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第4話

 ペンダントの先には三角の板に、逆三角形の白い宝石を埋め込んだ模型が紐に掛かっている。  それは教会が掲げる紋章で、生命の輝きを意味するものだった。  つい先日、神殿の教皇と顔見知りになり、無償でくれた。  不思議とこのペンダントを持ってから、身体の芯に温かい力が血液のように端々まで巡っているような感覚がしていた。  そしてロレティカが何かを願う度に抜けている感覚もする。  教皇は何も言っていなかったけれど、もしかしたらこれが神力と云う力かもしれない。  司祭が女神の加護を授かってから宿ると云われている神力が、なぜ何の儀も受けてないロレティカに宿っているのかが気になることではあったが、それよりも、こうして誰かを安息の地に送り届けていると思うと、誰かに睨まれ悪夢を見るよな殺しも不快なことではなくなっていた。  だから──、 「大丈夫ですよ」  女性に笑みを向けて囁やける。  「先王は国民を愛していました。きっと貴女を歓迎してくれます」 「ぁ……ゃ……ぃやっ……。こ、子供が……、子供が違う村にいるんです。一目だけでも見に行きたいんです……! だからお願いします、見逃して下さい。お願いしますっ……!」 「そうなのですね。でも、疫病を患った人を村から出すわけにはいきません。それが現国王の命令なんです」 「ぁ、そんな……。いやぁ……! 死にたくないっ……!」 「それは無理な願いですね。この国はいつか滅びますから、餓死するよりは、私の手で先王のもとへ送ってさしあげますよ」  ペンダントを首元から指先に引っ掛け、見せびらかすように先まで辿る。 「神殿から貰ったもので、女神が実在するなら、これでどんな方も地獄には堕ちません」 「ひっ、いや……死にたくないっ……!誰か、助けてっ……!」 「あぁ、すみません。怖いですよね。では目を閉じて、一瞬で終わらせてあげますから」  そう言って目の前にしゃがむと女性の目元に手を翳す。  女性は小さな悲鳴を上げたが、催眠誘導にでも陥ったのか、歯を鳴らし、恐怖に涙を零しながらも手を下ろした頃には瞼を閉じていた。  上位神官しか首を通せない貴重なペンダントが瞬いた。  その現象を気にも止めず剣の柄に手を添えると、躊躇うことなく横に薙ぎ払った。  女性の首は簡単に落ちて根元から血飛沫を上げる。  顔を上げると今だに燃える火の手は未だに鎮まることを知らないようだった。  炎阿鼻叫喚の響く朱く染まった村を眺めながらロレティカは、住宅と住民が枯れ果てるまでひたすら殺戮を繰り返していた。       ロレティカが遂行した疫病が蔓延した村の殲滅以外にもある。  反逆罪に問われた一族を滅ぼすために、屋敷にいた使用人や、子供、飼育されていた動物を手に掛けるのも与えられた役割で、そこに拒絶する心はなかった。  ロレティカしかいないのだ。  貴族を殺害する汚れ仕事を遂行出来るのも、何も持たない人たちを安息の地へと送り届けてやるのも。  だから社交界で陛下の横に立った時、『死神』や『悪魔』だと後ろ指を指されようと、どうだって良いと気にも留めなかった。  この仕事の重要さが分からない人には、分からないままで良い。  これは女神から与えられた使命と云うもので、弱き物を救う行為だとロレティカだけが誇りに思えれば良いのだ。  □   □   □  ポツポツと暗い空から雨が一粒一粒、線を描いて降ってくる。  離宮の中庭に置かれた女神像を眺めながら、ロレティカはペンダントを握り締めていた。  上半身だけ象〈かたど〉られた女神像は聖歌でも歌っているように口を大きく開き、両手を高く頭上へと伸ばしている。  向いている方角は、女神が降臨したと云われる北部だろう。  王宮からもこの女神像はよく見えるのだが、下から見ると石で出来た像は所々欠けているようだった。  ふと冷たい風が編んだ髪を舞い上げた。残暑が過ぎ去ったこの頃は風が吹くと肌寒い。  それに今日は澱んだ雲に天が覆われて、影の一つもつくらないでいる。  それはまるで前陛下の葬儀のような曇り空だった。  