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第14話
「ロレティカ様はすごいですね」
回廊を歩いていると、隣にいたローラがふと呟いた。
見上げると、真っ直ぐ前を見つめたままローラが続ける。
「旦那様も、奥様も、不機嫌になると手が出るような方で、新入りの使用人たちはすぐに辞めてしまうんです」
(そりゃ、そうだろう。感情の起伏の激しい奴の世話なんて疲れるだけだ。辞められるなら辞めた方が良い)
「だからお一人で立ち向かえる強さがあるのが、とても素晴らしいです」
「僕は使用人と違って、一応侯爵家との血の繋がりはあるからどんな失敗をしても殺されないけど、みんなは違うから恐怖を感じて当たり前だよ」
クビにして屋敷から追い出すならまだ良いが、貴族の中には命を軽くみる輩の方が多い。
地下牢に閉じ込めて一生そのまま放置されて、最後は餓死するのなんて前世で大勢見てきた。
ロレティカだってその道を辿った一人だ。
だからローラも、世話をしてくれる三人のメイドたちも、同じ道を辿ってほしくない。
「アルとルカ、カナは主人に恵まれましたね」
「それはどうだろう。僕はこの屋敷での権力を持ってないからね」
部屋を移動させるだけでも負うリスクが高過ぎる。
親からの暴力もそうだけど、ロレティカが動くと身の周りの人が目をつけられて危うくなる。
出来るだけ早く、大人たちにロレティカの存在を知らしめなきゃ、平和的解決は望めない。
せめて登城のタイミングを早められれば良いんだけれど、きっかけがないと王城に子供たちが招待されることはない。
王妃でも、バレック殿下でも良いから屋敷に訪れてくれれば話が早いのに。
部屋に戻ると廊下でアル、ルカ、カナが出迎えてくれる。
「ロレティカ様!」
「怪我はないですか?」
「痛いところは!?」
寒さで顔を蒼白にしながら、勢い良く目の前に来ては膝を床について心配してくれる三人に、ロレティカは嬉しくなってふふっと緩む口元に手を当てた。
「ありがとう、みんな。大丈夫だよ。それより、明日は朝から忙しくなりそうだから、もう戻って休んで」
「では……」
アルの期待をしている眼差しに頷いた。
「明日の朝、暖炉のある部屋を片付けてくれるらしい。きっと覚えることもあるだろうから、ちゃんと休んで」
やり遂げてきたことへの吉報に、それぞれ瞳に涙を浮かべて弾んだ声を上げる。
「おめでとうございます」
「やりましたね」
「本当に良かったです」
よっぽど感動したらしく号泣する三人に、後ろで微笑ましく見守っていたローラが痺れを切らせて止めてくれた。
ロレティカは部屋の前で別れると、冷たいベッドに入る。
身体が震えたけれど、今日で終わると思えばこの寒さもまだ我慢出来た。
前世の記憶があるおかげで今までで一番の変化を遂げられた達成感に、明日が来るのが楽しみで毛布の中でんふふと笑うのが止められなかった。
□ □ □
部屋の外から聞こえた大勢の足音と、物がぶつかる大袈裟な騒音で眠っていたロレティカの意識が夢うつつから徐々に現実へと引き戻された。
温もる布団の間で気持ち良く寝ていたのに、敏感な耳が大勢の立てる話し声を拾い上げてしまってから、すっかり脳が冴えてしまって煩くて堪わなかった。
「うぅ……」
すると部屋の扉が開いて、いつものメイドたちの挨拶で朝が始まってしまった。
「おはようございます。ロレティカ様」
「起きられそうですか?」
「ローラ様から伝言をいくつか頼まれているので、聞いてください」
ローラの伝言という言葉で、ロレティカは諦めて目を覚ます。
被っていた毛布から頭を出して寝ぼけ眼を擦りながら聞いた。
「なにー?」
不機嫌なロレティカに、ルカが頭を撫でてくれる。
「昨日は遅くまで起きていたので眠たいですよね」
「けど今日は部屋の片付けで煩いと思うので頑張って起きて下さい」
アルに言われて確かにと思う。
この騒音では寝れそうにない。
朝早くからアルも、ルカも、カナも頑張って仕事に来たのだからロレティカも騒音が収まるまでは起きていようとため息をついて上半身を上げた。
するとカナが洗面器を持って寄って来て、手を入れる。
いつもは冷たい水が今日はすんなりと手のひらを浸らせて驚いた。
「冷たくない……」
