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第17話

 一歩二歩と中に入ると部屋は淡い暖色系の壁紙に囲われていて、大きなベッドがあっても窮屈さを感じないほど部屋は広かった。 「暖かい……」  すたすたと中に入るとみんなも続いて入って扉を閉める。  大きい暖炉の側には革張りのソファを使用した応接間があり、大きな窓の前には本来はバルコニーに置かれているであろう、白基調のテーブルや椅子が置かれていた。  全体的に温かみのある色合いで家具の彫刻もセンスが良い。  今日からここに住むのだと思うと、寒かった日々とは違った快適な生活が出来ることにワクワクした。 「どうですか」 「うん。僕の好きな部屋になってる。嬉しい」  アルに聞かれて応えると、外が見える硝子窓へパタパタと靴音を立てて駆け寄った。  窓に手を付けてすぐに、バルコニーへ繋がる扉の取っ手に鎖が巻きつけられて南京錠で厳重に鍵をしていることに気がついた。  まるでそこだけ無機質な物が混ざり込んでいるようで、違和感を漂わせている。   見つけてしまったものに、興奮で上がっていた口角が落ちた。  南京錠が掛けられているのを見ていると、閉じ込められていることを意識してしまって気持ちが塞がる。   そんなロレティカの様子を見ていたアルが元気付けようとしてくれたのか、横に立って鎖が視界から消えた。 「あとで隠すように言っておきますね」 「うん。よろしくね」  ロレティカは出来るだけ明るい顔を装って、正面に向き直った。  窓から見えるバルコニーの手摺りよりも、先に広がる山を眺めて口を結ぶ。  外に出るための条件を忘れてはいけない。  前世で侯爵がロレティカをパーティーに出そうとした理由は、王侯貴族たちの注視をロレティカに向けたかったからだ。  まるで自慢するように着飾ってロレティカを見せつけていた。  だから、前世では一縷の望みを抱いてしまったが、本質はロレティカが抱いていた理由とは違う。  幼い頃は令嬢のように容姿が優れていることで、侯爵が注目されるための道具にしているものだとばかり思っていたが、年を重ねて周りが見えてくると、それもまた違ったように思う。  “自慢” をしているのは変わらない。けれど周りからの反応としては “容姿” を見ながら別のところを|視《・》|て《・》注目しているような気分になった。  それが何なのかは、今のでも分からないけど……。  それに反応していたのは伯爵位以上の上流階級、それも次期当主、王宮で働くような男女だけだ。  ヨシュア伯爵夫人も、ビーク子爵も自己紹介の時は普通で、前世で感じた注視する視線はなかった。 (自分のことなのにな……。でも都合が悪いのか、侯爵は成人したロレティカに対しても何も打ち明けなかった。王妃もそうだ。まぁ、バレック王子とオルガは何も聞かされていないらしく、単純な力の弱さで蔑んできたから除外するとして)  ──導き出せるのは、上流貴族のみに伝わる話があると言うこと。  その噂とロレティカが深い関わりがあると言うこと。  そして、王妃と侯爵が利用しようとしていて、周りの貴族も王妃側の派閥に入ったと言うこと。  言い伝えがどんなものか分からない以上、気をつけた方が良いとしても、どの道避けられないのなら、身を投じてみるのも良いだろう。   それにやっぱりサルクと陛下に会うためには、王宮でしか関わり合えないのだから、王族への謁見や王宮でのパーティーに呼ばれなければいけない。  今、大事なのは、侯爵が安心するために大人しく思い通りに動く従順な子供を演じて、今度のオルガの誕生パーティーで現れるだろう王妃と王子に粗相がないように動く。  後妻とオルガの反応が険しいものでも、社交界に顔を出すことが大事になる。 (侯爵だって俺が積極的にパーティーへ出るのは嬉しいだろうからな)    この国で、幼い内に社交界に出ることは、貴族の子供だと王族に認めてもらうためのある種の儀式だ。  そうすれば俺が逃げても、近衛騎士団が動いて捕まえられる。  