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07.アイリスと毒キノコ

「…………え、嫌だけど」 「……ぶっ……、……アッハッハッハッハ!」  突然のコナーのプロポーズを、ミラはあっさりと一蹴した。警戒を顔中前面に押し出して。その表情がおかしかったのか、爆笑し始めるコナー。ヒーヒーと腹を抱えて笑っている。からかわれていたのだろうか。  軽い溜め息をついて、ミラはコナーに背を向けバルコニーの手摺りに腕を乗せた。眼下にはいくつものガス灯に照らされた庭園がよく見える。手入れの行き届いた花々に、トピアリーも雄大だ。今日のパーティの主催者もまた、名のある貴族なのだろう。 「アハハハ、ハハッ……、 ゴ……、ゴメンミラ様、怒らないでくださいね」 「……別に。何企んでんのかは知らねーけど」 「企むなんてそんな、……うーん、でもまあそうなるのかな」  ミラのすぐそばに横並びに立ち、コナーもバルコニーから庭を見やった。そして遠くを眺めながら目を細め、独り言のような少し落ち着いたトーンに声を変化させていく。 「……失礼しました、本当に。でも僕は本気で申し込んだつもりなんですよ。ミラ様が頷いてくださらないのは、やはりセティアス様がいらっしゃるから?」 「……アイツのことも、別に。だってオレ何にも覚えてねーし」 「そのようですね。でも、それなら相手が僕でもいいと思うんですよね。うちも、ヴァルディール家と同等程度の格を持つ家柄ですよ? むしろ歴史なら我がリイナシオン家のほうが古い」  コナーによると、双子の生まれたリイナシオン家は、王家に次いで長く続いてきた魔術を扱う上級貴族であり、現在も多くの大魔術師を抱える名門中の名門家系らしい。母親違いの兄弟姉妹が数十人もおり、親類縁者を合わせると、コナーでさえ名を覚えきれないほどの巨大な一族なんだとか。 「名門とかそーゆーの興味無い」 「お父上はさぞご興味がおありなのでは?」  ……それはまあ、確かに。父グアロが権力に弱い上級貴族様大好き人間なのは事実だ。騎士の名門家系と縁故を結ぶのだと豪語しまくっていたが、魔術の名門でもそれはそれで大歓迎しそうではある。まさかコナーに父の性格までも把握されているとは。  だがミラは弱々しく首を振った。 「……だとしても、今オレが勝手なことを言えるわけがない。第一記憶が無いってバレるのもホントはヤバいんだ」 「それは先ほど申した通り、他には絶対に漏らしません。ご安心を」  またもやウインクを繰り出すコナー。あまりの睫毛の長さに、隣から風を感じたような気さえする。ミラは自分の顔が相当な美形であると思い込んでいたが、どうも貴族連中の顔面はおしなべて皆秀麗らしい。ああ見えてセティアスも端整な二重瞼と鼻筋に、意外と柔らかい唇が……、いやいや、それは今は思い出さなくても良いことだが。  ミラの記憶喪失については、つい数日前に人から伝え聞いて知ったとのことだった。シュレイン家でミラの勉強指導をしていた人間のうちの誰かが、リイナシオン家に情報を漏らしたのだ。最近はこのパーティに向けて講師役を増員し、付け焼き刃的講義を拡充しまくっていたので、遺憾ながら人材の質も落ちていたということか。一体どいつが口を滑らせやがったんだ。見つけたら必ずクビにしてやる。  とは言え、リイナシオン家ほどになると、下級貴族の内情などどうにでも知り得るすべを持っているのかもしれないけれど。 「どうしてオレと?」 「……チャンスだと、思ったんです」  尋ねるミラにコナーは真剣な眼差しを向け、自身の両手の指を祈るように重ねて握った。 「以前から大変お慕いしていましたから。ミラ様が記憶喪失になられたということを、しかも以前とは別人のようにおなりだと聞き及ぶに至り、それならセティアス様とのご婚約は破談になってもおかしくないのではないかと思ったんです。あわよくば付け入る隙があるのではないかと」  なので今日に賭けていたのだ、と決意を込めた声で。  麗しい金髪をサラサラとなびかせ、コナーはミラを見つめた。吸い込まれそうな瞳の碧に思わず息を飲む。 「……って、姉が言ってて」 「んやっぱりな!!」  ミラは夜空に吠えた。  他のパーティ客にも聞こえる声量だったかもしれないが、今だけは盛大にツッコませて欲しい。  