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第1話 春
二人を乗せた高速バスは、冬の気配が残る中国山地を北上していた。
「あ、日本海見えた」
緒田がつぶやくと、昼寝から覚めたばかりの牧瀬が大きく欠伸をしたあと、窓の外を見た。
4列シートの窓際の席に座り、景色を実況する緒田。乗り物酔いしやすい彼に、牧瀬はいつも窓際の席を自然に譲った。
二人で高速バスに乗るのは、これが初めてではなかった。これまで何度も、一緒に旅をしてきた。
二人は親友だ。小学5年生のときに、初めて同じクラスになった。そこでたまたま、お互いにとあるマイナーな漫画のファンであることを知った。共通の趣味を持つ二人の仲が深まるのに、そう時間はかからなかった。
それから、お互いの集めている別の漫画を交換し合ったり、旅という新たな趣味を共有しながら、同じ中学にも通い、二人は盟友となった。
そんな二人が今日は、生活用品を詰め込んだ大きなスーツケースやボストンバッグを抱えて、新たな春を迎えようとしていた。今回の旅は、片道切符だ。二人はこれから、「私立星室学園高校」の寮で生活を共にする。
ーーー
「星室を受けたい」
牧瀬からそう聞いた時、緒田は心臓がきゅっとなった。
星室は、中国地方では知らない者はいない、日本を代表するスポーツ強豪校の1つであった。
そして星室は、全寮制の男子校で、山陰地方の山奥に位置し、スマホの電波がほとんど通らず、余計な娯楽に出会うこともない、まさにスポーツのためだけの「監獄」という側面も広く知られていた。
牧瀬はバドミントンがうまかった。全国大会に進出したことも、有名校からスカウトを受けたこともあるほどの選手だった。
星室からもスカウトを受け、一度は断ったらしい。ただ、そのことを話すときの牧瀬の表情から、緒田は彼の迷う気持ちを察した。
(きっと、想太は星室を受けたいんだ。でも、ふんぎりがつかないんだ・・・)
緒田は、牧瀬の背中を押したくなった。
調べたところ、星室は近年、大学への進学実績向上にも力を入れていて、入学試験の成績上位数名は、学費無料になるとのことだった。
緒田はまず、自分の親に星室を受験したいと相談した。
星室なら全寮制で勉強に集中できるとか、独り立ちしてみたいとか、考えられるあらゆる「正当な理由」を述べたが、親には緒田の「仲良しの想太についていきたい」という思惑はお見通しだった。
何度も反対を受けたが、最終的には、「自分の選択に責任を持てるなら。想太君もいれば安心だし」と、学費が無料になった場合のみの条件付きで、進学の許可を得た。
次に緒田は、牧瀬に星室に対する気持ちを確認した。すると彼は、一瞬ためらったが、「受けたい」と言った。
でも・・・、牧瀬は言葉を続けようとするが、出てこない。
緒田は、僕も受けていい?と聞いた。
牧瀬は、えっ?と驚く。彼の不安が、少しずつ喜びに変わっていくのが読み取れた。
ーーー
高速バスが、終点の鉄道駅に辿り着いた。
ここから二人は路線バスに乗り換えて、山陰の奥地を目指して片道1時間以上かけて山を登っていく。
「本当に、ありがとな・・・」
<星室学園行き>のバス停表示を見た牧瀬は、ラケットのケースをぎゅっと握りしめながら、緒田に感謝の言葉をつぶやいた。
「本当に、俺、星室で自分を試してみたくて・・・でも、全寮制っていうのがどうしても辛くて・・・でも、お前がいてくれるなら、俺、頑張れる・・・」
牧瀬は人見知りで、かつ潔癖気味な部分があった。体育会系の男子寮とは明らかに相性が悪そうだ。緒田はそれを分かっていて、自分が寮生活でのパートナーになることを申し出たのだった。
牧瀬が緒田を見た。
憧れの高校でバドミントンができるうれしさからか、目に涙が浮かんでいた。緒田はそんな彼を見て、罪悪感が沸き起こった。
「改めて、よろしくな!」
牧瀬が緒田に拳を出す。緒田はグータッチをした。
違うんだ。緒田は心の中で云う。
僕は、牧瀬と共同生活ができることがうれしくて、少しでも近くにいたくて、同じ高校に進めない未来を考えたくなくて・・・。
緒田は牧瀬に向けて秘めた気持ちを抱えたまま、、路線バスに軽やかに乗り込む大好きな親友の背中を見つめた。親友を騙している感覚に苦しくなり、胸をぎゅっと押さえつけた。
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