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第3話

 身体付きはまるで神話に登場する英雄のように筋骨隆々な体格で、大剣を扱う姿は父にも負けず劣らず圧倒されるほどだ。  そんなサルクが、今は真っ直ぐロレティカを見つめていた。  その瞳に射られると、落ち着かない気分になる。  怖いとかではなく、また別の感情が背中をゾワゾワさせるのだ。  視線からは感情が読み取れず、無表情とも言える真剣な眼差しで見られては、ロレティカはどうすることも出来なかった。 (何なんだ、いったい……)  サルクは近衛騎士団の中で小隊を持つ腕前だ。  まともに剣で戦おうとすれば相手に出来ないほどの実力者が、自身をじっと見つめてくることに一瞬でも背中を向けたかった。  視線を無視したいのに、強い視線は一向に逸れてくれない。居心地が悪くなっていた頃、声をかけられた。   「ロレティカ、喉が渇いたぞ」  戴冠式の儀式を終えたバレック陛下が一度壇上から捌けて来たようで、控えていたロレティカの方へと近寄ってきた。 「こちらにワインの用意があります」  そう言って盆に乗せたグラスをバレック陛下に捧げる。 「この後の予定は?」 「国民の前で挨拶をしたあとに、任命式です」 「挨拶が必要か?」 「手を振るだけでも構いません。ただ国民に顔を見せる場ですので、宰相から指示が出るまでは露台にいて下さい」 「チッ。令嬢と遊べないではないか」  ぼやく言葉に、ロレティカは周囲に視線を巡らせる。幸い馬鹿げた発言は誰の耳にも入っていなかったようだ。  本当に呆れてしまう。  これから公務で今のような多忙な時間が待っているというのに、女性と戯れることしか頭にないのだろうか……。 「──世継ぎをつくる時間は明後日になるかと」 「今日の夜に誰か呼べ」 「……声はかけますが、明日も早いので──」  瞬間、パシャッと頭から冷たいものをかけられた。  前髪の毛先からポタリと垂れる赤紫色の水と、手に持っていたグラスが空になっていることに気づくと、ワインをひっくり返されたのだと理解した。  見上げれば、冷たい視線が向けられている。 「説教をはじめる気か?」  低い声を浴びてやっと失態を招いてしまったことに気付き、慌てて深々と頭を下げた。  心臓が凍ったように鼓動の音が鈍くなる。 「も、申し訳ございません……。出過ぎたことを言いました」  怒って当然だ。ロレティカは陛下の望むことを叶えるために側にいるのだ。  習わしなんて関係ない。上手く日程を調整出来てこそロレティカの価値がある。 (また侯爵に地下へ閉じ込められる。父上に見放される……!)    ロレティカにとって地下が慣れ親しんだ場所であっても、寒くて、誰とも関われない孤独な時間を余儀なくされるのはもう悲痛でしかない。 「ふんっ。まぁ良い」  殿下の許しにロレティカはホッと安堵の息を吐き出す。  折った腰を戻すと、もう一度言われた。 「直ぐに三人くらい声を掛けろ。貴様は俺の手足だろ。明日の日程も少しは調整して来い」 「……はい。かしこまりました」  ロレティカは失礼しますと頭を下げると身体を翻して、会場を後にした。  大広間から出ると、令嬢が集まっていそうな庭園へと向かう。 (機嫌を損ねてしまった。まだやってもらわなきゃいけないことが山ほどあるのに……)    庭園へ来ると、集まっている令嬢たちを見渡す。  避妊することを考えてない陛下の相手は、常に婚約者にもなれる身分から選ぶ必要がある。  爵位が良く、王族に損はない家柄で、且つバレック殿下の好みに合いそうな令嬢を見つけて声をかける。  大抵の令嬢は王妃になれる期待で二つ返事で頷いてくれる。  お陰でそう手間も掛からずに、三人の令嬢を使用人に任せて着飾るように言い渡した。    任命式になると、聞くに堪えない人事異動が言い渡される。  宰相をレイリス殿下とともに北の城へ追い出し、他の第二王子派の貴族たちを王城の重役から更迭させた。  そしてそれぞれの部署から、仕えてくれた家門の関係者へと任命し、他、下級官僚が高位官僚へと出世する。  