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第12話
曲の前半をじっくり見てもらうと、先生が手を止めた。
「お身体は大丈夫ですか? 練習開始よりも頬が真っ赤になっているで、そろそろ休んだほうがよろしいかと。ダンスと違って身体を動かさないですから」
「ぁ、はい。そうですね……」
俯くと白い手を見下す。集中していて気づかなかったが、冷えて神経がほとんど感じられなくなっていた。
それに先生も寒そうで、顔色が屋敷にやって来た時より蒼白だった。
(本当はもっとやっていたい気もするけど、また熱を出して半月近く授業が中止になるのは避けたい。イージン先生の体調も崩したら大変だ)
ヴァイオリンを片付けて、広間の外で見送る。
「ではまた。お身体にお気をつけてください」
「ありがとうございます。先生もお気をつけて」
終始低姿勢なイージンに、ロレティカは手を振って別れる。
騎士が付き添ってイージンが廊下から見えなくなると、隣りにいたアルが直ぐに焼き石を包んだ布をくれた。
「あったかい」
「また熱がでないか不安ですわ」
心配するアルに、カナがタオルケットを方に掛けてくれた。
「午後の授業は遅らせた方が良いがするしますが」
「ダメだよ。ビーク先生の予定を変えたくない。そのために早く終わって時間があるんだから、このくらい平気だよ」
「それなら良いのですが……」
みんな心配性だ。
過労で熱を出したわけではないんだけど。半月近くも寝込んでしまったのは、ロレティカの油断が招いた結果だった。
まさか、気温が一気に下がったことで体調を崩してしまうなんて、体力が一般人よりも低いのは変えられないようだ。
身体の弱さは一朝一夕で治るものではなきと分かってるが、少し自身の身体が煩わしく思ってしまう。
暖炉のない部屋なんて、やっぱり住めるような場所じゃないようだ。
「ねぇ、ルカに頼みたいことがあるんだ」
「なんでしょう」
「ローラに候爵様の予定を聞いてほしくて」
「旦那様のですか?」
頷いて、焼け石をルカに預ける。
部屋を変えてもらうためには会って話さないといけないが、邪魔者がいない隙を狙いたい。
義母とオルガがいては折角のはなしが頓挫してしまいかねない。
「出来れば執事長のフレバンもいる二人の時間を聞いて来て」
そこまで話せば、ロレティカが何かをしようとしているのは伝わったのだろう。
不安そうな声で聞いてくる。
「まさかロレティカ様は旦那様に会うおつもりですか?」
「うん。今の部屋じゃ寒いから、変えてもらいたいんだ」
何気ない感じで言ってみたものの、ロレティカの立場を理解しているメイドたちは反対して来た。
「そんな、危ないですよ!」
アルの言葉に、カナが重ねる。
「そうです。旦那様はまだロレティカを……」
「部屋を変えることは私たちから願い出てみますから、少し辛抱してもらえませんか?」
「そしたらアルも、ルカも、カナも、クビにちゃうよ。僕、まだ三人にいてもらわなきゃ困る。大丈夫。一つ手はあるんだ。何も起きずに終わるはずだから、僕に会わせて」
そう、一つ手はある。
前世では金を得られる時が、候爵が上機嫌な顔をする時だった。
(ビーク子爵の授業のおかげで候爵家を客観視する意見は知れた。なら、領地の特徴を掛け合わせれば、解決策はいくつか考えられる)
畑の育成改革、新事業や新商品の開発、もしくは国に貢献出来そうな遺産や鉱山などの発見。
誰がどんな指揮をとっても失敗しない方法で、起こり得る災害対策を立てる。
前世でして来たことを利用しでも快適な環境を手にれる。
学院生になってから意見したことだったけれど、愛情がなくて得られないのだら、情報と交換して手に入れれば良い。
そのために暴力を振られるような場面でも、賭けに出なきゃ何も始まらない。
(何かを変えたいなら、自分から行動を起こさなくちゃダメだ)
アルも、ルカも、カナも女性で、既にロレティカのために働いてる。
前世でも街の陰で暮らす部下がいた。
見合いにあった働きをしてくれたのなら、今度はロレティカの番だろう。