『一切の未成年者は、その血統または階級の|如何《いかん》を問わず、扶養義務を有する親の監督保護下に置かれる。何人もこの保護を妨げてはならない』  それが貴族法にある限り、行方不明になったら国が総力を挙げて捜索される。  つまり、ロレティカは王族の管理下に入ると共に、成人式を迎えない限り、この国に逃げ場所はない。  もし匿っている平民の家があったとしても、貴族の子供を誘拐したと罰せられても可笑しくはないのだ。 (この国と隠れんぼをするのは疲れそうだ。あまり得策じゃないだろうな)  もちろん家名から除外されたり、将来を見据えて騎士団に入団すれば、その法から外れたりもするが……。  ロレティカが取るべき道は二つ。  事故死の偽装か、陛下と宰相の力を借りてリュンデン公爵家の騎士団に入団するか。  陛下ならきっと子供の意志を尊重してくれるはずだ。      外を眺めていると、扉がノックされて執事が入って来た。  一礼をすると、ロレティカを見る。 「おやすみのところ失礼します。先程、ビーク子爵がロレティカ様に会いたいと来訪されました。お通ししてよろしいでしょうか」 「あら、何事でしょう」  アルが首を捻る。  どうやら何も聞いてないらしい。本当に突然の訪問みたいだ。     「うんお通しして、授業で使う部屋は片付けられているのかな?」 「はい。暖炉の火も焚かれています」 「なら良かった。案内よろしくね」  いつも案内している騎士に目を配りながら言うと、入って来た執事と一緒に部屋から去って行った。  メイドたちも支度をはじめるのを見て、ロレティカは名前を呼ぶ。    「ねぇ、アル。下の物置き部屋から持って来て欲しいものが出来たの。持ってくれる?」 「はい。良いですよ。どんな物ですか?」  ロレティカはアルに耳打ちをして話す。  ここにいる侯爵の命令で付けられた執事はまだ信用出来ない。  もしかしたら後妻やオルガの回し者がいるかもしれないのだから警戒は必要だと思っている。 「聞こえた?」 「はい。───ですよね?」  同じように大事な部分は耳打ちで返してくるアルの言葉は、ロレティカが指示した通りの言葉で、こくこくと頷いた。 「そう。お願いね!」 「かしこまりました。ではルカとカナがいますので、他に何かあったら二人に言って下さいね」 「うん、大丈夫だよ! ありがとう!」  アルは立ち上がると二人に「あとお願いね」と言って部屋から去っていった。  下準備はこれで良いだろう。  授業があることを踏まえると、後妻もオルガも近寄ってくるとしたら夕方になるのを待つよりも、明日の朝の目覚めを邪魔するはずだ。  今日は特に邪魔立てせず、無事に終わるだろう。  ロレティカはルカとカナに上着を着せられて、仕えの執事の案内のもと隣の部屋へ向かった。  授業の広間は以前と変わりない様子だった。  ダンスの出来る空間にはピアノが置かれ、その向かいの空間には座学が出来る空間が備わっている。  例えば壁が本棚になっていたり、応接間には執務机が用意されていたり、棚のない壁にはヴァイオリンが飾られていたり、認めてもらえたことが一目瞭然で、令息らしい広間になっている。 「へぇ、なかなか良い所になってる。これなら先生たちも凍えずにすみそうだ」  やっぱりこれが普通なんだよな、とロレティカはこくこくと頷いた。  ルカとカナが運ばれて来た茶器やお菓子をそれぞれテーブルに用意して行く。  その間、ロレティカは本棚を見てビークが来るのを待っていた。  しばらくして騎士の声が扉の向こうから聞こえた。 「ロレティカ様、ビーク子爵をお連れしました」 「入っていいよ」  開かれた扉の向こうにいたビークはロレティカを見ると、安心したようなため息をついて頭を下げた。 「何も知らせず、急な訪問失礼します。不躾とは思いましたが、昨日の提案書のことが気掛かりでいても立ってもいられず来てしまいました」  そう微笑むビークに、ロレティカは言葉を失った。 (心配して予定よりも早く来てくれた?)  

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