晩夏の黎明はまだ辺りが暗く、常夜灯が散々と灯っていてるのが綺麗に映ている。 (やっぱり厚手の外套がないと凍えそうだな)  女神像を見ながらそんなことを思うロレティカの静かな心情とは対象的に、近くの宮殿は一段と騒がしかった。  離宮にまでは血の錆びた鉄の臭いはしてこないが、今まさに王弟殿下のレイリス殿下が反逆の狼煙を上げているのだ。  大勢の役人貴族と騎士を巻き込んで、兄弟喧嘩をしている王城内では、剣の交わる音が響き、男女問わず悲鳴が上がっている頃だろう。  この内部抗争はロレティカが誘導して起こった結果とも言えた。  陛下の命令とあれど、国の半分の領土を荒廃させたのだから、まともなレイリス殿下には堪えられない報告続きだったことだろう。  ロレティカも今では王都に暮らす国民から、王宮で働く貴族までもが、『真の魔王』と呼び、恐れていることを知っている。  たった二年の間で、大勢の国民を手にかけたのだ。  レイリス殿下が怒りを覚える人物の中には、ロレティカの名前もあるだろう。   (もう直、来る頃かな……)  蔓が絡まった中庭を囲む宮殿は、先王の母である王太后が生前使っていた離宮らしい。  立ち入りを許されるのは王太后に呼ばれた者のみで、亡くなられてからは、誰一人として足を踏み入れることは許されなかった。──のだが、戦の直前、ふと耳に響いた歌声に誘われて、ロレティカはここまで来ていた。  不思議と耳に心地よい聖歌だった。  王族への反逆行為になるとは分かっていても、女性の歌声と、死に際に一度だけ見てみたい誘惑に負けてしまいロレティカはこの女神像のところまで足を踏み入れていた。  朽ちて尚、立ち続ける宮殿の庭に、どうして王宮の一点が置かれているのか、ファウスト前国王は何と言っていただろう……。 「──あぁ。ここまで入っては、陛下に合わせる顔がないな……」  女神像の台に背中を預けて、濡れた草を見つめる。  しばらくすると雨足が強まった。  全身に当たる雫の勢いも鋭くなってむき出している肌が痛い。  この中庭には東屋のような雨宿りの出来る建物がなかった。  なかったと言う言葉は違うだろうか、近くに崩れた建築物の跡があるから、きっと立派な東屋があったのだろう。  ないなら宮殿へ入れば良いのだろうが、そこまで土足で穢すつもりはない。    洋服が濡れるのも構わずに佇んでいると、外回廊を駆ける二人の陰が左手側に現れた。  外套を脱ぎ去り、軍服と騎士服に血痕をつけた二人がのんびりした足取りで芝生を踏む。 「ここへの立ち入りは、先々代の王太后の口添えにより、固く禁じられていたはずだぞ」  立ち止まり声を上げた男にチラリと視線をやったあと、直ぐに視線を足元へと戻した。  声を張っていたのは王弟殿下のレイリス殿下だった。  隣りには護衛騎士であるサルクが剣を構えて控えている。 「知ってる」  敬語が抜けていた。  罪人になった今でも他人を敬い続けることに疲れていたからかもしれない。 (俺はちゃんと敬語以外の言葉を使えたんだな……)    他人は敬うものと一貫して過ごしていたからか、ため語を使うと会話が楽なことになった気がする。  同年配の言葉遣いに対して、レイリス殿下は非難することはなく会話を続けていた。   「なら、何故侵入した?」  注意しないことに、レイリス殿下に対しての見方が変わる。  ロレティカは顔を上げて、女神像から背中を剥がした。   「良く分からない。女性の歌声が聴こえたような気がしたんだ。だから死に際に女神像を見たくなって」  この不思議な現象をレイリス殿下はどう思うだろうと、反応を見ていると、レイリス殿下も、控えているサルクも目を開いて驚いていた。   「そうか……、誘われたのか」  そうレイリス殿下がぼやいて、  「父上の話しは本当だったんだな」  ──と続ける。  ファウスト前国王陛下の登場に、ロレティカは悟った。   (そうか、この宮殿には秘密にされていることがまだあるんだな)  王族だけ、上位貴族だけに伝わる伝承があるのかもしれない。  ロレティカはそれを候爵から教わらずにいるだけで。  

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