絶対に不幸な目にはあってほしくない。
彼女たちが辞めるタイミングは僕が決める。
「こればっかりは、従ってくれると嬉しい」
「ロレティカさま……」
「ロレティカさまがそう仰っしゃるなら」
「ルカはメイド長に聞いてきますね!」
ルカが元気に返事をして、部屋とは逆の方へと歩き出す。
ロレティカが部屋に戻るとアルは部屋で紅茶を淹れてくれた。
カナは昼食を持ちに厨房へと向って、部屋から出ていく。
「アル、垂れてる髪をまとめて」
候爵は不機嫌になると髪を引っ張って、耳元で怒鳴る時がある。
ロレティカはそれが恐ろしくて竦んでしまうのだが、引き篭もっていては候爵の言いなりの人生は変わらない。
少しでも大丈夫なようにしておかないと。
引っ張られると痛い長い髪は、摑まれないようにまとめておかないと。
(将来を考えると、髪を切るのは得策じゃないからな……)
公爵家の騎士になるにも、領地はこの屋敷からは遠い所にある。
公爵領へ向かう路銀を稼ぐには、王家に似た髪を売しかない。
もちろん金になりそうな装飾品を頂戴するつもりだけど、クリーム色の髪は高く売れる。
冬の手入れは面倒くさいけれど、得られる対価は十分あるのだから失くすわけにはいかない。
昼食を食べていると、部屋にルカが戻って来た。
「ロレティカ様、ただ今戻りました」
「お疲れ様。候爵と執事長が二人きりになる時間はありそうだった?」
「はい。夜に。ロレティカ様がいつも寝る時間が、執務が終わる時間なのですが、執事長と明日の予定を話しているそうです」
「そっか。執務関係なら、執務室にいそうだね。誰か分かる人が案内に必要かな」
「案内は、ローラ様が連れていってくれるそうです」
「良かった。聞いてきてくれてありがとう、ルカ」
「いえ、このくらい何てことないです」
今日中に会えそうなことに、ロレティカは安堵して微笑む。
ビーク子爵が来る前に提案書を用意して置かないと。
第三者の意見は、計画を立てるのに重要だからね。
「あとで紙とペンを用意して、あと物差しみたいな棒状のものはあるかな? なかったらこのくらいの長さが取れる箱とかでも良いんだけど……」
手を少し広げて長さを表す。
「物差しはありませんが、アクセサリーを入れる箱があります」
「それで大丈夫だよ」
スープを飲み干すと食器を片してもらって、紙とペンを貰う。
箱で線を引いて、分かりやすく区切っていくと、簡単な農地改革の案を作成した。
それを屋敷にやって来たビークに見せたら、しばらく黙った後に、
「素晴らしいですね。しっかり領地の気候も把握されているようで、特に問題はないと思いますが、この三枚目。雨量よりも強風の対策の方がよろしいかと。あそこは山の隙間が多く、尚かつ勢いも凄いので、通常の支柱では倒れます」
まるで行ったことがあるかのような指摘に、ロレティカはへぇと囁く。
風が強いのであれば、折れにくい強い木を使うのが定石だろうか。
「──なら、レッカの木を使う?」
「それも良いですが、支柱が折れるわけではないんですよね。一本では立つのが難しいと云うだけで、形状の問題です」
「形状。テントみたいに三本で支えればいける?」
「いけますが。場所を取るので植えられる数が少なくなってしまって……」
確かに一本一本に円錐形の支柱は間隔が空いてしまって無駄なスペースが生まれる。
首を傾げると、ふと大きなテントを思い出す。
そう王族のために作られるテントは三角柱を横にした形で、あれを作るなら──。
「先に横に固定して。端を支える……?」
「とても素晴らしいと思います。図は私が書きましょうか?」
「ううん。全部自分で書かなきゃ交渉に使えないから……」
図を書こうとすると、ビークが物差しを貸してくれた。
お陰でサッと書けて、報告書を作り終わる。
まさかしっかり相談に乗ってくれるとは思わなかったが、お陰で良い提案書が作れた気がする。
「頑張ってください」
「うん。ありがとうございます」
これで下準備はできた。
後は時間が経つのを待つだけだ。
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