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第9話

 リーリックは小馬鹿にするように口角を上げて、ロレティカを蔑む。 「ハハッ! 嫡子と聞いて来てみれば、ろくに喋れない幼児だなんて。それにその貧弱そうな身体を見ると、どうやら剣術は到底無理なようですね」 「口の聞き方に慎みなさい」  メイド長が怒るが、リーリックは前髪を上げただけで、舐める態度は変わらない。  今世もこんな奴にいたぶられるのは懲り懲りだ。  それにバロセンなんて姓があるが、没落した貴族の何も功績も持たない男に教えを乞うなんて虫唾が走る。  候爵家からの依頼に実績が持てると思っているのだろうが、いたぶるだけの授業しか出来ない似非教師にそんな機会を与えたくはない。  ロレティカはメイド長の裾を引っ張ると、見上げて言う。 「ぼく、おえかきしてたい。おもたいの、もてないから、じぃかきたい……」 「じぃ……?」 「えっと……おなまえ? かける、ように、なりたい……」 「あぁ、文字のことですね。ロレティカ様がそう仰るのなら、そうしましょうか」  以外にもあっさりと肯定してくれたメイド長に笑みを向けられて固まったが、こくこくと頷いて微笑み返す。  表情筋が固まっていたので、ちゃんと笑えているか不安だったが、メイド長はロレティカの手を取った。 「確かにまだ重たい剣を持てるような腕ではないですものね。──分かりました。この者は解雇して、先にお勉強をしてみましょうか」  メイド長の話しにリーリックが青褪める。 今になって、自分のしでかした愚かさに気付いたのだろう。  もしかしたら本当に、剣術の授業を止めるとは思ってもなかったのかもしれない。  どの道、頭が悪い貴族を家に置かれは困るので、とっと退出してもらおう。  メイド長が控えていた騎士を呼ぶと、リーリックは部屋から追い出された。  扉が閉まる直前、 「本当に良いと思っているのですか!? 私以外に誰もその子を育てられるのはいないのですよ!?」  なんて言葉を叫んでいたが、部屋にいた全員が聞こえてない降りをしていた。  確かにリーリックが言ったように、貴族の男児として剣術は当たり前に学ぶ教養の一つだげど、見習い騎士レベルで良いなら変わりは誰だっているのだ。  自分しかいないなんて高慢な態度は、近衛騎士になってから言ってほしいものだ。  そんなこんなで剣術の授業は、身体の肉付きが良くなるまでは後回しになった。  計らってくれたメイド長は以外と自我があるようで、候爵の言葉だけを聞くしか出来ないヤツかと思ったら、ロレティカの口調がゆっくりなことも、骨だけのような細い腕を見てしっかり勉教内容を考えてくれた。 (子供好きなのか知らないが、手を下だす必要はないようだな)     ならしばらく猫かぶりを続けていれば問題ないだろう。  放置するような目には合わないですむかもしれない。  前世から思ってたけど、ロレティカが成長すればそれこそ側におきたい人物だった。 (気に入った使用人を没落させる屋敷に置いておけないからな。再就職先を手配しておかないと……)  アカデミーに行く前に紹介状を書きたいが、その為にはロレティカが繋がりを持っていなくてはならない。 (登城で誰かいただろうか……)  考えごとしているロレティカの背中に手が触れる。 「ロレティカ様、紹介させて下さい」     そう言って紹介されたのは、小太り男性の音楽教師イージンと、眼鏡を掛けた青年のビーク・セイオン子爵、そして礼儀作法を教えてくれるおっとり女性のヨシュア・マーダン伯爵夫人だった。  全員変わらない姿で、もう一度再会することになるとは感慨深い気分になる。  三人とも欲深いような性格ではなく、純粋に教師として職業を確立させている立派な大人たちだ。  尊敬する大人でもある教師たちにまた会えて、死に戻ってきたことを実感する。 「ろれ、てか、ふぉろば、とんです。よろしくおねがい、します」  ペコリと頭を下げると、みんなが微笑んで優しく接してくれる。  教師の紹介をされたあとは授業をはじめる日付を決めるわけだが、地下から出て間もないロレティカの身体は一日中の授業に耐えられるほど健康ではないため、一ヶ月後から授業をはじめることになった。  実際そろそろ足が震えて、立ってるのもやっとだ。  直ぐにメイドたちが気付いてくれたお陰で騎士に抱き上げられて自室へと戻ってきた。  