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第3話
身体付きはまるで神話に登場する英雄のように筋骨隆々な体格で、大剣を扱う姿は父にも負けず劣らず圧倒される。
そもそもリュンデン家の遺伝子自体が逞しい身体付きと治癒力を持ち、軍事力は国内随一と知れる。
隣国諸国と比べても世界一強い家門と謳われるほど、剣の道では右に出る者はいない。
近衛騎士を最も多く輩出する一族でもあるリュンデン公爵家の三男であるサルクが、今は真っ直ぐロレティカを見つめていた。
その瞳に射られると、落ちつかない気分になる。
怖いとかまた別の感情が、背中をゾワゾワさせる。
視線からは感情が読み取れず、無表情とも言える真剣な眼差しで見られては、ロレティカはどうすることも出来ない。
(何なんだ、いったい……)
サルクは近衛騎士団の中で小隊を持つ腕前だ。
それこそオルガにとっては足元にも及ばす、ロレティカだってまともに剣で戦おうとすれば相手に出来ないほどの実力者だ。
視線を無視したいのに、強い視線は反れてくれない。居心地が悪くなっていた頃、声をかけられた。
「ロレティカ、喉が渇いたぞ」
戴冠式の儀式を終えたバレック陛下が一度壇上から捌けて来たようで、控えていたロレティカの方へと近寄ってきた。
「こちらにワインの用意があります」
そう言って盆に乗せたグラスをバレック陛下に捧げる。
「この後の予定は?」
「国民の前で挨拶をしたあとに、任命式です」
「挨拶が必要か」
「手を振るだけでも構いません。ただ国民に顔を見せる場ですので、宰相から指示が出るまでは露台にいて下さい」
「チッ。令嬢と遊べないではないか」
ぼやく言葉に、レイリスは周囲に視線を巡らせる。幸い馬鹿げた発言は誰の耳に入ってなかったようだ。
本当に呆れてしまう。
これから公務で今のような多忙な時間が待っていると言うのに、女性と戯れることしか頭にないのだろうか……。
「──世継ぎをつくる時間は明後日になるかと」
「今日の夜に誰か呼べ」
「……声はかけますが、明日も早いので──」
瞬間、パシャッと頭から冷たいものをかけられた。
前髪の毛先からポタリと垂れる赤紫色の水と、手に持っていたグラスが空になっていることに気づくと、ワインをひっくり返えされたのだと理解した。
見上げれば、冷たい視線が向けられている。
「説教をはじめる気か?」
低い声を浴びてやっと失態を招いてしまったことに気付き、慌てて深々と頭を下げた。
心臓が凍ったように鼓動の音が鈍くなる。
「も、申し訳ございません……。出過ぎたことを言いました」
怒って当然だ。ロレティカは陛下の望むことを叶えるために側にいるのだ。
習わしなんて関係ない。上手く日程を調整出来てこそロレティカの価値がある。
(また候爵に地下に閉じ込められる。父上に見放される……!)
ロレティカにとって地下が慣れ親しんだ場所でも、寒くてつまらない、誰とも関われない孤独な時間を余儀なくされるのはもう悲痛でしかない。
「ふんっ。まぁ良い」
殿下の許しにロレティカはホッと安堵の息を吐き出す。
折った腰を戻すと、もう一度言われた。
「直ぐに三人ほど声をかけに行って来い。貴様は俺の手足だろ。明日の日程も少しは調整して来い」
「……はい。かしこまりました」
ロレティカは失礼しますと頭を下げると身体を翻して、会場を後にした。
大広間から出ると、令嬢が集まっていそうな庭園へと向かう。
(機嫌を損ねてしまった。まだやってもらわなきゃいけないことがあるのに……)
庭園へ来ると、集まている令嬢たちを見渡す。
避妊することを考えてない陛下の相手は、常に婚約者にもなれる身分から選ぶ必要がある。
爵位が良く王族に損はない家柄で、且つバレック殿下の好みに合いそうな令嬢を見つけて声をかける。
大抵の令嬢は王妃になれる期待で一つ返事で頷いてくれる。お陰でそう手間も掛からずに、三人の令嬢を使用人に任せて着飾るように言い渡した。
任命式になると、聞くに絶えない人事異動が言い渡される。
