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第5話

 正式な跡継ぎのオルガは知っているのかな。  後数年したら候爵家当主になれたはずのオルガはどうしているだろう。  宮殿内の家族に思いを馳せると、レイリス殿下が聞いてきた。 「フォロバトン。前陛下が亡くなって悲しいか?」 「レイリス殿下は違うのか?」 「……悲しいに決まってる。けど、ここまでお前が狂うのは予想外だった」 「狂う? まるで俺が可笑しくなってるみたいな言い方だ」  どこも可笑しい所はない。  身体が弱いところも合わせて、いつも通りだ。  バレック陛下の命令は理解しているし、身体も動かせる。 「殺戮を犯しておいて、自分が壊れていることに気付いてないのか?」 「俺は命令に従っただけだ。従いながらこの国を導いてる」  ロレティカの言葉にレイリス殿下の目が細められた。   「導く? 民を死に追いやることが、導くことなのか……!?」  息を荒らげるレイリス殿下に、ロレティカは微笑む。   「この国は『緩やかな死』を求めてる」 「それはお前が望んでいることだろう!」 「そう、俺も望んでる。けど陛下が亡くなってから、みんな継承者争いに躍起になってる。レイリス殿下だって、民の政策よりもバレック陛下を引き摺り下ろすことの方が大事だっただろう」 「それは……。違うとは言い切れないかもしれない。けど、今この国を悪くしているのは兄上だ。兄上の采配で国は滅亡しかけてる」 「そうかな。俺には地位に執着している王族貴族しか目に入らないんだけど」 「──だったらお前は? 父上に執着して、民を殺しているじゃないか!」  その言わて言葉を失くした。  思わずの反撃を面食らって沈黙の後に笑う。 「あははっ! 確かにそうだ。そうだよ。これは陛下に執着している俺が起こした謀反だ」  正当性などない。  ロレティカ自身も、身寄りを失くしてからずっと『緩やかな死』に縋りついて生きてきた。  この国を破滅に追い込んでいるのは、紛れもないロレティカの気持ちだ。 「別に分かってたことだけど、やっぱり人から指摘されると悪いことをしてきた気分になってくる」 「悪いと思ってないのか?」  そう聞かれると、「んー」と思案する。  己の心に聞いてみるが、もしわけなさがあっても、違う導き方をロレティカは思い付かない。 「後悔してないってことは、きっと悪いことだとは思ってないんだろうな」 「それは違うぞ。ロレティカ」  即否定されて、ロレティカはこてんと首を傾げた。 「まぁそんなこと、もうどうでも良いじゃないか」  降りそそいでいた線が止む。  話している中で雨足が弱まっていることに気が付いてはいたが、そろそろ降り止みそうだった。  山の隅っこの空も薄くなり、夜が明けようとしている。  ならレイリス殿下とサルクとの決着もつけた方が良いだろう。  争いは長引かせるものじゃない。  ロレティカは決して殺しが好きと言うわけではないのだ。 「早く俺を捕まえみなよ。ちゃんと最後まで抵抗するからさ」 「……やっぱりお前は壊れてる」  そう言ってレイリス殿下の瞳が哀しんでいた。  サルクも憐れんでいるようにも見える。 (良く、分からないな。レイリス殿下からすればやっと主犯格を捕らえられるのに……)   三人分の鞘と刃先が滑る音が辺りに響く。  視界が広がる。  ロレティカは自身の息が上がっているのを感じながらも、剣先を下に構えて走り出した。  戴冠式から何度も屋敷を襲撃し、騎士と戦った。  お陰で剣の回しかを覚え、他にも暗器を扱えるようにもなっている。  サルクも成長はしているだろうが、まともに戦うわけではないから、相手になるだろう。  ジャケットの裏側、靴底、あらゆる衣装に仕込ませた武器を使って、ロレティカは動けなくなるまで、二人と対峙した──。  □   □   □    いつの間にか雨音は止んでいた。  シャツとスボンの姿で地下牢に横たわっていたロレティカは何かを考えることもなく天井を見つめていた。  岩肌のままの天井はゴツゴツしていて、日の光さえない地下だけあって、肌寒いどころではない。  息も上がったままだ。  レイリス殿下とサルクに対抗した離宮の対決は、リュンデン家の技量差に大差なかった。  けれど二体一の状況では分が悪く、レイリス殿下の剣が左肩を貫き、サルクの大剣で両膝の筋を切り裂かれた。  お陰で立つことさえまま成らず、後にやって来た兵士に引きずられて、この地下牢へと放置された。  