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第13話 変化と隠し棚

 生活している人たちの騒々しい音が静まり返ると、屋敷はロレティカにとって過ごしやすい雰囲気に変わる。  部屋へ呼びに来たローラの後ろをついてくロレティカは、ビークがお墨付きをくれた提案書を抱えながら階段を上がった。  侯爵の執務室は二階にある。  ダンスで少しは体力がついたロレティカはどうにか誰の手も借りずに階段を上りきると、静かな足取りで廊下を歩いた。  廊下をしばらく奥に向って歩いた先、ある扉の前でローラが立ち止まり、着いたことを知る。  冷えた空気のせいか、脚が震える。  ──緊張する。  それでも、ロレティカはこの問題を解決しなければいけない。  これから歩む未来を変える最初の一歩を、思い切って踏み出さないと、せっかく時間が巻き戻ったのが無駄になる。  深呼吸をしていると、ローラがしゃがみ込んでロレティカと目線を合わせてきた。 「──本当に私も入らなくて大丈夫ですか?」  心配してくれるローラの気持ちが、すごく心強く感じた。  きっとみんなはこの策が失敗したって怒ったり、恨んだりはしないのだろう。  それが分かるから、ローラの瞳を見た時、すごく余裕が持てた。  子供に戻ってから少し怖がることを覚えていたけれど、一目瞭然に震えていた脚が少し治まった気がした。 「ありがとう。けど、大丈夫だよ」  お守りみたいに抱えていた提案書を顔の横にかざして、にこっと唇の端を上げて笑う。 「ちゃんとやり遂げて見せるから待っててね」 「はい。……どうか、お気をつけて」  ローラもらい笑いをして囁くと、スッと立ち上がる。  そして指を扉にかざすと、コンコンコンと木板を三度叩いた。  中から聞き覚えのある侯爵の声で「誰だ」と聞かれる。 「ローラです。ロレティカ様が旦那様にお会いしたいそうで連れてきました」  ハキハキした声に対してしばらくの間があってから、低く冷たい声で「入れ」と促す侯爵に、ローラは視線をくれた。  その視線にロレティカは頷く。 (さて──、未来を絶対に変えてやるぞ)  ローラが開く扉の前で、ロレティカは最後に深呼吸をして提案書を握りしめた。   部屋に入ると真っ先に二人の男性が視界に入って来た。  父上であり侯爵でもあるダロニエと、侯爵が最も信頼をおける執事長のエダンが入ってきたロレティカを見つめる。  執務室の内装はどの家具をとっても豪華な装飾が施されたもので、蝋燭に照らされただけの暗がりの中でも存在感を放っていた。  部屋の様子に懐かしい気持ちと思うと同時に、ロレティカの胸はざわついていた。  この部屋にはあまり良い思い出がない。  呼ばれる度に命令を受け、一つでも思い通りの結果でなければ罵倒されるのが常で。  暴力行為なんて茶飯事だった。   ダロニエの険しい視線から逃れるよう、頭を下げて一度視線を外す。 「忙しいところすみません、父上。お会いいただきありがとうございます」  お辞儀をするとダロニエが、「ハッ」と鼻で笑った。 「少しは礼儀を学べたようだな」  腕を組んで、腰を机に寄りかかる。   その部屋の中央で腕を組むダロニエと見つめ合う。 「久しいな、我が息子よ」 「はい」 「それで、用とはなんだ?」 「一つお願いしたいことがあり、伺わせてもらいました」 「お願いだと?」    訝しげな様子で聞き返してくるダロニエに、ロレティカは単刀直入に用件を話す。   「どうか部屋を移す許可をください。冬に入ってから布団だけでは寒さを凌げなくなっていて、暖炉のある温かい部屋へ移りたいのです」  そう言ってロレティカは深々と頭を下げる。  最初から聞き入れてもらえるとは思ってない。それでも何かを聞き入れてもらうために、今まで大人しく部屋に篭っていたのだ。  ほんの少しの望みを掛けてお願いしてみたものの、返って来たのはロレティカを見下す嘲笑だった。   「何を言い出すかと思えば、駄々を捏ねに来たのか。却下だ。貴様はあれくらいで十分だろ。まさか暖炉の部屋を寄越せとは、身の程知らずめ」  冷たい目で近づいて来る。  何をされるのか何で想像に容易く、ロレティカはダロニエの手が目の前まで来た時を見計らって、手に持っていた提案書を持ち上げた。 「──では、これを。