やっぱりな、セティアスだよな。ハイハイそうだろうよ。  以前から慕っていたのはコナーではなくファレクで、付け入りたかったのはミラではなくセティアスで。要するにコナーは、姉ファレクのセティアスに対する大いなる想いを成就させるべく、ミラをセティアスから引き離しにかかったというわけだ。  企みとはそのことだったのか。一瞬でも、コナーに惚れられているのかと思い上がった自分が恥ずかしい。コナーならばきっとどんな相手でも選り取り見取りに違いないと言うのに。 「いかがですかミラ様? セティアス様のヴァルディール家も、ミラ様のシュレイン家も、共に我がリイナシオン家との繋がりができるんですよ。両家どちらにとっても悪い話じゃないでしょ? もちろんうちとしても姉の望みが叶うし、三方万々々歳!」  おどけて3度、小さく万歳をして見せる。コナーの声に再び陽気さが戻ってきた。  三方の家々にとってはなるほど悪くない、おそらく。だが、ミラは真っ直ぐにコナーの瞳を見つめ返した。 「言っただろ、家なんてものオレはどうでもいい」 「でもっ!」 「仮におまえの計画通り、3つの家に3つの良い結果がもたらされるとして、……だけどここに存在してる人間は4人なんだぞ? 1人、おまえの気持ちが零れ落ちてるだろコナー」 「…………え……」  ミラの目や声は、少しも揺れることなくコナーを捉えていた。逆に似つかわしくないコナーのたじろぎが、その笑顔と夜の暗さの対比を際立たせる。 「弟は姉のために生きなきゃならないのか? オレは記憶も無い何もできない出来損ないだけど、兄に人生を捧げようとは思わない。オレたちはただあとから生まれたってだけじゃねーか」  姉をセティアスと結婚させるためだけに自らは好きでもないミラと結婚しようなんて、コナーほどの美形エリートがおかしな話だ。いや、たとえ身分や姿がどうであってもだ。ミラの言葉を反芻するように、コナーはゆっくりと瞬きを繰り返した。 「……ミラ、様……」 「ミラでいいよ」  フッと肩の力を緩ませるミラ。コナーもそれにつられてしまう。 「アハハハ、……ミラ。僕のこともコナーでいいよ、……って言おうと思ったけど、さっきもう呼ばれたね?」 「……申し訳、ない……。敬語は絶賛練習中……」 「アッハハハハハ!」  コナーもオンサのように、笑い上戸なのだろうか。オンサのことは弟のように思っているけれど、コナーとはもしかしたら良い友達になれるかもしれない。  いつしかミラは、食べたくても食べられなかったパーティ会場のご馳走に対する恨み言について愚痴り始めていた。いくつか味を確かめたらしいコナーが、パイが美味しかったとかキッシュはあんまりだったとか笑いながら相の手を入れる。  すっかり打ち解けてしまった2人のもとに、血相を変えたセティアスが駆け付けてきたのは、すぐあとのことだ。 ◇ ◇ ◇ 「ミラっ!!」 「あ、忘れてた」  ダンスのあと、あちこちを探し回っていたらしい。セティアスの息は少しだけ上がっていた。ミラが平然と声を出していることにギョッとして、セティアスは急いでミラを隠すようにしてコナーの前に立った。 「姉とごいっしょではなかったのですかセティアス様?」 「……ああ、ええ。今、そちらに」  コナーに問われてセティアスが目を向けた先に、ホッとしたようにその豊満な胸を押さえるファレクが遅れて現れた。 「ご無事に見つかったのですね、良かったわ……!」  白い手が添えられた巨乳も妖艶でいい。が、ひとまずミラはファレクに頭を下げる。 「ファレク様にもご心配をおかけしました。弟君とお話をさせていただいておりました」 「ミ、ミラ!」  口を開かせるべきではないと内心取り乱すセティアスだが、ミラは取り澄ました表情でそれを無視した。  おまえが美女とダンスに励んでいる間に、事態はとっくに手遅れなんだよ、とは声に出さないが。 「……ミラ、もう夜も遅い、そろそろ……」  これ以上喋らせないようセティアスはミラの背中に手をやり、そのまま肩を抱くようにグイッと引き寄せた。 「ええーー? まだ良いではありませんかセティアス様。パーティは明け方まで続くんですよ?」 「そうですわセティアス様! 私まだセティアス様とお話しとう存じます」  引き留めようと双子が行く手を阻むが、セティアスは事も無げに頭を下げた。 