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第6話

 ゴツゴツの硬い脚と良い、すごい筋肉量を持ってる男だ。  リュンデン公爵家の血は一般人とは違い過ぎて、本当に面白い男だと思う。  まともな成長期がなかったロレティカとは、どこにも似ている所がない。きっと家庭環境でも、職場でも、全く違う生き方をして来たはずだ。 「なぁ……。サルクって、呼んでいいか……?」 「今更?」 「話す機会が、なかったろ……」 「そうだね。ロレティカ、口を開けて。話しはスープを飲んでからだ」  まるで陛下のような優しい口調だった。 (あぁ。お前もそうだったのか。安らぎを与えてくれる人だったんだな……)  そう思うとまた涙が目尻から溢れていく。 「また泣いてる。どこか痛い?」 「大丈夫……。でも、はじめて……、寒いと思った」 「毛布を持って来るよ。やっと気持ちを教えてくれたね」 「うん……」  頷くと、サルクは匙で掬って唇に当てた。  わずかに開けた口の中にスープを流し込むと、こくりと喉を鳴らして飲み込んだロレティカに、サルクはもう一度ゆっくりとスープを飲ませてくれた。 (温かい。それに嬉しい)  面倒くさがらずにサルクは看病してくれる。  何度も匙で掬って、食べさせてくれる。 「これで最後だよ」 「あり、が……とう……」 「どういたしまして」  お礼を言うと初めて母上意外の笑顔を見た気がした。  暗い地下牢に差す陽だまりを感じて、ロレティカの心臓が大きく動く。 「他にして欲しいことは?」 「……抱きしめて、少しの間で良いから……」  ずっと見せてはイケないと思っていた弱音が口からでる。 「人の、体温が……どんな感じ、か……知りたい……」 「分かった」  どうしてだろう。  父上にもされなかったことを、サルクは平然とやってのけてしまうんだな。  嫌がる素振りくらいしても良いのに、そんな様子を一切見せなくて、むしろロレティカを甘えさせたくて仕方がないように抱きすくめる。  膝に座るように横向きで抱えられて、外套と胸で包み込むように腕を回してくれるサルクに、ロレティカの涙腺が崩壊した。  声は出せなかった。出なかった。  それでも溢れる涙だけでも流したい。  ずっと溜め込んでいた家族への不満も、寂しくて震えていた孤独な心も、熱いくらいの体温に溶かされてロレティカの瞼はうとうとと落ちかけた。 「気付けなくてごめん……」  その呟きを最後にロレティカは泣き疲れて、腕の中で眠りについた。  それから五回ほど、サルクが運ぶスープと、温もりに身体を温められて生きたロレティカは、六回目に目を覚ました時、サルクに抱えてられて久しぶりに地上へ上がった。  □   □   □    地上に来て、さらに屋外へ出て下ろされたのは、広場の祭壇前。ラグの敷かれたふわふわの床だった。  左右には王侯貴族と司祭、騎士が等間隔に並び、祭壇を挟んだ向こうには平民がロレティカを睨んでいる。  その視線が少し怖ったけど、死にかけていたロレティカは置かれた状況の方を理解することに努めた。  ぼやける思考で辺りを見渡して、壇上に設置された刑具を見つけると、いきなり大勢の前へ連れ出された理由を知った。 (あぁ、今日で終わるんだ……。どんな刑になるのか気になっていたけど、長引くような火炙りの火刑とか、広間に吊されるだけの晒し刑のどっちかだと思っていていたのに、ギロチンを使った斬首刑になるとは思わなかったなぁ……)  確かに斬首刑も極刑に相応しいが、ロレティカは村の多くを燃やして来た。  普通なら火炙りの火刑に処するのが妥当だと考えていたのだが、まさか一瞬の痛みで終わる斬首刑になるとは思わなかった。  それにずっと気になってはいたが、他のバレック陛下と父上を含めた王太后側の貴族がいないのも気になる。  確かに『魔王』と謂われるほどロレティカだけが異質ではあったが、刑は一日で終わらせた方が片付けをする側も楽だろうにどうして一緒にしなかったのだろうか。 (まぁ、別良いか……)    ロレティカにとっては、煩わしいバレック陛下と父上の声がないのは助かる。  ただ、心残りなのは──。 (もう少しだけ、サルクに抱きしめて欲しかったな……)  隣りに立つサルクを見上げる。  サルクは今までのような無表情で、祭壇を見つめていた。  壇上ではファウスト前国王に仕えていた宰相がいて、演説のように長い話しをしている。  良く頭に入って来ないが、きっとロレティカの罪状を読み上げているのだろう。  もう一度サルクを見ると、視線に気付いたサルクがロレティカを見下げた。    「どうした?」 