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第15話

 前世で初めてレイリス殿下と出会った登城の日、ロレティカの貧弱な体型とは違って、一つ違いのオルガと同じ身長差の健康的な肌をしていた。  髪も良く整えられていて、服も高級品だった。  同じ劣悪な家族から抑圧された人生を歩んでいると聞いていたから、共感出来る子供がいるんだとそう期待していたのに、いざ会ってレイリス殿下と対面した時、自分とは違う待遇に裏切られた気がした。  同類だと思っていたのはロレティカの勝手な妄想だった。  当時子供のロレティカには、相手が王子だろうとそういうのは関係なくて。  自分一人だけ家族から虐げられて、共感してくれる友達もいない孤独に苛まれていた心はさらに荒んだ。 (嫌なこと思い出しちゃったな……)  ほっぺたを叩いて気持ちを切り替える。  今ならどうにか割り切れる。置かれた境遇の優劣はどうにもならないから。  それに今のロレティカはこうして現状を変えてこれているのだ。  悲観することはないと、言い聞かせられるくらいには一度目の人生で大人になれたと思う。 「登城を早めたかったけどしょうがないか……」  ぼそりと呟いてからため息をつく。  登城すれば他の貴族の子供とも出会うことになる。  いじめに遭うのはきっと変えられないだろうから、逃げる体力だけでもつくっておかないと、痛い目を見そうだ。  考え事をしていたロレティカはアル、ルカ、カナが悲壮な表情を浮かべていたことに今更ながらに気付いた。 「まさか剣術の授業をなさるのですか!?」 「まだ早いです! もっと食べて体重を増やしてからにしましょう!」 「太ってからがトレーニングの始め時ですよ!」  十分お腹に脂肪はついたと思うのに、三人に必死になって止められた。  まだ周りから見ると細いのだろうか。もう身体も本調子に戻って来たし、暖炉があるから体調管理もしやすくなったはずだけど。   「じゃぁお肉の量を増やすかな」 「では早速、お昼にでも増やしてもらうよう料理人に伝えて参ります!」  カナが去っていくのを見送ったロレティカは、飾られた時計の時刻が八時を指していることに気が付いた。 「あ、そろそろヨシュア伯爵夫人が来る頃かな」 「その件ですが、ローラ様が部屋の片付けで騒がしいので、授業はすべて午後に変更するといってました。なので来訪は昼過ぎになるかと思います」 「そうなんだ。なら今日から二階の広間で授業が出来るのかな?」 「はい。短縮されて一時間だけとなりますが、暖炉が焚かれた暖かい部屋で受けられるかと」 「良かった。夫人もイージン先生も寒そうで可哀想だったんだよね」  アルも、ルカも着替えを手伝いながら相槌を打つと、朝食が終わった後について聞かれた。 「お絵かきでもされてますか?」 「ううん。本でも読んでようかな。まだ眠いし、騒音に慣れたら寝られるかもしれないから」 「そうですね。では本はどうしましょう」 「お願いしたいことがあるんだけど」 「はい。なんでしょう」 「地下書斎に行きたいの。一緒に来てくれる?」 「分かりました。ではランタンを用意しますね」  これまで何度か本を取りに行って、地下書斎への出入りは既に許されている。  ビーク子爵のお陰で勉学は既に学院の高等部レベルまでは習得しているけれど、教本にはないことが載っている読書はやめられない。  鍵は自由に貸し出してくれるため、未だに読めてなかった本を取りに秋頃から足を運んでいた。  最近手を出した棚はエドライ国周辺の地理学書が固まっていて、ページを捲る手が止まらない。  おかげで一日一冊の勢いで読み耽っていて、関連書を一気に持って来た方が良さそうだと思っている。  朝食を食べてすぐ、三人を連れて階段を降りた。  地下へ行くたび監禁されていたロレティカは複雑な感情を覚える。  馴染みある安心感のある一方で、部屋に戻ろうとすると前世の記憶がまざまざと思い出されて不安になる。  母上が急にいなくなった記憶もまだ鮮明で、何かと落ち着かない気分にさせる。  ガチャンと重たい鍵が解かれた音が地下通路に響いた。  中にはいると埃やカビ臭さが鼻腔を刺激する。 「ちょっと待ってて」  そう言ってロレティカは奥へと向かった。  持ってきた本を棚に戻して、三冊の本を腕に積んで持ち運ぶ。  その時、隣の本の異様さに気付いた。 (なんだろう、見た目は本なんだけど──)  手に取って見たくて、背表紙の上に指を引っ掛けて手前に引くと、小さくカチッと本が斜めで止まった。  驚愕したロレティカに構わず、スイッチを引かれた隠し仕掛けが作動してしまって慌てる。  何が起きるのか分からない仕掛けに、心臓が早鐘を打って飛び出そうなほど胸が痛かった。  緊張で固まるロレティカに、静かに動き出した仕掛けは棚下の装飾が飛び出ただけのようで、攻撃性はなかった。  気になってしゃがみ、出っ張った飾りを動かすと、手前にガコッと引けた。  引き出しのように枠の中が飾りと共に付いてきて驚く。 「ロレティカ様、大丈夫ですか? 何か音がしましたが」 「……うん、大丈夫。けど、ちょっと待ってて。気になるものを見つけて」  思わず条件反射で答えてしまったが、近づく足音は聞こえなかった。  持っていく本でも悩んでいると勘違いしたのか動かずに返事が返って来る。 「またいつでも来れますからね」 「うん!」  頷きながら引き出しを引く。  すると中から現れたのは布に包まれた長い物だった。  形からして剣のようで、ロレティカはそっと布に触れて形を探る。 (どんな剣なんだろう。英雄たちの剣や、剣術の本は確かに何冊か見かけたけど、引き出しにはなんの説明もない)  多分先祖の誰かが使っていた剣なんだろうが、こんな仕掛けの棚に隠してるなんてよっぽどの宝剣だろうか。  ロレティカも男児で、陛下の侍従として禁書室や隠し通路やらに精通していた前世の職業柄と云うのか、仕掛け扉なんかには魅力を感じてしまう性格だ。  悩んだ末に持ち出せるのは一階にいる今しかないと、細身の剣を引き出しから取り出して床に置き、引き出しをしまう。  すると勝手にロックがかかるようで飛び出した装飾が中に隠れた。 (すごい、すごいっ! 楽しい! 他にもあるのかな!? どうしよう、楽しい!!)  舞い上がったロレティカは隣の列に移って、本じゃないスイッチのようなものを探す。  すると壁側の列でもう一つ見つけた。 (えいっ)  本の背表紙に指を引っ掛けて引くと、同じように下の装飾が出っ張って取っ手に代わる。  今度の棚は宝石や硬貨が沢山入っていた。  金貨と銀はどれも年代もので現代では使えそうになかったが、コレクターにとっては高値でも買いたいと思う者がいるだろう。  つまり、宝石も合わせればかなりの資金になる。 「これ使えそう!」  衣服のポケットや中にあった巾着袋に全てを詰め込むと、剣とひと塊に置く。 「ロレティカ様?」 「もう少し待ってて! お願い!」  興奮冷めやらぬ顔で顔を出すと、ルカがやって来た。 「何をしているのですか……?」  訝しげに近づくルカに、ロレティカは慌てて足踏みしながら両手を振る。 「ルカ待って!」  顔色を変えて制止させるロレティカに、ルカは一度立ち止まってくれた。 「あのね、これから見せるものを内緒にしてほしいの。だから約束してから来て!」 「分かりました。約束します」  屈んで約束というように小指を突き出してくれるルカに、信用して手を招く。 「あのね、隠し棚があって。これ全部、部屋に運びたいの」  これと言って指差した足元にある剣と巾着袋にルカが驚いて固まった。  巾着袋の中身を見せると今度はルカが顔を青くする。 「ちょっとロレティカ様! 旦那様に怒られますよ!」 「大丈夫だよ! 侯爵様はここに来ることないし、こんなのが隠されてたなんて知らないはずだから!」  じゃないと地下書斎をこんな埃だらけにしないはずだ。  それにロレティカを閉じ込めることだってしなかっただろう。  頭を抱えて悩むルカに、ロレティカはルカのスカートに飛びつく。 「お願いルカ! 僕に協力して!」  上目遣いで必死にお願いすると、今までの状況からしてバレることはないと思案したのだろう。 「分かりました。内緒にします」 「ありがとう! 部屋に帰ったらおもちゃ箱に入れて部屋に運ぼうね!」 「なるほどどう部屋に持ち運ぶのかと思いましたが、確かにあの大きい箱なら斜めにして入りますね。かしこまりました」 「他にもありそうなの。もう少し見たいから待ってて」 「あまり欲張り過ぎないでくださいね」  ルカに突っ込まれてドキッとした。興奮していた心が落ち着いて冷静さを取り戻す。  確かにあれもこれもなんてものにしようとしたら強欲な侯爵や王妃と変わらなくなる。  

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