「……ミラが、このところあまり体調が優れず……、今夜は失礼いたします」  本当に優れないのは体調ではなく主に頭のほうなのだが、ミラも合わせてお辞儀をする。屋敷に戻ったらオンサに夜食でも用意してもらおうかなあ、などと能天気なことを考えながら。  だが双子は引き下がらない。人形のような一見おとなしそうな印象とは裏腹に、姉弟とも非常によく喋るしよく笑った。 「まあまあ、もう少しくらい良いではないですか! そうそうセティアス様、姉とのダンスありがとうございました。望みが叶って姉も大変嬉しそうです」 「夢のようなお時間でしたわ。永遠に終わらなければ良いのになんて思ってしまいました。それとももう一度機会がいただけるなら、私……」 「もう、姉上ったら一晩中踊り続けるおつもりですか?」 「うふふふ、そうね、私ったら」 「それにしてもダンスでは息がぴったりに見えましたが、セティアス様の目から見て、姉はどのような女性に映っているのでしょう? 弟としてはやはり心配なんです」 「ヤダわコナー、また私の悪口を言うつもりなの?」 「アハハ、まさか! いつだって姉上のことを案じているという意味です」 「あら」  対照的にミラとセティアスは気の利いた相槌さえ挟めず、ただその場に棒立ちしたままでいた。  しかしこの様子では、ミラとコナーの結婚話は霧散したものの、結局コナーはまだ姉の後方支援を辞めるつもりは無いようだ。  光る碧水晶のような瞳をキラキラと瞬かせ、ファレクがセティアスをじっと見上げた。期待を込めて、愛を込めて。  さすがに何か言ってあげないと終われないのでは、とミラが口下手なセティアスをほんの少しだけ心配してやったとき。セティアスはいつもの低い声で答えた。 「……ファレク様は、清んだ湖のほとりに咲く可憐なアイリスのような女性です」 「まあっ……!」 「わあ!」  感動にうっとりと頬を染めるファレク。  姉と共に大きく歓喜するコナー。  ……の横で、目を点にするミラ。  今のは何? 夜風が運んだ幻聴?  ミラの知るセティアスは、普段沈黙ばかりでろくに口も回らず必要なことも伝えない、たまに喋ったかと思えば暴言の嵐、ダメ出しと説教と侮辱しか語彙を持ち合わせていないような、そんな男だったはずだ。それが女性に対して、よもやのアイリス?  ミラのほうはと言えば、先日めでたく毒キノコの称号を賜ったことはまだ記憶に新しく、もちろんしつこく根に持っている。それも可憐に花を咲かせているあちらと違い、こちらは腐って変色している始末だ。  あんぐりと開いたミラの口を、双子に見られない角度でセティアスは素早く両手で上下から押し潰すようにして閉じさせた。再度の謝罪と如才無い退席の挨拶を済ませ、セティアスはどうにか今度こそファレクとコナーから逃れて歩き出す。  肩を押され強制的に連れられているが、ミラはまだうわの空のままだった。するとバルコニーから、コナーの明るい声が聞こえた。 「ミラ!」  ゆっくりと振り向くミラより早く、動揺したセティアスが先にコナーに反応する。だが意図的なのかコナーはセティアスの視線をあえて放置し、ミラにだけ手を振って笑い掛けた。 「また話そうねミラ! 楽しかった!」 「…………は?」 「あー、うん。また」  予期せぬコナーの形式張らない態度に面食らうセティアスと、気の抜けた返事をしながら手を振り返すミラ。外ではまだファレクとコナーのお喋りの続きが始まっている。 「まあコナー、いつの間にそんなに親しくなったの?」 「アハハ、ついさっきですよ」  セティアスのこめかみが無意識にピクピクと動いている。腕の中でぼんやりするミラと、向こうで楽しそうにするコナーとをそれぞれ2度ずつ確認すると、歯を噛み締めるように顔を強張らせ、踵を返した。  脱け殻のように心ここに在らずなミラの体はもう、ほとんどセティアスの小脇に担がれて荷物のごとく運ばれているような状態だった。  途中、主催への挨拶とオンサたち従者との合流を済ませ、周囲への会釈を繰り返しながら、ミラとセティアスは何とか帰りの馬車に乗り込んだ。丸い月が真上まで上っていた。 ◇ ◇ ◇

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