最大の難所は体育祭当日。  会長たちが元気になって復帰したとしても、それまで気は緩められない。   「ああ。こちらこそよろしく」    一日中パソコンや電話と格闘してたっていうのに、千里くんは爽やかな笑顔で応えてくれた。  疲れているときにこの笑顔向けられるって最高のご褒美。  ちょっとだけ体が軽くなったのは気のせいじゃないはず。  そこで、ふと思い出した。   「あ、会長が元気になったら改めてお礼言いに行かせるね」    体育祭直前で、風紀委員会も忙しいタイミング。  それなのに風紀委員長の千里くんに手伝ってもらったんだもん。  風紀委員のみんなにも菓子折り用意しないと。  俺が行ってもいいんだけど、組織で動いている以上、会長が行くのが筋だよね。   「いらん」 「えー? でも礼儀的に必要でしょ?」 「わかるがいらん。どうせ喧嘩になる」    爽やかな笑顔から一転。  千里くんは顔をくっちゃくちゃにしながら目を逸らした。  その視線は、まるで黒光りしてカサコソ動く虫に向けられるように冷たい。    会長以外の他の誰にも向けられない過剰な反応。  凍えるような視線でも特別な感じがして、羨ましくて、ちょっぴり寂しい。   「でも楽しそうじゃん」 「何をどう見たらそうなる?」 「だって、いつも楽しそうに喧嘩していてさ。なんだっけ。ケンカップル? って言うの? それみたいなんだもん」    何年か前のこと。  リビングに置いてあった漫画。  少年漫画っぽい表紙だったから読んでみたら、実は二番目の姉ちゃん所有のボーイズラブ漫画だったっていうよくあるオチでね。  いわゆるケンカップルっていわれるものだった。    それはまるで千里くんと生徒会長そのもの。  二人が仲良く喧嘩しているのを見ると、どうしても漫画のラブシーンが頭の中に浮かんでくる。  そうすると、胸の奥が鋼の糸で締め付けられるようにギュッと痛くなるんだ。  最近は二人が一緒にいる頻度が高いから、俺の心は擦り切れてずたぼろ。  ずっと痛くて苦しくて、思わずぐしゃりと胸元のシャツを握りしめた。   「違う! 俺が好きなのはッ……あ……」 「え?」    ぽろっとうっかり言っちゃいました。    そんな、あからさまに失敗しましたと言わんばかりの「あ……」と千里くんの顔。    顔を上げ、反射で聞き返しちゃったけど、きっとそれは正しい反応じゃない。  その証拠に、千里くんの顔は困ったような、泣きそうな、そんな顔をしている。   「今のは……その、忘れてほし……いや……」    うぅん……と唸る千里くんは、さっきの行動を後悔していた。  そうだよね。  好きな気持ちを最初に伝えるなら、俺じゃなくて会長に直接言いたいよね。    あーあ、わかってたよ。  わかってたんだけどね。  千里くんが俺以外の人のこと、好きって言ってるのを聞くのはやだなぁ……。    喉の奥に鉛が詰まっているみたいに苦しい。  千里くんの声を聞くのは好きだけど、今は何も聞きたくない。   「大丈夫、忘れるよ。だから、その……じゃあね!」    薄く涙の膜が張っていることを知られる前に逃げなきゃ。  みっともない顔、見られたくないもん。    俺はこの数日で着回した制服シャツや下着、筆記用具を詰め込んだ学園指定の鞄を乱暴に掴み、出口へとまっしぐらに走った。  それはもう、自己ベスト記録を更新できるレベルでね。

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