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 しかし、詩雨の姿はそこにはなかった。  僕らが庭に洗濯物を干しに行き、家に入ってから気づくまでの小一時間の間にあれを結んでいったのだろう。あるいは、僕らが庭に出ている姿を見ていたのかもしれない。  詩雨の姿は『あの日』、『あの沼』で見たのが最後だった。  そして、確かに詩雨も僕らを見た、はずだ。  それなのに、何故か彼は僕らが沼に身を沈めた、と思い込んでしまったようだ。あるいは生死をはっきりさせたくないと思ったらしい。  それを冬馬の弟、優馬(ゆうま)が伝えにきた。  自分たちが生きていることを詩雨に知らせてくれと。   詩雨は僕らが姿を消した後、体調を崩しカメラマンの仕事ができなくなったということだった。  その後、冬馬がそれに対してどう対処したのか、僕は聞いていない。僕らがもうこの世にいないと思うのなら、それでもいいと思った。  僕は自分勝手な人間なのだろう。  もう二度と冬馬の前に現れてほしくなかったのだ。  彼は――三年半の月日の後、また再び僕らの前に現れた。いや、姿は見ていない。近くまでやってきたのだ。  その真意は?  自分の髪を結っていた紅紐だけを置いていき、自分の存在を知らしめようとしているのか。  僕は内心そう思った。  しかし、冬馬の考えは違うようだった。  冬馬と詩雨は初等部に入学する少し前に出会った。同じ学校に通うことになる二人を母親同士が引き合わせた。中等部から知り合った僕よりもずっと長い。  彼らの間に起きたことは、実は僕はあまり詳しく聞いたことはない。  冬馬の詩雨に対する気持ちも。詩雨の冬馬に対する想いも。  ただ、詩雨の気持ちは感じる。冬馬といる時の表情が、仕草が。冬馬といる時の僕を見る瞳が。冬馬を好きだと。そして、冬馬が構う僕のことが嫌いだと。  僕と同じだ。  冬馬は初めて語った。  なぜ今か?  あの紅紐は、初めて詩雨に出会った日に冬馬があげたものだった。  泣いている詩雨が可愛くて、結婚を申し込んだそうだ。六歳の子どもがだ。しかも、彼を女の子だと思い込んでいた。後日、詩雨が男であるとわかり、彼らの長いつき合いはそこから始まったのだ。  詩雨が紅紐で髪を結い始めたのは初等部四年生の頃から。もう三十年近く昔のことなのに、詩雨に関して冬馬はかなりの記憶力を持っている。そんなところにも僕はもやっとする。  その紅紐は詩雨の冬馬への『想い』なのだ。  そして、そのことに冬馬はずっと気づいていた。 「詩雨はずっと俺のことが好きだった……でも、俺は秋穂に出会ってしまった。彼のそういう意味での気持ちには応えることができなくなった。それなのに、俺はずっと詩雨を傍に置きたかったんだ……酷い男だろ」   

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