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第19話
二人は実害はないにしろ仕事をサボる癖があった。
子供をバカにしてるのか知らないが、今もロレティカだけの部屋になると、新しい紅茶を淹れようともせずに暖炉の側で駄弁っている。
「聞いてくれよ、この前出来た彼女がさ───」
「──うわ、口煩い女だな」
「だろぉ」
ロレティカは執務机の方から紙を二枚取るとソファに座り、テーブルの上に置いてあった羽根ペンで文字を書きだした。
理想の女性像を語り合う使用人はロレティカの行動に目もくれず、ソファにいるロレティカから遮るように暖炉の前から動こうとはしなかった。
空気扱いをされても前世のロレティカは文句なんて言えなかったが、今世はただの子供とは違う。
(でも追い出すにはもったいないんだよな……)
一つ一つの行動に対して口を出して来るような執事は陰でことを進めたいロレティカの側には不向きだ。
それならある程度気を配ってくれる程度が丁度良い。
その辺アルとルカ、カナの三人は共犯者になってくれるつもりでいるからか距離感が的確だと思う。
前世が侍従だっただけに尊敬出来る仕事ぶりだ。
(本当に三人の能力を考えるともったいないよな、没落しかけの家より、もっと高位の屋敷や王宮で仕事をするべきだ。まぁ王宮の職場は過酷だから勧めたくないが……)
今回の執事も少しくらいやる気があれば側に置いても問題ないのだが……。
無駄口が多くて煩いし、頼んだ簡単な仕事さえも雑にされて計画が崩れても困る。
ロレティカは悩んだ末に頭を振ってペンを走らせた。
(駄目だ。やっぱり側にいさせるのはやめておこう。二人には仕返しだけしておこうかな)
書き終えると、紙を折って声を掛けた。
「ねぇねぇ」
「あぁ?」
「なんだよ。ロレティカ坊ちゃんも大人しく出来ねぇのか?」
貴族に対しても、子供に対しても最悪な態度にロレティカはニコッと子供らしく目を細めて笑った。
(この様子だとさっきも仕事をせずにサボってたんだろうな。他の使用人がいる前ではしっかり仕事をしている振りをしているけれど)
きっとメイド長のローラや、執事長のエダンの評価はそれなりに良好なのだろう。
その芝居は役立ちそうで残念だが、賢くサボるためにロレティカの敵になられたら困る。
お灸を据えるためにも、使用人の真の世界を見せてあげようと思って|それ《・・》を二人に渡した。
「これあげる!」
「はぁ? 子供のお絵かきなんていらねぇよ」
「本当にいらないの?」
紙を差し出したまま首を傾げると、一人が渋々手に取って折りたたまれた紙を広げる。
紙の一番上が目に入ると文字が読める二人は口をぽかんと開けて呆然としていた。
ロレティカが作ったのは、言わば紹介状と呼ばれるものだ。けれどこれには一つだけ通常とは違う所がある。
「フォワント公爵家って知ってる?」
「フォワン、トって、こ、公爵家の──?」
「そうだよ。その家で働けるように推薦してあげる!」
それこそフォワント公爵家にのみ限った推薦状だ。
ロレティカが知っている中でも上級貴族の中で二番目に忙しく、それ故に使用人に対して求める質が何処よりも厳しい家柄だ。
国で最も忙しいのは宰相のビーガン・イカロス伯爵が帰る邸宅だろう。
イカロス伯爵家の使用人は仕事量と給与が釣り合わない劣悪な職場だと聞く。
下級貴族の学院と、騎士学校。そして領地経営に加えて、王宮の文官では捌ききれない些細な書き仕事がイカロス家に送られては、突出した使用人ら数人に任されるのだ。
そのため他の使用人は手伝っている使用人たちのお世話と通常の屋敷掃除で忙しくなっていると聞いたことがある。
その点、フォワント家はまだ良い。有能な領主に恵まれているから、給与の面でまだ高い方だと聞いている。
ただ、領地のほとんどが観光地で、大河が通っているために行商や、外交も盛んに行われていることから忙しいことには変わらないのだ。
仕事のことを伏せているフォワント家は、外聞はとても良くて有能な使用人たちが集まっているらしい。
ステータスとしては王宮の使用人と変わらないくらいには働き手にとって評判が良い所なのだ。
──働き者たちにとっては、だが。
それを知らない二人にとっては、給与が高く、見栄を張れる優良な職場だと思っているはずだ。
故に、狂喜に満ちた顔でガッツポーズをしている。