「ううん。なんでもない……」  ただ最後の瞬間までサルクの顔を見ていたいけど、サルクは巨体で首が疲れる。 (コイツに抱いている感情は何なんだろう。友情や信仰心とは違う気がする……)  ふとレイリス殿下の隣りにいる令嬢に気がついた。  北城で婚約を結んだことはバレック陛下への婚姻報告から知っていた。  見惚れたのはレイリス殿下が先だと、近衛騎士や使用人たちの間で浮世話が流ていた。  未来の王妃は緊張しながらも、断罪の場に参列しているとは肝が据わっていると言える。  そんな彼女にレイリス殿下が声を掛けていて、ようやっと息がつけたように微笑んでいた。  愛しあってる様子にロレティカは目を逸らす。  令嬢を見ていると羨ましく思った。 (俺も女性だったらサルクと……)   その内心に気付いた。 (あぁそっか。これは、恋愛感情って言うものだったのか……)  サルクをもう一度見上げる。今度は目に焼き付けるように──。  鴉の羽根のように光沢を纏って煌めく黒髪。  深緑の瞳は草原のように澄んでいて、気持ちを落ち着かせてくれる。  胸がトクトクと僅かに早く鼓動を打ち鳴らした。  やっと辿り着いた答えに、ロレティカはふっと笑って、身体を倒す。  サルクに擦り寄って目を瞑ると、幸せな気分になれた。 (そうか、これが恋なんだ……。俺は好きな人に見守られて死ねるんだな)    独りで死ぬのが恐くて、ファウスト前国王を思い出すと悲しい気持ちばかりだったけど、サルクがいてくれるだけで安らぎに包まれている感じがした。  本当にサルクともっと一緒にいたかったな。  みんなの前で身体を擦り寄せもサルクは退こうとしないんだもんだから、ロレティカは脚に寄りかかって祭壇に連れ出されるまで温もりを感じていた。  するとギロチンの刃が騎士によって持ち上げられ、紐が張った状態で杭が打たれた。 (これで、最後か──)    サルクと別れることが名残り惜しい。  けれど、殺戮を犯したロレティカは、その罪を背負って裁かれないといけない。  身動ぐサルクに起き上がると、捕まった時のように兵士に引きずられて処刑台に移されるのだとばかり思っていたロレティカは、想定外なことにサルクに抱き上げられて名前を呟いていた。  「サ、ル、ク……?」  サルクは口を閉じたまま口角を上げていた。その口元が震えているのに気付くと、抱き上げる手が冷えていることに気づく。 (俺が処刑されるのを悲しんでくれるのか……?)  そう思うと胸が痛くなって、肩に頭を置く。  サルクの優しさが愛しい。  もっと早く気付けたら、こんな思いをさせずすんだのに。  こんなお別れは望まない。  サルクをこのままにしておきたくはない。  だから、顔を上げて笑う。 「ありがとう、サルク……。どうか、幸せになって……」  その言葉にサルクの肩が震えた。  ロレティカも死ぬのが怖い。  サルクの幸せを見守れないのが苦しい。 「ごめん……」  そう謝るとちょうど処刑台に着いたようで、サルクは震える手でロレティカの顔を国民の前に晒すように置いた。  怒号が耳に入ってくるのに、もう言葉を理解出来なかった。  色んな音が混ざり合って聴こえて来る。  小石を持っている民衆の姿に、投げられる覚悟をしていたけれど、サルクが横にそれただけで離れよとしないので、民衆は怒号だけを響かせていた。  本当にあり得ないほど優しさを持つ男に、ロレティカは枯れていなかったらしい涙を頬に伝わせた。 (本当にバカだなぁ……。罪人の俺ことなんか庇うことないのに側にいるなんて)  それでも嬉しくて涙が溢れる。   悔い無く、全てを終えられそうな気がした。  ようやく苦しかった日々が終わる。  母上に捨てられて、父上に強要されて来た侍従としての人生がやっと終われる。  微笑みを浮かべて目を閉じる。  まさか人生の最後に恋を知るなんて思わなかった。  身動ぐと首元に掛けられたままのペンダントに気付いた。  女神様のことも思い出して、ロレティカは存在するかも分からない神様に願い事をする。 (次の人生は──。いや、違うな。もしも同じ人生を歩めるなら、今度はサルクのために生きたい……)  生きて、もう二度とこの男の手を震わせたりしない。  だからどうか、サルクの人生を見守るために、もう一度だけ同じ時間を歩ませて。  もし、本当に女神がいるんだとしたら、願いを聞き入れて欲しい。 (サルクを幸せにしたいんだ──)  やり直しを強く願うロレティカの耳に、瞬間、シャァァと刃物を研ぐ音が聞こえた──。  

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