4 / 4
4
冬馬はそのことでずっと心を痛めていたのだろう。
「俺がやった紅紐は、詩雨の俺への『想い』の証 ――それを置いていったということは、詩雨の心は俺から離れたんだろう……」
嬉しそうな、それでいて淋しげな表情だった。
冬馬は一枚の絵葉書を送っていた。差出人も言葉もなく、この街の風景だけを盛り込んだエアメールだ。自分たちは生きているということを伝えるために。
それが詩雨の復帰を手助けしたとは、冬馬は少しも考えていなかった。おそらく彼を更に追いつめたのでないかとさえ思っていた。
「詩雨を立ち直らせたのは、別の誰かだ。おそらくその『誰か』とここにやってきて、あれを置いていったのだろう」
冬馬はその『誰か』に心当たりがあるようだった。
時折見ているファッション雑誌。それから『SHIU』の写真集。『SHIU』とは柑奈詩雨のカメラマンとしてのネームだった。
ファッション雑誌は仕事柄見ていてもおかしくはない。『SHIU』の写真集は、僕に気を遣ってか、作業台の机の引き出しにしまっていて、いつもこっそりと見ていた。僕はそれを知っているけれど、知らないふりをしていた。
冬馬は詩雨ではなく僕を選んでくれた。
彼は僕を愛してくれている。
それはわかっている。
でも。
愛だの恋だのではない、強い絆が二人にはあるのだと思う。
僕はそれに今でも嫉妬している。
* *
あれから更に五年の月日が流れ、一週間ほど前のこと。
仕事関係のメールアドレスに一通のメールが届いた。
『パリで仕事があるから、ついでに会いに行くよ』
最後に『詩雨』という名で締めくくられていた。もう何年も会っていない相手に送るにしては実に簡単すぎるメールだ。
『会いに行く』日すら書かれていない。
詩雨らしいといえば、詩雨らしいのかもしれない。
そして、その日が今日だったのだ。
ミシンに向かい作業をしていた冬馬がぴたっと手を止め、立ち上がった。
それは聞こえない声を聞いたような、何かの啓示を受けたような、そんな様子だった。
「どうしたの?」
窓に向かって歩いていく彼を訝しんで声をかける。
「今何か……」
「え……?」
彼はじっと窓を覗き込んだ。
はっと息を飲むのがわかった。
やがて彼は吐息のような声を漏らした。
「……詩雨……」
と。
その声は愛おしい大事な何かに再び出会えたような、感嘆の色が滲んでいるように思えて、僕の胸はきゅっと痛んだ。
僕も恐る恐る窓に顔を向ける。
確かに――詩雨はいた。
日本から遠く離れたこの土地まで彼は冬馬を追ってきたのだ、そんなふうに恐怖した。
しかし、彼の隣には一人の男性が寄り添うように立っていた。
ともだちにシェアしよう!