官僚の中には窓際の管理職へ左遷されそうになった者が何人かいたが、レイリス殿下を裏切ってまで残ろうとする者はやっぱりいて。今の職位を貫こうとしていた。  現金な話だが家門を存続するためには必要な判断だと思う。   「お前には北の地へ行ってもらうぞ」 「分かりました」 「一ヶ月以内に出立しろ。あと、近衛騎士は百人くらいしか用意出来そうにないからそのつもりでな」 「ッ──。はい、分かりました……」  レイリス殿下は大人しく聞き入れるしかない。  父君であるファウスト前国王という後ろ盾をなくした今、北城に住む大公家を頼るしかないし、バレック陛下に楯突けばどうなるか分からない。  全てに対して頷くしかないのだ。  それに過酷な北地へ向かうにはあまりに心許ない軍勢だが、そんな環境だからこそ多すぎるよりは精鋭部隊に絞った方が良いとロレティカは思っている。  そうすれば限られた食糧を少人数で分けられる。  これはロレティカが仕向けたもので、酷い人事異動の中で唯一残せた案だった。 (今はまだレイリス殿下に死なれては困る)  ロレティカの描くエドライ国の破滅には、陛下と王子の存在が必要不可欠なのだから。  出立式の日になると、大道へつながる広場で、陛下が王弟を見送る姿があった。 「達者でな我が弟よ」 「はい。陛下もお元気でいて下さい」  それが広場で行われた兄弟にとって最後の挨拶だった。  近衛兵、近衛騎士合わせ総勢百人が鍛えられた身体に鎧を装着し、一糸乱れぬ列を成す。  ここに公爵領からの精鋭騎士が加わり、大公領の境界線を越える予定だと聞かされている。  豪奢な馬車を見送るバレック陛下は晴れ晴れした笑みを浮かべ、朝日に照らされていた。  □   □   □  パチパチと冬の霞空に燃え上がる炎をロレティカは茫然と見つめていた。  疫病が蔓延した村を燃やせと陛下に命じられたのは半月ほど前。  ロレティカは近衛兵を数十人率いて村を囲うと火矢を放った。  木造住宅だった家はあっという間に炎に包まれ、呆気なく朽ち果てる。  崩れた木屑は動けない病人と逃げ回る人間を押し潰し、逃げ惑う村人の悲鳴が絶え間なく聞こえていた。  村の端で舞い上がる炎を見つめていたロレティカの前方から、よたよたと不自由な足取りで歩く老婆がやって来た。  疲労困憊なのは一目瞭然で、衣服はボロボロだった。  目の前に膝をつくと、震える手でロレティカの裾を弱々しく掴む。 「お願いします、お助け下さい……。娘と孫が家に、まだ家に閉じ込められているんです……」  必死に助けを求めるその老婆にロレティカは何も言わず、無表情で剣を抜いた。  抜かれた剣身を見た老婆は驚いて後ずさる。  パクパクと震える口元は残った歯で歯ぎしりをして恐怖を露わにする。  揺らいだ瞳には絶望の色が滲んでいた。 「怖くない。向こうには陛下がいるんだ。先に逝かせてやる」  そう言ってロレティカは、驚愕する表情を見ながら剣を振り下ろした。  血が吹き出し、どさりと倒れる老婆の果てた姿を見ていると、遠くで甲高い叫び声が上がった。 「きゃぁぁあッ!」  殺害を目撃してしまったらしい女性は、満身創痍で焼ける村から逃げて来たのだろう。  洋服が土や炭で汚れていて裸足だった。  絶叫した後、膝から崩れて動けなくなった女性は涙を流している。  ロレティカが一歩ずつ、ゆっくりとした動作で近寄れば、握り締めた両手を胸に当てて何かを願う仕草をした。  泣き喚く女性はもしかしたら教会へ通っていたのかもしれないと、何となく思う。  ロレティカが目の前に立っても逃げようとしないのは、腰を抜かしてしまったからなのだろう。  ふと服の端から覗く黒い斑点に気づいた。 (あぁ、可哀想に。ずっと疫病で苦しんできたんだな)  そう思うと気の毒に思えた。だからこそ、出来ることをしてあげなければならないと思う。  ロレティカは首から下げたペンダントを握りしめた。  

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