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第11話

 □   □   □ 「はい、そこでターン。戸惑わずに!」  ヨシュアの声を背後から聞きながら、何かを抱えるように丸めた腕を中心にして円を描くように足を運ぶ。  あとはリズムを踏んで、頭の中にいる架空の女性を回し、そしてステップを踏んでから、最後はお辞儀で終わる。  伴奏をしていたヨシュアのピアノから愉しい音色が止むまでロレティカは動かなかった。  口から出る吐息が、冷えきった空気に触れて、白く立ち昇る。 「──はい。素晴らしいですわ!」  声をかけられてやっと、ロレティカは頭をあげた。  教育が始まって一年。  季節は冬を迎えて、何処の部屋にいても寒さを感じる。  姿勢を正したロレティカに、ピアノから手を離したヨシュアが拍手をしながら褒めてくれた。 「とても素晴らしかったですわ」 「ありがとうございます」  毎日の食事バランスがいいお陰で、礼儀作法の授業では社交ダンスをメインに取り組んでいた。  そしてもう一つ、大きく成長がことがある。  舌足らずだった言葉遣いが、ビークが発音をみてくれた成果もあって、年齢相応にハキハキした口調で話せるようになれたことだ。 「やっぱりダンスは、テンポが早いと難しいです」 「ふふっ。でも確実に上手くなっていますから、これからはメリハリを意識して見るのもいいかもしませんね」 「はい」 「今日はここまでにしょうか。せっかく治った熱がぶり返しては、また授業が空いてしますから。ここまで綺麗な踊りなのにもったいないですわ」 「ではお言葉に甘えて」  どんなに外見が良くなっても、地下にいた身体の免疫力は低下しているし、身長も伸び悩んでる。  まだオルガと会ったことはないが、この前貰った三歳年下の洋服がピッタリと云うことは、まだ背格好が平均よりかなり小さいのは言わずもがなに物語っている。  こればっかりは第二成長がやってくるのを待つしかない。 「やっぱりロレティカ様は、とても丁寧な言葉遣いをなさいますね。他の生徒方は過ぎた威厳や不遜な態度で接してくるのですが」 「ビーク子爵が格好いいので、真似しているだけですよ」 「そうですか。とても子供とは思えない立ち振るですわ」 「それはきっとヨシュア伯爵夫人のご指導があってこそ得られた賜物です」  誤魔化すようにえへっと笑って見せると、ヨシュアは照れたように頬を染めた。  ロレティカは敬称を学んでからは、家庭教師の皆を「先生」ではなく敬称で呼んでいる。  とは言え、イージンは姓がないので引き続き「先生」と呼んでいるが、差別行為に走って不遜な態度をとるつもりはなかった。  咳払いを一つしてから挨拶をするヨシュアに、ロレティカは靴を返す。  候爵からは未だに放っておかれているロレティカはまだ室内着しか持っておらず、フォーマルシューズなんて持っていなかった。  だからヨシュアは息子の靴を一足貸してくれたのだ。 「ではまた明日お伺いします。お身体を大事になさってくださいね」 「はい。伯爵夫人もどうかご自愛ください」 「ありがとうございます」  今年は王都にほど近い候爵領でも何度か雪が降っていて寒さがこたえる。  女性は身体を冷やすと良くないと聞くし、冬は何かと大変だろう。 (やっぱり不味いよなぁ。慣れているからって放置するのは……)  ヨシュアを部屋の外にいた騎士に預けて送り出すと同じように廊下に控えていた三人のメイドが直ぐに集まった。  ロレティカの周りの世話は今もこの三人がしてくれている。  三人の名前もしっかり覚えた。  ショートヘアのアル。  ポニーテールのルカ。  そして、ツインテールのカナだ。  因みにメイドや家庭教師の管理を任されているメイド長のローラともそれなり親しくさせてもらってる。  煩わしい視線を向けていた二人のメイドは、離れて仕事をしていて、ローラと相談してやる気がなさを理由に候爵夫人へ返還してあげた。  