「はい! いつもは水道からそのままなんですけど、先輩たちが|竈《かまど》を貸してくれて温められたんです!」
「……なんで?」
思わず聞き返したロレティカに、アルとルカが嬉しそうに昨日のことを思い出させてくれた。
「ロレティカ様が昨夜、頑張ってくれたからです!」
「部屋も大急ぎで先輩たちが片付けてくれているんですよ!」
「昨日……」
タオルを膝に乗せてバシャバシャと顔を洗うと思考もスッキリして、やっと思い出した。
眠た過ぎてすっかり飛んでいたが、ロレティカは大健闘の末に部屋を手に入れたのだ。
「じゃぁこの物音って僕の部屋から聞こえているのか」
「はい。与えられた部屋は二階の角部屋で、ちょうど真上になります。横には広間もあるので、授業の移動距離もそう変わりません」
「良かった」
タオルで拭いた後にロレティカが伸びをすると、カナが声を落として残念そうにしていた。
「ただバルコニーへの出入りを止められていて、旦那様は外に出すのをお許しにはなりませんでした」
肩を落とすカナとは違ってロレティカは「まぁそうだよね」と軽く流した。
そんな反応が腑に落ちなかったのか、カナが見つめてくる。
「──ロレティカ様は納得するのですか?」
納得も何もロレティカの出自を知っていれば、その理由は明確だろう。
「母上が夜に抜け出したからね。厳重に閉じ込めたいんでしょ」
淡々と口にすると、アルが聞いてきた。
「それは──。ロレティカ様は外で遊んでみたいとかないのですか?」
「今は教育があるからね。それにどのみちいつかは国王陛下に呼ばれて登城することになるから。それまでは大人しく知識を身につけることに集中するよ」
「ロレティカ様は本当に大人ですね。まだ九歳だなんて思えません」
アルの言葉に、ルカも、カナも同意を示す。
笑って誤魔化すと、気になったことを聞いた。
「連れ子の弟がいたよね。名前と誕生日教えて」
答えてくれたのはアルだった。
「オルガ様ですね。誕生日は夏です。今が五歳なので次で六歳になられるかと」
「そっか……」
時間を逆行しているだけなので家族構成は変わらないのだろう。
聞いて直ぐにそう言えば、と思い出せた。
(オルガの誕生パーティーには一度も参加したことがなかったから忘れかけていた。確かにアレは夏だったな)
夫人がやたらと部屋に閉じ込めたがったり、夏季休暇で邸宅に帰って来ないようにと手紙が来ていた時期があった。
学院に入って高等部に進級してからはそんな手紙もなくなったけれど、子供の頃はとにかく、ロレティカの行動を制限してきたものだ。
(確か登城が許されたのは七歳からだから……、やっぱり来年の夏まで我慢しなきゃだめかな。その頃には殿下も十三歳で。前世では学院入学を果たしたお祝いも兼ねていたし。今年中には難しいかも知れない)
考え込んでいるロレティカはされるがままにお召替えを済ませると、今日はルカが髪を編んでくれた。
「ロレティカ様、何を考えているのですか?」
「ううん。ただちょっと、そろそろ本格的に体力づくりをしようかなと思って」
公爵家では春に七歳になるレイリス殿下が本格的に訓練に参加し出した頃だろうか。
新しい|小姓《ペイジ》を迎える準備に、武器の手入れや馬の世話に手を焼いているかも知れない。
そして側にはサルクが支えているはずだ。
レイリス殿下も育ちが少し特殊だから未だリュンデン家で暮らしいているはずだ。
なにせ王城では王妃の企みで母親をなくし、レイリス殿下自身も三度に渡り暗殺計画が実行された。
一度目は使用人から絞殺されそうになり、二度目は暗殺集団を利用してまだ喋れない赤子を亡きものにしようとした。
どちらも側付きの騎士が発見して難を逃れたが、大人と同じ物が食べられるようになった三歳の頃に、毒を仕込まれて毒味役が倒れてからは、宰相の計らいでリュンデン公爵家に預けられることになった。
(王城に戻って来たのは、学院に入る一年前で、十二歳の頃だったはず。だからまだリュンデン公爵家の兄弟と騎士団に囲まれて成長しているはずだ。強固な砦の中で)
ロレティカはそんなレイリス殿下の色んな噂を聞いて、最初は同情していたのを今でも覚えてる。
それも、登城してすぐに健康な身体付きを見て、境遇の違いを思い知らされたが。
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