侯爵家のために私が考えた企画書です。これを見てから、今一度考えてもらえませんか?」  ダロニエの目を見て、手の動きが動く気配を感じていた。  顎を掴まれて頰を叩かれるか、提案書に手をかけるか。  緊張しつつも、臆さない態度で侯爵を見上げていると、ダロニエの口角が上がる。   「フッ、いいだろう」  手から紙の束を奪われると、ペラリと捲って目を通す。  その視線は散々悩まされている領地についてだと知ると、眉間にしわを寄せた。  ロレティカを睨むように一瞥してから、直ぐに視線を戻す。 (出だしは上々。頼むからくらいついてくれよ)    ダロニエがもう一枚、二枚と捲る。  そして最後のページを見ると、チッと舌打ちを打った。  見終わった書類をエダンへ伸ばすと、直ぐに手にとってエダンは目を通す。 「これは貴様が一人で考えたのか?」 「はい。今まで学んだことと、地下書斎の本で学んだことを取り入れてみました。念のためにビーク子爵に一度目を通してもらい、アドバイスを貰っていますが、僕が考えた企画書です」 「──にわかに信じられないな。ビーク子爵に聴けば直ぐに分かる嘘をついてまで、暖炉付きの部屋が欲しいか?」 「直ぐに分かる嘘をつくなどしてません。侯爵が仰っしゃる通り、真偽は明日、ビーク子爵に聴けば分かることです。見え透いた嘘などつきません」  しっかり目を見て話すと、ダロニエの後ろで書類を眺めていたエダンが声をあげた。   「すごい。こんなに簡潔に纏めてありながら、さまざまな観点を盛り込まれてあるとは……。私から申し上げることは何もありません」  エダンの賞賛にダロニエがもう一度舌打ちを溢す。  皮肉さえも言えない状態になって、やっと観念したようだ。握りしめた拳を震わせて背中を向けるとエダンに言った。   「エダン、早朝に青華の部屋と広間を掃除しろ」 「かしこまりました」  机に手を付きながら、今度はロレティカに当てたのだろう。   「明日の午後、二階の部屋へ移す」 「ありがとうございます」  項垂れた背中にロレティカは自然と頰が緩む。出来るだけ刺激しないよう声のトーンを保ち、「失礼します」と一礼してから執務室を後にした。  外にいたローラの顔をあわせると安心した表情を浮かべていて、腰を曲げて隅々まで怪我がないかを確認した。 「大丈夫だよ、ローラ。叩かれてない。それよりも早く戻ろう。明日は忙しくなるだろうから、早く寝な──」  寝ないとと、言い切る前に背後からの声に遮られる。   「どうしてアンタがこんなところに……。ローラ、説明なさい! どうしてこんな所へ卑しい女の子供を連れてきたの」  後ろにいたのは侯爵夫人のビューラだった。寝間着姿でこれから寝ようとしていたのがわかる。  ビューラはそばにいたローラが連れてきたとでも思ったのか、鋭い目つきで苛立ちをぶつけていた。    「お、奥様。これは……」  言い淀むローラの代わりに、ロレティカが答える。   「僕が父上に会いたいと言って、迷わないよう連れてきてくれたんです。ローラは何もしてません」 「アンタになんか話してないわ!」 「そうですか。でもローラは外で待機していたので、どんな話しをしたかは僕と父上しか知りまけんよ」 「だったらダロニエ様に聞くわ。卑しい子供風情が、早く部屋に帰ってちょうだい。空気が穢れてしまうわ」  鼻と口元を手で隠すビューラに、ロレティカも同じ気持ちでこれ以上は何も言わずに微笑んだ。   「そうですか。では失礼します」  ローラを従えてロレティカは部屋に戻るためにビューラへと近づく。  部屋へ行くにはどうしてもビューラの横を通り過ぎるしかなかった。  すれ違い様に低い声で囁かれる。   「ここはね、アンタみたいな何もない子供がいていい場所じゃないの。屋敷においているだけありがたく思いなさい」   何もない子供と言われて、ほくそ笑む。  今はどう言われようとどうだって良い。  もう話しはついたのだ。 (父上から部屋のことを聞いてどんな感情を露わにするか、見れないのが残念だな)  聞こえないふりをして振り向かずに行くロレティカは、背後からの針のような視線を無視して、メイドたちが待つ部屋へと歩き出した。    

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