それが大体、一週間。  地下牢の暮らしは驚くほど静かだ。  他の部屋が見えるのに、そこにはバレック陛下や王太后、父上たちの姿はなく、ただ一人でこの地下牢の中にいた。  最初から手枷や足枷も着けらておらず、四肢は自由で端には薄い布が丸められて置いてある。  枷がないのは膝を切られたからだろうか。  動かない脚で逃げることなど出来ないと思っているのか、見張りさえない。  使用人が持ってくる一日三度のパンは固くサビついていて、スープも不味くて到底飲める物じゃなかった。  幸い水だけはどうにか泥水ではなかったので、ロレティカを生かしているのは水だけだ。  それでも体力は限界で、熱もあったロレティカは薄い布を敷布にして寝そべって、朦朧とした頭で時間が過ぎるのを待っていた。 (あれからレイリス殿下とサルクも、来なくなったな……)  死にかけているロレティカを、二日前までは様子を見に来ていが、檻の外から話し掛けられるのを無視していたので直ぐに去っていき、それから二人は来なくなってしまった。 「ゲホッ、ゲホッ……」  咳込むと至るところに吐血した跡があるのを見て、もう一ヶ月は保たないだろうと他人事のように死期を悟る。  寝て起きて、寝返りをうつ。一週間の暇な時間を過ごしていると、幼少期に過ごした書斎を思い出した。  あの時も偶にやってくる配膳係のメイドしか、人と関わることなんてなかった。  関わると言っても気配を感じるだけ、だけど──。  当然の報いだが、一番恐れていた死に方で地獄に行くのかと、涙を溢していた時、繋がる通路の扉が開く音が聞こえて、足音が響いた。  足元からやって来たのがメイドではないことが分かった。  それでもまともなパンとスープを待っているのは嗅覚で感じられる。  寝返りをうって振り向くと、そこにいたのはサルクだった。  扉を開けて中にまで入ってくると、起き上がらない様子にやっと、飢餓状態に気づいたらしい。 「ロレティカ!? どうしてこんなに弱って……」  するとサルクは頭と背中に腕を通して抱き上げた。座った自身の膝に乗せて、外套を掛けてくれる。   「もう良い……」 「そんなに死にたいのか?」  そんな質問にロレティカはつい笑った。    (死にたいに決まってるだろ)  陛下を亡くしてから、それだけを望んでいた気がする。  今なら分かる。  レイリスが「壊れてる」と言っていたが、あれは的を射ている。  けれどそれは、陛下が亡くなってからじゃない。  母が屋敷からいなくなってからだ。  地下牢暮らしも、独りは寂しくても、一人で過すことには慣れている。  屋敷でも似たように育てられたのだから、熱がなかったら寒さにだって耐えられたはずだ。  けれどまともに育てられていないのに、子供が大人になってまともでいるわけがない。  なのに周りは誰も、ロレティカがどう候爵に育てられたかなど知りもしない。   (恵まれている奴が羨ましい。俺も違う生き方をしてみたかった)  ただそれでもファウスト前国王は、優しくしてくれた。  もう一度、あの温もりが欲しい。   「ロレティカ、どうして泣いてるの?」  「なん、でも、ない……。パンは……いらないから……、スープだけ置いといて……」  そう言うとゲホッと咳が出た。  涙で顔を歪めているのを見せたくないのに、咳は止まってくれず、全身の関節が痛でさらに顔を歪めた。 「うぐっ……ゲホ、ゲホッ……ヒュッ、ケホッ──」  「血が……!」    残っていた体力を奪われた感覚に口角を上げて笑う。 (水だけで一週間保ったんだ。丈夫だった証かな……)  すると口元にこびり付いた血を拭われた。  見上げると、痛々しそうに目を細めた表情で見下ろすサルクを意外に思う。  確かに王立アカデミーでは同級生だったが、ずっと対立していて、話したことなんて数回しかない。  そのどれも些細な会話で忘れてしまったし、レイリス殿下の護衛騎士として目に留めてはいたものの、友人のような感覚で気に掛けてはいなかった。 (コイツとはずっと、お互いが仕える王子の側で対立してたな。無表情で感情はないのかと思ってたけど、こんな一面もする男だったのか)    冷えていた身体にほんの少し伝わってくる膝からの体温と、外套に残っている温もりに、サルクの身体が高温で、全てがロレティカとは真逆なのだと知る。

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