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第3話 ありえない人
身体中の骨が軋む。
瞼を開ければ、背中がそこにあった。
(こういう時って、どうすればいいんだろ)
いや、それより契約した内容だ。
(こどもできるまで、ここにいるのかな)
カイは、そっと腹を撫でる。
朝方まで責め立てられた体は、ヴァルの猛攻をそのまま残しており、乾いた白濁や汗で気持ち悪い。下腹内では、針でつついたような違和感が広がっていた。
不安に何度も腹をさすっていると、衣擦れに気付いたヴァルが振り向く。
「起きたか」
「あ。その、俺」
「起きたなら準備しよう。すぐに出る」
出る、とはどこへ?
そんな当然の疑問を口に出す前に、部屋の扉が叩かれる。
「ヴァル様、お客様がいらっしゃっています」
女将の少し焦りを帯びた声に、カイは身を起こして、ヴァルを見る。
「誰だ」
「私です。ヒュッテです。入ってもいいですか」
「ああ」
その言葉に焦ったのは、カイだ。
今起きたばかりで、体には何も身に付けていない。それどころか情事の跡が色濃く残る始末だ。
「ま、待って」
カイが声を出して、牽制しようとするが、相手の方が早かった。
「……ヴァル様。お相手がまだいらっしゃるんでしたら、言っていただかないと」
「いつものことだろう」
「……うう」
カイは、服を着ることもできず、シーツに潜り込んでヒュッテと名乗る男を見上げた。
肩で揃えられた銀髪に灰緑の長上衣、襟元まてまで、きっちり止められたシャツに磨かれた靴は、彼が几帳面な性格だろうと伺えた。
「そろそろ邸へお戻り下さい。仕事が溜まっています」
「そのつもりだった」
ヴァルは、自身が裸であることを気にせず、ベッド脇の机にあるいつの間に置かれていた水桶と布で体を拭き、衣服を纏っていく。
その様子に溜め息を吐いて、ヒュッテはカイへ近付くと腰から重い皮財布を外し渡そうとする。
「お疲れ様。これは、食事代だよ」
「え、あの、俺」
「ヒュッテ。彼は邸へ連れていく」
財布を受け取るわけにもいかず、もたついていると、ヴァルが割って入った。
しかし、ヒュッテは苦虫を噛み潰したような顔で「何ですって?」と聞き返す。
「彼は、オメガだ。邸で引き取って暮らさせる」
「オメっ、貴方。何考えてるんですか!この状況でオメガを引き取る?冗談も休み休みいってください!」
「この状況だからだ。彼に俺の子を産んでもらう」
信じられない、と足先で地面を叩く。
「お立場を考えて下さい。ただでさえ、悪評があるのですよ」
「考えてのことだ。それにこれは契約だ。そうだろ、カイ」
視線がカイを向く。シーツに包まれたまま、居たたまれない思いをしながらも答える。
「はい……。ヴァル様と昨晩そのように」
大きく肩を落として、ヒュッテは額を指で叩いた。
「奥様が知ったらどうされるか」
「出ていった者に口出しされることもないだろう」
「そうはいっても……。はあ、でもお決めになられたんなら従いますよ。それからーーカイ様」
「様なんて、俺は、ただのその……」
(ここが娼館で、俺は店員なら娼夫なんだろうか。というか、ヒュッテって人の言いぶりからするとヴァル様は、異性関係派手なのか)
「いえ、この方の子を産んで下さるなら。それ相応に。とにかく一度邸へ、詳しい話はそこで伺わせてください」
「あの、でも俺。服が」
不可抗力で汚れてしまったズボンを始め、昨晩の行為故にすぐに着なおせる服がなく。
眉を下げていれば、ヴァルが「女将」と一声かける。
「は、はい」
「着替えの一つ二つあるだろう。金はヒュッテから受け取れ」
「勿論こざいます。すぐに」
そうして衣服の件は、難なく解決し、カイは酒場を出ることになった。
やたら恐縮する女将さんに、一日世話になった頭を下げ、店を出る。ヴァルの後ろについていきながら、その横では、ヒュッテが説明していた。
「馬車は、二区画先に停めています」
「わかった」
なぜ二区画も先なのだろう。
角を曲がれば、中心街に繋がっていく大通りがあるというのに。
カイは小首を傾げる。
(人目を避けている?)