宰相を第二王子とともに北の城へ追い出し、他の第二王子派の貴族たちを王城の重役から後退させた。そして、それぞれの部署から仕えてくれた家門の関係者へと任命し、他、下級官僚が高位官僚へと出世させた。
官僚の中には窓際の管理職へ左遷されそうになった者が何人かいたが、レイリス殿下を裏切ってまで残ろうとする者はやっぱりいて。今の職位を貫こうとしていた。
現金な話だが、それは家族を守り、家門を存族するためには必要な判断だと思う。
もちろん多少のレッテルを貼られたままなことに変わりはないので、これから人間は大変だろうが。
それは自ら選んだ道だし、第二王子派はとても頭が切れる人材がいるので、手助けは不要だろう。
「お前には北の地へ行ってもらうぞ」
「分かりました」
「1ヶ月以内に出立しろ。あと、近衛騎士は百人くらいしか用意出来そうにないからそのつもりでな」
「ッ──。はい、分かりました……」
レイリス殿下は大人しく聞き入れるしかない。
父君であるファウスト前国王と云う後ろ盾をなくした今、大公家、リュンデン公爵家を頼るしかないのだが、バレック陛下に楯突けば、どうなるかは分からない。
全てに対して頷くしかないのだ。
それに、北の地へ向かう道は過酷な環境だ。
多すぎるよりは精鋭部隊に絞った方が良い。そうすれば限られた食糧を少人数で分けられる。
これはロレティカが仕向けたもので、酷い人事異動の中で唯一残せた案だった。
今はまだレイリス殿下に死なれては困る。ロレティカの描く破滅には王子二人の存在が必要不可欠だった。
□ □ □
その日、大道へつながる玄関ホール前の広場では、陛下が王弟を見送る姿があった。
「達者でな我が弟よ」
「はい。陛下もお元気でいて下さい」
それが見送りの場で行われた兄弟にとって最後の挨拶だった。
近衛兵、五十人。近衛騎士、五十人。鍛えられた身体には鎧を装着され、乱れぬ列を成す。
ここに公爵領から三十人ほどの騎士が加わり、大公領の境界線を越えれば、北城の近衛兵が加わる予定だ。
豪奢な馬車を見送る陛下は、晴れ晴れした笑みを浮かべ、朝日に照らしていた。
□ □ □
パチパチと冬の霞空に燃え上がる炎をロレティカは茫然と見つめていた。
疫病が蔓延した村を燃やせと陛下に命じられたのは半月ほど前。
ロレティカは近衛兵を数十人率いて村を囲うと火矢を放った。
木造住宅だった家はあっという間に炎に包まれ、呆気なく朽ち果てる。
崩れた木屑は動けない病人と逃げ回る人間を押し潰し、見ていた村人の悲鳴が絶え間なく聞こえていた。
ロレティカの前方からは老婆がやって来た。
目の前に膝を付くと、震える手でロレティカの裾を弱々しく掴む。
「お願いします、お助け下さい……。娘と孫が家に、まだ家に閉じ込められているんです……」
必死に助けを求めるその老婆にロレティカは何も言わずに、剣を抜いた。
抜かれた剣身を見て老婆は後退る。パクパクと震える口元は歯茎で歯ぎしりをして恐怖を露わにする。
昏く揺らいだ瞳には絶望の色が滲んでいた。
「怖くない。向こうには陛下がいるんだ。先に逝かせてやる」
そう言ってロレティカは、驚いた老婆の表情を見ながら剣を振り下ろした。
血が吹き出し、どさりと倒れる老婆の果てた姿を見ていると、遠くで甲高い叫び声が上がった。
「きゃぁぁあッ!」
殺害を目撃してしまったらしい女性は、満身創痍で焼ける村から逃げて来たのだろう。洋服が土や炭で汚れていて裸足だった。
絶叫した後、膝から崩れて動けなくなった女性は涙を流している。
ロレティカが一歩一歩、ゆっくりとした動作で近寄れば、握り締めた両手を胸に当てて何かを願う仕草をした。
泣き喚く女性はもしかしたら教会へ通っていたのかもしれないと、何となく思う。
ロレティカが目の前に立っても逃げようとしないのは、腰を抜かしてしまったからなのだろう。
ふと服の端から覗く黒い斑点に気づいた。
(あぁ、可哀想に。ずっと疫病で苦しんで来たんだな)
そう思うと気の毒に思えた。だからこそ、ロレティカは出来ることをしてあげなければならないと思う。
首から下げたペンダントを握りしめた。
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