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第21話

 そしてビューラの前に出て護るように立ち、オルガは声を荒らげる。 「誰だよお前! ここは俺の家だぞ!」 「初めまして、オルガだよね? 僕はロレティカ・フォロバトン。君の兄だよ」 「変なこと言わないでちょうだい!」  叱るビューラの怒鳴り声とは違って、オルガはきょとんとした表情を浮かべた。    「ロ、ティ……? 兄? 兄様?」  そう様呼びをされてロレティカは呆気に取られる。  この年頃はただ生意気だったわけじゃないらしい。友達と遊びたいヤンチャ盛りだけあって​好奇心を向けられたみたいだ。  けれど前妻の息子であるロレティカのことが嫌いなビューラは、戸惑いを隠せず兄を受け入れようとするオルガをすかさず言い聞かせていた。 「違うわ、オルガ。アレはあなたの兄ではないの。ただ同居しているだけの他人よ。いいわね、あれは兄弟じゃないわ。家族ではありません」  半ば洗脳のように唱えるビューラの言葉に、オルガは違和感を覚えたらしい。 「母上。だったらどうして、一緒に住んでいるのですか?」 「それは──」 「その辺にしておけ、ビューラ。ロレティカも立派なフォロバトン家の息子だ」 「私は認めてませんわ。未だに忘れられませんもの。あの日の屈辱を」 「何度も謝っただろう。あの女は貴族にとってとても貴重な血筋の女だった。フォロバトン家を栄えるために必要な人間だったんだよ」  そう言い切ったダロニエに身体がこわばり、動揺した。 (“血筋”……!)  これで侯爵家が執着してくる理由に確信が持てた。  今度、書斎への立ち入りが許されたら、母上の家について描かれているものがないか探してみないと。 「あなたってそればっかり。下級貴族の私なんて結局そこまで好きじゃないんだわ……」 「何でそうなるんだ。お前を幸せにするためにこの家がある。そのことを忘れないでくれ。愛しているのはお前とオルガだけだ。お前だって侯爵の身分がないのは困るだろう?」 「それは……! 本当に、あの女よりも私を愛しているの?」 「あぁ、他にいないさ」  子供の目の前だというのに、ダロニエはビューラと口づけをかわす。  オルガはそんな両親を見て「イチャイチャしないで!」と、二人の間に割って入って必死に引き離そうとしていた。  仲睦まじい家族というのは、きっとこんな光景を指すのだろう。ダイニングにいる使用人と、ビューラ夫人付のメイドたちはくすくすと微笑ましく見守っていた。  この屋敷に住む者たちにとっては、フォロバトンの家名を背負うのは三人だけなのだろう。  いつだってロレティカは除け者で、白眼視されてきた。  そんな仲の良い雰囲気を見せつけられて平然としていられるほど、ロレティカの心はまだ割り切れていない。  どうしても父親であるダロニエには、母上を巻き込んでおいて、愛人と結婚したことへの苛立ちを覚えるし。ビューラとオルガの我が物顔で住まう態度を不遜に感じたり、憎んだりもした。  なによりも胸を痛めるのは、屋敷にいない母への感傷だけれど、色んな感情が心の中で混じりあって、複雑な気持ちに胸やけがする。 (いっそ、孤児院へ捨ててくれたら良いのに……)  そしたらロレティカは家のために働き詰めにならなくて良いし、施設まで辿り着ければ独り身でも人生を謳歌出来た。  こんなにも寂しい思いだってしなかったはずだ。  ロレティカの前で堂々と愛情なんてものはないと言い切られて、こんなにも人生を狂わせてくるダロニエに罵声を叫びたい気持ちになったけれど、ぐっと言葉を呑み込んで潤む視界が零れないようにと瞼を何度も瞬かせた。  まさか父親からハッキリ言われるとは思ってもみなかった。  子供だから分からないと思われているのか、ビューラと一緒になって愛し合っていることを見せつけられることにストレスで頭がどうにかなりそうだった。  そんなことを考えている内に頭を項垂れさせていたらしく、視線を感じて顔を上げると、したり顔のビューラが不気味な笑みを浮かべていた。   (まるで、鼻を明かしたようなしたり顔をしてるな)  相手はまだ八歳の子供だというのに、今にも愛され自慢をするんじゃないかと思うほど、馬鹿みたいに意気揚々と部屋を歩いて席についた。   (まぁビューラ夫人が侯爵に愛されていようとどうだっていい)  屋敷から逃げ出すと決めた。そこに未練はない。  侯爵が着席すると、料理が運び込まれた。  隣でカチャカチャと銀食器の当たる音を響かせながらオルガが子供らしく飲むように食べているなか、ロレティカは一言も発さず、ただ目の前の料理を淡々と口に運んでかみ砕いていた。  たまに合間で入る談話は、部屋と広間の往復だけで引き籠もっているロレティカには分からない話ばかりだ。  そうして料理が半分なくなった頃、ダロニエが手を止めた。   ​「ロレティカ」 ​  名前を呼ばれたロレティカも手を止めて口元をナプキンで拭う。それから静かに顔を上げた。 ​「はい、父上」​ 「今度、オルガの誕生パーティーをする話はメイドから聞いているな」 「はい」   ​ 唐突な話題の展開にビューラとオルガが手を止めてダロニエを振り向く。  その顔色を見るに二人は聞かされていなかったようで、耳を疑っているようだった。 「そのパーティーで大事なお客様がやって来るんだ。今回はお前も参加して挨拶をしろ。授業では優秀だと聞いてるから、くれぐれも失礼のないようにな。期待しているぞ」 「はい」  ロレティカは恭しく頭を下げると、ビューラが「待って」と割って入ってくる。   「あなた、それはどういうことなの!?」 「だから言っただろう。ロレティカも立派なフォロバトン家の息子だ。あの方に挨拶をする義務がある。黙っているほうが謀反というものだろう。あの方がこいつを気に入って下されば見返りも増えるしな」  そう説得するダロニエに、うっと顔を歪めたビューラは追い詰められた表情で視線を反らした。  すると今度はオルガが「父上!」と声を上げた。 「俺のパーティーにコイツも呼ぶんですか!?」 「参加はするが、食事の席で挨拶をさせるだけだ。要望通り、料理もプレゼントもちゃんと手配してあるから気にせず遊んでなさい」  プレゼントと聞いて顔色はすぐに戻り、安堵した様子で残りの料理を頬張っていた。  確信はないがプレゼントを盗まれると勘違いをしたのだろう。  オルガの誕生パーティーでもらうプレゼントなんかをロレティカが貰えるはずないのだが、理屈が分からないのはまだ子供だから仕方ない。 ​「──それで、だ」  そうまだ話を続けるダロニエに視線を向けた。 「今度、商人と仕立て屋が来る。お小遣いも工面するからパーティー用の洋服を何着か見繕っておけ」 「はい」 「余った金で他にも買って良い。その辺は好きにしろ。他に分からないことがあったら使用人に聞け」 「はい」  ロレティカが相槌を打って反応をしていると、ワイングラスを持ち上げてユラユラと中のワインを揺らせた。   ​ 「あんな資料を作ったお前のことだ。分かっていると思うが、フォロバトンの名に泥を塗るようなみすぼらしい格好はするなよ」   ​ ロレティカは朱色の瞳を伏せて口にする。   ​「お心遣い、感謝いたします。父上の大事なお客様の前で恥をかかぬよう、整えさせていただきます」 ​ ​ 与えられた金で洋服は買うが、他にも揃えるべきものはたくさんある。  特に今日でいなくなった二人の代わりを見つけて、賄賂で味方にしなくてはならないし。いつもそばで頑張ってくれているアル、ルカ、カナへの見返りだって必要だ。  しっかり考えてお小遣いを使わなくてはあっという間に衣装とブローチ(宝石)に溶けて行くだろう。 ​ ロレティカは再びナイフを手に取り、冷めかけた肉を切った。 「──では父上。ビューラ夫人とオルガも、お先に失礼します」   食事を終えると話は踏み込んだ話になり、ただ聞いているだけだったロレティカは一足先に席を立つことにした。  離席することに嫌味な指摘はされず、白けた広間の雰囲気からは早く出て行くことを望まれているみたいだ。  広間の扉が完全に閉まるのを待ってからロレティカは連れて来たメイド三人を振り返る。  それから何も言わずに安らげる自身の部屋を目指して歩き出した。  

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