ベットに座らせられるとため息をつく。   「ふぅ……」 「お疲れ様でした。今日の午後にでもお絵かきセットを持ってきますね」 「ありがとう」  子供はよくお絵かきをするからな。  別にロレティカ自身がお絵かきをしたくて言ったわけじゃないが、これで子供ぽく見られるのだろう。  (断じてお絵かきしてみたかったとか、そんな子供ぽいことは思ってないけど、子供なんだから楽しみになっても良いよな)  足をバタバタさせて、ベットに寝転ぶ。  「さきに、おひるねをしよう……かな……」  立っているだけで本当に疲れた。  うとうとしていると、マグカップを持ってきたメイドが入って来る。 「ロレティカ様、お疲れ様でした。お昼寝をされる前にミルクを飲まれてはどうですか」 「……! みるくって、うしのちちだよねっ!? のんでみたい」  動きの鈍い表情筋を動かして笑みを作る。 「はい。ロレティカ様はとても物知りですね」 「ほんにかいてあったから」  前世は数回しか飲んだことがなかった。  子供うちに今世ではたくさん飲んでおこうと、ベッドから起き上がると、差し出されたコップで両手で持ってごくっと飲む。  まろやかな甘さが口にひろがって、膜が出来たような感覚がした。 「どうでしょう?」 「ぷはぁ。おいしぃ」 「ふふっ、真っ白なお髭が出来ちゃいましたね」 「あら、ほんとう。可愛い」  ハンカチで拭ってくれるのメイドに照れる。 「えへへ、ありがとう」 「いえいえ。お口にあって良かったです」  時間をかけて飲み干すと、適当な時間に起こしてくれると言うので、ロレティカは心置きなく眠りついた。  その時になって初めて窓が開かれて、植物の香りから季節が春だと初めて知った。 (いい香りがする。なんの花だっけ……?)  またウトウトしだした頭では思い出せず、そのうち微睡みに負けてロレティカは眠りついた。  ──名前を呼ぶ声が聞こえた。  きらきら光る陽だまりの部屋で、誰かが身体を揺する。  母上かと思ったが、ロレティカは直ぐに否定する。  邪魔なロレティカを置いて行った母上は、迎えに来ることなどしない。  じゃぁ誰だろうと、思って意識が覚醒しだす。    「ロレティカ様。起きれますか?」  うぅと唸りながら目を覚ますと、やっぱり母上じゃなかった。  それがとても物悲しい気持ちにさせてくれたけど、直ぐに気付いてない降りをして、気持ちに蓋をする。  すると反対からも声が聞こえた。    「遅くなってしまいましたが、昼食の準備が出来たので、起きて下さい」 「サンドイッチとスープですよ。暖かいうちにどうぞ」 「ぅん……、おきるよ……」  寝ぼけ眼を擦ったあとに、欠伸が溢れる。  伸びをしてから椅子に移動すると、湯気が立ったパンとスープがあって驚いた。 「どうしました?」 「これ、ほんとうに……ぼくが、たべていいの……?」  湯気が出てるパンなんて、前世でも成人してから料理をするまで見たことない。 「はい。もちろんです」 「ロレティカ様のためにこの時間に作らせたのですから」 「冷めないうちに食べてください」 (わざわざ作らせたの……!?)  まさかそんなことまでして来れるとは思ってもみなくて、少し心細さを感じて起きたからか、そんな優しさに “嬉しい” を通り超して、 “幸せ” と云うのか、泣きたくなるくらい三人への感謝の気持ちが膨れ上がった。 「ぅ──、うれしぃ。ありがとう……」  目の前が涙で滲む。  ポロポロ落ちて行くのをそのままにサンドイッチに齧り付いた。 「おいひぃ」  焼き立ての良い匂いが鼻から抜けて食欲が掻き立てられる。  食材の野菜も瑞々しいものを使っているし、お肉も柔らかい。  鶏の卵を甘いソースで和えたのなんて、ボリュームたっぷりで見てるだけで満足感がある。  ずっと下を向いてたら分からなかった。身近にいたメイドたちがここまで優しくしてくれていたなんて。  ずっと生きるのに必死で、愛されたい一心だけで日々を過ごして、孤独も暴力も堪えてきたけど、全部やめてゆっくり生きるってことがこんなにも明るくさせてくれるんだと知る。  だから両親の愛情なんかなくなって、大丈夫なんだ思う。  そう何度も心の中で唱えてロレティカは食べていた。

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