変な恨みを抱かれると厄介だし、候爵夫人の数いる一人として働ければ本人たちも嬉しいだろうから。  それに外に出れないロレティカの世話くらいは三人でも十分だろう。 「お疲れ様です、ロレティカ様。イージン様が来るまでお時間がありますし、お部屋で暖まっていましょう」 「うん」  部屋に戻ってくると布団に包まるロレティカに、ミルクティーを淹れてくれるカナの衣装を見る。  それからアルとルカの装いを見るが、見ているこっちが寒くなるほど薄着だ。  夏と冬の制服で生地や、肌の露出度は違えど、寒さに慣れたロレティカと違って、メイドには辛い職場だろう。 (これらまだまだ寒くなるに、可哀想だろう。やっぱり普通の部屋に移動する必要があるな……)  ダンスのお陰で体力はついたし、文字と数字を覚えるために腕がパンパンになるほど鍛えた成果もあって、腕の筋肉はそれなりについたと思う。 (ここはみんなのためにも動き出さないとな……)    候爵に会って普通の部屋に移らせもらおう。  しばらくしてイージンの到着を知ると、ふぅ息をついてから部屋を後にした。 ヨシュアを玄関まで送ってくれた騎士が、今度はイージンを伴って広間にやって来た。 「ロレティカ様。お久しぶりでございます。先日はこれず失礼しました」 「いえ。お忙しいと聞いております。イージン先生の創る旋律は学び始めたばかりの僕でも、惹き込まれるものがありました。先生のご活躍が世に知れ渡っているのは、生徒の僕にとっても嬉しいです」 「何だが照れますな。今日は何を使いましょう。ヴァイオリンも、ピアノもとても上手になられました。上級者向けの曲も修得なされて、私としてはこれ以上教えることはないのですが……」 「そんな。僕はまだまだです。イージン先生がよろしかったらなんですが、ヴァイオリンでもう一曲。何かダンスパーティーに見合うゆったりとしたものはないですか?」  出来れば幼い子供が集まるパーティーではなく、成人した大人の集まりで、祝いの場にも似合う曲が良いだろう。  ふむと顎に手を添えるイージンが考え出した。   「ダンスに見合うゆったりとした曲ですか。……あぁ、でしたらこれなんかはどうでしょう」  そう言って持っていた鞄から楽譜集を取り出すと、有名な音楽家の曲を薦めてくれた。  楽譜に目を落とすと、先生が口ずさむ。  低音からゆったりと始まり、中盤は跳ねる音が続く。  それはまさに僕が画いていたシチュエーションにピッタリで、ロレティカは先生を見つめた。 「どうでしょう」 「とても良い曲ですね! これを覚えたいです」 「はい、分かりました。この曲は──」  やっぱりプロの音楽家だけあるなと思う。  イージンはこの先、オペラハウスでコンサートを開くほど有名になる。  既に劇団の演奏家としても引っ張りだこで、世に名前が知れ渡っている時期だった。  ロレティカがイージンの名前を知っているのは、本業のピアニストとして以外にも、ヴァイオリニストとしてもステージに立ったことがあり、演出家としての才も持ち合わせている点だ。  作曲活動はその忙しさのあまり志半ばで断念したそうだが、王城でも、劇団でも、演出家としても巨額で依頼を頼む程だった。  前世ではファウスト陛下が王城に招いたことが、最初の演奏家としての第一歩だったことだろう。  期待していた以上の音色と働きに、イージンは姓を与えられて叙爵し、勲爵士となったのだ。  騎士爵位と同じ準貴族ではあるが、名誉貴族となったイージンは前世で生まれた華やかな話題の一つなのは忘れられない。 (教師に当たりハズレもあるが、そんな有望な人材と繋がっているところは腐っても候爵位だけあるよな。この時間を長引かせるためにも、積極的に教えを乞わなければ)  ヴァイオリンを用意すると、座りながら何小節分か弾いては直すを繰り返す。  かじかんだ指は震えて音がすこし歪な気もするが、ロレティカもイージンもあまり気にせず授業の時間を楽しんでいた。  

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