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第16話

 ロレティカは胸に手を当てて深呼吸をすると、ルカを見上げて笑った。 「うん、分かった。ありがとう」 「ではあと五分だけ待ちます。それと必要なさそうなものは置いて行きましょうね」 「うん」  ロレティカは頷いて後ろの棚を探す。どうやらこっち側にはなかったようで、後ろの棚へと移動した。  今まで見てきた棚には仕掛けはなかった。  装飾の形が関係しているのだろうかと、下を気にしながら探してみたけれど、形は違ってもスイッチとなる偽の本はあるらしい。  本をカチッと鳴るまで傾けて、ストンッと飛び出す取っ手はどんな仕掛けになっているのか気になるところだけれど、それはまた今度考えることにする。 「ふふん、ふふん」  至る棚に散りばめられたものは、どれも先代が隠したものだと分かる品々だ。  剣に硬貨。剣術の本ときて、土地の利権書や、戦争で交わされたであろう文書や手紙が遺されていた。  どれも年代物で書物関係は紙が日焼けしていて、長年放置されていたようにも思える。 (──土地の権利書は念のためにしまっておいた方が良いな。もう使えない紙でも悪用する分には十分な代物だ)  戦に関しての書物も興味深いけれど、また今度でも良いだろう。  王宮に保管出来る場所があることを知ってからの方が管理に困らない。  ロレティカはいつかこの家を没落させる。家が燃えるような目には合わせないつもりだが、最終手段は使えるようにしておきたい。  そのためにも侯爵家や、国の遺産となるものはいつか王宮内に移しておきたかった。 「ルカ。この三つを持って行きたい」 「時間内にとても良いものをお選びになりましたね」  ルカとカナがそれぞれ手に持ってくれると、早速移動することにした。  今の時間帯は丁度昼時で、普段屋敷をうろついている夫人やオルガもダイニングに引き籠もる。  使用人たちは言わずもがな、引越し作業で二階を右往左往していることだろう。  無事に部屋に着くと、早速おもちゃ箱に全部を入れた。  あとはしっかり鍵をつけて、夜に物色する予定だ。 「では昼食の準備をするので、ロレティカ様はもう一度お召替えをしてくださいね」 「分かった! 僕ね、いい子に着替えてるよ!」  カナを見送って、されるがままにアルとルカの手を借りて着替える。  それから濡れたタオルで埃を被った髪を拭ってくれた。  ロレティカの髪を整えるのは基本的にアルがしてくれる。  ルカとカナが推すだけあって、頭皮マッサージが断然上手で気持ちいいのだ。  うとうとと微睡みながら思う。結局お昼寝の時間が無くなってしまったが、いい出会いに恵まれたようで満足だ。 (特にあの剣だな)    前世で細剣を使っていたロレティカにとって、箱に入っている剣の形はまさにぴったりな代物だった。  長さはロレティカの肩くらいまではあるが、アカデミーに入る頃か、卒業する頃には相応しい身長になっていると思う。 (いや、相応しいくらい大きくなるんだ。そのためにも三人が寝に部屋へ出た夜にでも、ダンスと腕立て伏せ、それと腹筋をして体を作ろう)  無理はせず、アカデミーに入学するまでは十回を目標にやってみるのが良いかな。  ──そう考えると、ロレティカはやる気に心が燃えた。  こうして小さな目標があると活気が漲ってくるもので、登城するまでの残りも怠けずにいられそうだ。    新しいシャツに着替えてベッドで一息ついていたロレティカのもとに、新しい変化が食事を運んで来たカナと共に訪れた。  運ばれてきたワゴンには整然と並べられたたくさんの|銀色の蓋《クローシュ》が乗せられていて、テーブルへ置かれたそれらは侯爵のフルコース料理だった。  定番のパンやスープに、主菜の肉料理。それに加えて野菜で彩られた前菜や、プルプルしたジュレのデザートまでが目の前にある。  ずらりと並んだその量に、ロレティカの視線は思わず釘付けになった。  「今日の食事は、すごい豪勢だね……?」 「はい。これも侯爵様のご指示のようですよ。なんでも今度催されるオルガ様の誕生パーティーにロレティカ様を出席させるからとか」 「え、オルガの誕生パーティーに?」  