「ありがとうございますロレティカ様!」
「流石は侯爵様の息子ですね!」
「喜んでもらえて良かった」
変な踊りを始める二人を愉快に思っていると、扉がノックされて騎士がヨシュアを連れてやって来た。
その入れ替わりに執事二人がロレティカに挨拶をした。
「すみません、俺たち執事長に見せて来ますね」
「うん、良いよ。今までご苦労様」
「では失礼します!」
嬉々として部屋を去る二人を、ロレティカは手を振って見送る。
(今度会う時は、立派な使用人になっていることを期待しているからね)
訝しげに後ろ姿を見つめている騎士に、「お疲れ様。いつも助かるよ」と声を掛けてからヨシュアを中に入れた。
「いらっしゃいませ、ヨシュア伯爵夫人」
「使者からの手紙を読んではいましたが、まさか本当だったとは思いませんでしたわ」
「今回は急な変更にも拘わらず対応してくれてありがとうございます。これで少しは楽に授業が行えるかなって思ったんですけど、二階になったことで不便なことはないですか?」
「大丈夫ですよ。こんな部屋を貸して頂けるのは大変喜ばしく思います。何があったかは知りませんが、ロレティカ様の努力の賜物ですね。ありがとうございます」
「いえ!」
ヨシュアは部屋に入るとすぐにピアノの鍵盤蓋を上げて音を鳴らした。
下に用意されたピアノよりも綺麗な音が部屋に響く。
これなら次の音楽の授業でも期待出来そうだ。
ヨシュアも気に入ったのか、表情が明るくなっているように思える。
「ではこの後ダンスの練習をしますが、他に学びたいことはありますか?」
「女性用の踊り方を教えて下さい」
そろそろ教わっておいても良いだろう。
既に王族に対しての礼儀作法は一通り習ったのだ。それならヨシュアの契約が切れる前に、サルクに対して出来ることをしておきたい。
「女性用のですか?」
「何かの時に役立つはずだから、覚えておきたいの」
例えばとある調査の潜入先で令嬢役をしたりとか、ダンスの練習相手とか。
それに登城を許された際に、夜のパーティーでは子供達が踊ることになっているからその時に、一緒に踊るなんてことが万が一あったら失敗したくないし。
(まぁそんなこと、かなり可能性は低いけれど……)
心の中でため息をついていると、ヨシュアはあまり深く追求することはせずに胸に手を当てた。
「かしこまりました。男性用の振り付けと混ざらないように気をつけてくださいね」
「ありがとう! 大丈夫だよ。ちゃんと二つとも覚えてるから!」
「では手本を見せますね。足踏みは男性と逆なので、ロレティカ様なら直ぐに覚えられそうですね」
それはどうだろうか……。男性は前世の記憶があるから容易にクリア出来たが、令嬢の立場になったことなんてないから全く知らないものだ。
(違和感を覚えさせないように、しっかり見て、早くマスターしないとならないな)
音楽を口ずさみながらヨシュアがステップを踏む。
ロレティカはその足取りを見逃さないようにと食い入るように見つめていた。
一時間みっちり動いたお陰で授業が終わる頃にはヘトヘトだった。
お辞儀をしてドアを開けると、休憩を終えたらしいアルが直ぐにタオルで汗を拭いてくれる。
それからルカが飲み物をくれて、カナが座ったロレティカの足元に跪いてマッサージをしてくれた。
ヨシュアが帰ると間もなくイージンが客間からやって来た。
向かい側のソファに座ったイージンの様子は何処か落ち着かず、環境の変化に戸惑っているようだ。
「こんにちは先生!」
「こんにちは。あの……」
「これから説明した方が良いかな。ルカ紅茶を──」
振り向くと言われる前に用意していたみたいで、振り向いた先ではカップを持って運んでいるところだった。
さっきの執事とは働きが大違いだ。
ルカがテーブルに置くと、アルとカナも離れて、早速話しに入る。
「えっとまず、僕はこの階で過ごすことになった。寒い部屋に移ることはもうないと思う」
「それはおめでとうございます。不当な扱いを受けているようだったので本当に良かったです」
「ありがとう」
イージンも口にはしてなかったが心配をしてくれていたようだ。
それに部屋の暖かさのおかげか、昨日よりも顔色が良く見える。
これで家庭教師を受けてくれた恩返しにはなっただろうか。
ロレティカも弾む声でイージンに午前中までの経緯を話しはじめた。
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