しかし、質問できる雰囲気ではない。二人の後ろをついていくだけだ。
馬車は、確かに二区画先にあった。身元を伏せるためか上から布地がかけられており、扉だけが露にされている。
(ヴァル様って、何者なんだろう……そうだ、俺、この人のこと何も聞いてない。ああ、どうしよう、実は奴隷商人でオメガを売り飛ばしてる悪い人とかだったら)
地面を見ながら歩いていると、二人の足が止まるのが見えてカイも動きを止めた。
そこには、濃紺の布地で側面を覆った馬車が一台停まっていた。
ヒュッテが待っていた御者とおぼしき人間と話している間に、カイは、ヴァルに導かれて中へ入る。
(俺。何かとんでもないことをしてるんじゃないのか)
下唇を噛み、両手の指を忙しなく動かす。
「不安か」
静かに動き出した馬車の中で、ヴァルの低い声が響く。
「はい……。あの、貴方は、一体誰なんですか」
勢いのまま、過ごした一夜。行きずりを嫌がっていたのに背に腹は代えられぬと、宿のために金と名前だけで忘れることにした信念。
どこか抜けていると他人に指摘される自身は、目の前の人物を説明できない。
「じきに分かる」
それなのにヴァルは、それだけ言うと窓の外を見るだけで。カイは肩を落として反対側の窓を見つめることにした。
いくら程走っただろうか。広いヴァランの街のどこかについた。大通りの喧騒とは遠く離れ、外から開かれた扉の向こうには、美しく剪定された庭があった。
(大きい……)
白い邸は、想像の何倍も大きくて、カイは唾を飲み込む。
使用人らしき人々が三人並び、ヴァルを迎えている。
「王弟殿下」
「?!」
邸で、出迎えた人から発せられた呼び名にカイは、馬車から降りる足を踏み外した。
その体を片腕一つで支え建て直したヴァルは、出迎え人から発せられた呼び名を訂正することはない。
「王弟、殿下……?」
カイの震える声に気付いているのかいないのか。ヴァルは、カイを見下ろし答える。
「そうだ」
「~っっ?!?!?」
ヴァルディス・シュト・ヴァランディア。現王アルベルト・シュト・ヴァランディアの実弟。
(そんな。そんな、なぜ!?!そんな大切なことを言わないんだ!!)
吐き気と頭痛がいっぺんにカイを襲う。激しい目眩に立つのも難しく、ヴァルの腕に寄りかかってしまう。
それだけで周囲の空気が揺れる。
カイは、不味いことをしていると自覚していても、あまりのことに身を震わせるだけだ。
「ヴァル様、も、もう」
そう言って離れようともしたが、力の入らない手では姿勢を立て直すこともできない。
「いい。このまま部屋へ案内する」
ヴァルは、慣れた動きでカイを抱き抱えると邸へ向かって歩き出した。
下男とおぼしき人が駆け寄ろうとするが、ヒュッテが間に入り四人と二人の距離は段々ひらいていく。
(とんでもないことになってしまった……)
案内された部屋は、これまで暮らした部屋と雲泥の違いであった。装飾の施された窓枠には、深い臙脂色の幕が垂らされ。その近くには男四人位が雑魚寝できる広さのベッド。幾つかの何に使うかわからない華美な棚が壁際にあった。
極度の緊張からヴァルの腕の中で固まったカイは、ベッドへ降ろされるとそのままの勢いで倒れ込んだ。
柔らかい絹の敷布に顔が沈む。
(何て、きもちいいんだ)
郷里の田舎は、年寄りの方が多いくらいの廃れぶりだ。当然、生活は質素である。
状況も忘れそうなほど、幸せに浸っていると咳払いが聞こえ慌てて身を起こす。
「申し訳ありませんっ」
「いい。先ほど聞いた通り、俺の正しい名はヴァルディス・シュト・ヴァランディア。他は昨晩言った通りだ。お前には、ここで俺の子を産んでもらう」
「でも、俺なんかじゃ」
「他ならない夫の俺が妻の代役として選んだ。まだ理由が必要か?」
いえ、その。と言いごもるカイだが、それ以上の言葉は出ない。
「仕事がある。必要なものがあれば、これから来る下女に頼め」
重い音を立てて閉まった扉に、カイは後ろへ倒れた。
(ほんとにどうしたら……)
暫く後、ヴァルの言葉通りヒュッテと下女のエレナが訪れた。
ヒュッテは、丁寧にこの邸のことについて教えてくれた。ヴァルのもとへ向かわなければならないと、告げた後は、エレナが引き継ぎ今日これからのことを説明した。
「カイ様のお召し物は、これから大きさを測って届けていただきます。それまでは、既成のものになりますが、こちらをお召しください」
