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 二週間ぶりの夜の睦事に上の空の恋人に興ざめした雰囲気もない。言葉は少し茶化すようだが、その瞳は優しい。  そう、冬馬は出会った時から優しく、僕を守ってくれる存在だった。 * *  冬馬は……僕らは人を傷つけて日本から逃げてきた。彼が傷つけたのは僕に執着していた義兄だった。僕が家のしがらみから逃げようとしたところに現れた彼を、弾みで冬馬が傷つけてしまった。  冬馬も傷を負った。  僕らが最初に逃げた先は橘家所有の別荘だった。  木々と雪が僕らを覆い隠す。でもすぐに見つかるだろうと思った。  その晩怪我をおしてまで冬馬に求められた。身体は熱いのに、どこか切なく儚い行為だった。  そして、翌朝僕らは昔過ごした沼へと向かう。  「沼へ行こう」と言った冬馬は、あの時何を思っただろう。  逃避行か死か。  僕は何を予感したのか、その沼を前にして涙を流した。それは初め自分でも気づかないほど自然に流れてきたものだった。  僕が予感したのは、たぶん『死』だったのだ。  冬馬もおそらく直前まではそう思っていたのではないだろうか。  しかし、彼が選んだのは逃避行であった。    僕らはすべてを捨て、詩雨を置いてけぼりにして逃げてきたんだ。      冬馬はCitrusの関係で縁のあるパリをその場所に選んだ。義兄を傷つけた日の朝、僕らはお互いのすべてを捨てると決めた。その晩彼が僕を迎えに来るまでの間にいろいろと手はずを整えていたのだろう。その時にはもうとりあえずパリに来ることを考えていたのだろう。    その後僕らの居所は両家の知るところとなったが、誰も僕らの邪魔はしなかった。怪我をした義兄さえもだ。  僕らはそれからパリ近郊の街アンジェに住んでいる。冬馬や僕の引き取られた先の本宅はもちろん、その後の棲家のマンションよりすっとずっとこじんまりとした平屋の家だ。  冬馬は有名ブランドの誘いを蹴って小さなショップのデザイナーになった。自分で服も仕上げている。  世界でも通用するブランド『華ーーはなーー』から独立して立ち上げた『Citrus』よりもずっとずっと小さなショップだ。 「これでいいの?」と聞いたことがあるが、自分でデザインをして服を作ることが夢だったと答えた。僕はそれ以来何も言わず、彼のしたいようにしてもらっている。  彼は日々やり甲斐と幸せを感じているようだ。僕も彼を手伝いながら、今までになかった幸せと穏やかさを感じている。  八年余りをそうして過ごしてきた。 * *  五年程前のことだ。  ある日敷地を仕切る木の柵に色褪せた紅い組紐が(ゆわ)かれ、風にはためいていた。  それは詩雨が、僕らが通っていた聖愛学園にいた頃から彼の髪に結かれていたものだった。    

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