いったい侯爵は何を考えているんだろうか。  昨日の企画書がいくら良かったと思われても、パーティーに参加させるなど過ぎたことだ。  侯爵は取り引き以上のものは与えない。  ロレティカを気に掛けるべきと判断したにしても、食事を豪勢にするくらいで良いと判断するはずだ。  それにオルガだって嫌がるだろう。息子が一言文句を言えば、必然的にビューラーが反対するはず。  例えば「まさか私の子よりも前妻の子供が大事なんですの」とか、喚き散らしながら。  つまり、この待遇には裏がある。    「そうです。料理長が侯爵様から聞いたお言葉は、『立食形式とはいえ、テーブルマナーに慣れておいて損はないだろう』とか仰っていたそうですよ」 「あぁ、そうなんだ」  つまり侯爵が言いたいことはマナーを完璧にしておけと言いたいのだろう。  侯爵がオルガとロレティカを会わせたい人物。礼節をしっかりするべき相手。そうなると必然的に限られてくる。  侯爵家以上の身分で懇意にしている相手なんて一人しかいない。 (まさかこうも早くに会えるとは──)  頭に浮かぶ赤いドレスと黒い扇子。吊り目の蒼い瞳に、ブラウン色の長い髪。  レビッタ・スワブ・エドライ王妃。 (どうやら今世は思わぬ形で出会うことになりそうだ。けどこれは、俺にとってチャンスでもある)  もしかしたら王子たちを社交界でお披露目するパーティーを早くに開催してくれるかも知れない。  そうなれば、サルクに会えるチャンスだ。  そして何よりも前世で唯一、ロレティカを愛してくれた国王陛下にもう一度会える。  亡くしてしまった、心から忠誠を捧げたいと思った人に。   (……陛下が生きているなんて、まだ信じられない)  本当に会えるのだろうか。  告別式から何年も経ってから、人生のやり直しを叶えたのに、全く同じ人々が生き返って生活しているのだろうか──。  ロレティカの重たくなっていた気持ちが表に出ていたのか、俯いていた顔をアルが頬を挟んで「大丈夫です」と唱えた。   「無理して全部召し上がらなくて大丈夫ですよ。ロレティカが食べられる分だけで。もちろん、おかわり出来そうなら追加を持って来ますのでいつでも言って下さい」  違う意味の大丈夫だったのに、耳に残った呪文はロレティカを前向きにさせてくれた。  ロレティカはにっと笑う。女神の力を信じるしかない。  席につくとアルがナプキンを首に掛けてくれた。  その間にルカとカナでテーブルにカトラリーを並べてくれる。   「十分だよ! ありがとう、みんな」  まさかこんな贈り物が届くとは思ってもみなかった。  この感じだと、もう一度プレゼントしたら次は何が叶うだろうか。  叶えたいことはたくさんある。 (引越し先が良かったら、もう一度認められる案を検討してみよう)     ロレティカは気持ちを切り替えると、ヨシュアから教えてもらったようにカトラリーの順序やマナーを守って昼食を食べはじめた。  ちょっとずつ手を出したけど、やっぱり食べきれる量ではなくて、最後のデザートの容器を空にすると、ナプキンでカナに口元を拭ってもらう。  三人で食器を片付けている間、ベッドの端に座って食休みをしているのも束の間、扉をノックする音が耳に届いた。  ロレティカが「どうぞ」と応えると、あまり見かけたことのない執事が部屋へと入って来る。   「部屋の準備が整いました。持って行きたい物はお揃えでしょうか」 「うん」 「では我々がお運び致しますので、どうぞメイドの方々と先に二階へお上がり下さい」  執事は一礼をすると、アルに目を向ける。  その視線に気付いたアルは、ロレティカの代わりに持っていく物を説明した。 「では行きましょうか。ロレティカ様」 「うん」  ルカとカナでロレティカの上着と靴を着せて、外に控えていた騎士に合図を送ると、いつものように抱えられる。  大人の足であっという間に新しい自室となる扉の前へとやって来た。  騎士の腕から下ろされて扉の前に自力で立つと、これからロレティカ付きの使用人になるのか、執事が二人、扉のノブを捻った。  扉が開かれると隙間から暖かい空気が溢れ出て全身を包み込んだ。  

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