それは、絹の上衣と装飾のあるボタンがいくつかついたズボンである。身分不相応な品に断ろうとするが、エレナは、横に首を振る。
「カイ様は、ヴァルディス様のお子を授かる方です。むしろ、これからもっと貴方様からすれば華美にしていかなければなりません」
「……それは、皆知ってるんですか?」
「敬語はお止めください。何がでございましょう。カイ様がオメガでヴァルディス様の子を産まれるというのは、邸のものには既に伝わっております」
「……俺が産むっていうのは、内緒にしなきゃいけないんじゃないのか?」
「はい。邸の者は、口外できません。すれば、どうなるか、どうするか、どちらも脳髄まで教えられています」
エレナは、臆面もなくそう言い切る。
市井に生きてきたカイからすれば、あまりに重く厳しい言葉だった。
夕刻になれば、食事をお持ちしますと言ったエレナは、夕刻になっても現れず。扉を叩く音と共に入って来たのはヴァルであった。
「ヴァル様?」
「どうだ。部屋には慣れたか」
「いえ、まだその。ヴァル様はお仕事は?」
「まだあるが、休みに来た」
そう言い、ヴァルは、カイの座るベッドへ腰掛ける。カイは、自然腰を引いて距離をひらこうとするが、ヴァルの腕がそれを阻止する。きゅう、とカイの下腹部が痛くなる。
「逃げるな」
「あの。ヴァル様?昨日、しましたよね。なんなら今日。ひ、」
「そうだな」
腰に回った左手が、カイの上衣の中へ入り後ろから横腹を撫で、ゆっくりと胸に触れる。
「やっ」
「どうした」
指先が乳首の先をくにくにと弄る。時に窪みへ爪が挿れられ、つねられる。
「んっ、んぅ。やめ、ヴァルさま」
「なぜ?」
身を屈めてヴァルの行為に堪えようとするのに、ヴァルは、体を傾けてカイの耳に囁く。
「オメガが邸にいるのに、抱かない理由があるのか?」
(りゆうが、あそびにんだ……っ!)
片手で弄られていたのが、いつの間にかヴァルかも体の真後ろに回っていて、両手で胸を揉みしだかれる。
「んっん、んぅっゃ、や、ぁっ」
「柔らかいな」
カイの首筋に吐息が当たり、舌先が背骨を辿れば、ぞくぞくぞくと悪寒に似た快感が走る。
「ぁっあっあっだめ、やだぁ」
「は。なぜ拒む。逃げるつもりか?」
返された言葉に、妙に冷静になる自分があった。
(立場的に仕方ないからするのか?)
「ひゃ、あ。ぁう」
(これ、できるまでするってことか?)
数刻前に履いたばかりのズボンをあっさり脱がされ、カイはありのままの体をヴァルへ晒す。
朝方まで、何時間も侵入を許していた後孔は、処女であったことも忘れ、今や少しの快感に緩く呼吸をしている。
花開かされたオメガの秘処は、蜜を溢しながらアルファの肉を待つ。
「食い漁るのはどっちかわからない」
「や、ゃあ?!ぅうううんんんんんんんっ~~~」
ヴァルは、カイの、腰を上げるとボタンを外したズボンから覗かせる肉棒の上に引き落とした。
「は、は、は」
(腹がきゅうってする…やなのに)
「動くぞ」
ヴァルは、カイの膝裏に手を差し込むとそのまま持ち上げてしまう。
「…っ…~っっ」
(ふかい、深い~っっ!!)
返事を待たず腰を打ち付け始めた。
カイの体内から汗が噴き上げる。
「匂いが強いな」
「ひゃうっ、ぁっふか、いや」
昨晩より配慮のない動きに、自然、涙が溢れる。乾いた肉を叩く音と濡れた音。どちらもオメガとして扱われたばかりのカイには辛いものだった。
「あ、あ、おく。ゃ、」
それなのに、カイは迎え入れたヴァルの熱を内壁で締め付けてしまう。体内は、更に奥へ招き入れるよううねるのだ。
「や、だめ、だめぇ……っ」
「まだ手前なんだがな」
「ぇ、?やあっ、やだぁ……っ」
「ここを開けたい」
ゆっくりとヴァルによって腰が打ち付けられれば、長大なそれが未知への入口を叩く。
(聞いたことがある、オメガには体の奥に、女の子宮みたいなところがあるって)
ぶんぶん、と頭を横に振って拒めば、ヴァルは、無理強いすることはなかった。
「……仕方ないか。」
「ごめんなさ、あ、あ、あ、あーーッ」
一定間隔で打たれていた律動が、大きくなり暫くして内壁に飛沫がかかった。
「明日も来る」
そう言い放つ男は、どんなことをしても全て許されるのだろう。
「……」
だから、扉を閉められた後。カイが静かに涙を流していても。祈るように手を握っていても。
ーーヴァルは、気付かなかった。それだけなのだ。
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