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第24話
床に散らばったクレヨンはほとんどが折れてしまっていて、見るも無残な状態だった。
こんなにも散らかった惨状を見ても侯爵は部屋へ押しかけて来たビューラやオルガではなく、ロレティカを叱ったのだからよっぽど家族として見ていないのだろう。
もしロレティカに自我がなければきっと喜んだはずだ。ダロニエは操り人形を欲しているから。
けれど、そうなるつもりは毛頭ない。ロレティカだって自由に生きたいし、流される人生はもう嫌なのだ。
(痛い……。まだ叩かれた頬が熱をもってる)
何度もタオルを濡らしてくれるルカが、頬の具合も確かめてくれる。
りんごみたいに真っ赤になっている両頬を見て、眉をひそめる様子は同じ痛みを感じてくれているようだった。
「本当にロレティカ様はとても勇敢な方ですね。奥様にたいして言い返せるなんて、すごいことですよ。旦那様は盲目的に奥様を愛してらっしゃいますから。──それで一つお聞きしたいのですが、玩具箱に入っていた剣は違うところに隠したのですか?」
「うん、そうだよ。あれにはいつか必要な時が必ず来るから、それまでは絶対に見つからないようにしておきたいんだ。だから、掃除している時に見つけたら教えてね。他のところに隠すから」
「かしこまりました。けれどロレティカ様が本気で隠された物を見つけられるとは思えませんね」
すると同調するように、アルもカナも頷いていた。
「特に変わったところなんてないものね」
「ロレティカ様は物を隠す天才ですね!」
「ありがとう」
せっせと片付ける二人のおかげであっという間に部屋は片付いた。
クレヨンは結局、買い換えることになってしまったが、特別愛着があったわけではないので問題はない。むしろ、底の板を外されることにならなくて安心した。
今回の隠し場所の仕掛けは授業が終わってすぐ、メイド三人を一度部屋から追い出してから施したのだ。
一度中身を全部取り出して底に嵌っていた板を外し、歴史的書類や硬貨、そして剣を置いて箱の四角に木質の人形を置く。
そうすれば再び板を戻した時、四角の支柱によって底が浮き上がって隠した物が壊れずにすむ。
後はアルが持って来てくれた布を敷けば、ビューラも気付けなかった二重仕掛けの出来上がり。
ビューラのように底を隠した布をどかした時に底板が指に当たれば、単純な人間ほど見えている板を底だと思い込む。
底が外れるなんて発想は、夜更けに動き回る探し者のプロでもないと夢にも思わないだろう。
ロレティカもお絵描きセットを偶々片付ける時に指を掛ける隙間に気付けなかったら、ただの玩具箱にこんな仕掛けが出来るなんて思いもしなかった。
(金庫にも成り得るとても良いものなのに、押入れに埃を被って置くなんてもったいないよな……)
これからも大事に使っていこうと蓋を閉められる大きな宝箱にロレティカはうっすらと口角を上げた。
「痛みはどうですか?」
「だいぶ楽になったよ」
「それは良かったです」
タオルを水の張った桶に入れると、掛け布団を捲り上げた。
「まだ痛いかもしれませんが、そろそろ就寝のお時間ですので横になりましょうか」
「うん」
大人しく布団の間に足を入れるとごろんと寝転んだ。
「お手元のランプだけ点けて暗くしますが、無理に寝ようとしなくても大丈夫ですからね」
「何かあればいつでもお呼びください」
「ゆっくりと休めると良いですね」
「ありがとう。みんなもゆっくり休んで」
部屋から出る三人に手を振って見送ると、ロレティカは静かになった部屋で天蓋を見つめた。
頬が痛くてまだ眠れそうになかったが、本を読んで紛らわすほどでもない。寝不足も若干あるし、そのうち眠れるだろう。
□ □ □
光を感じて瞼を開くとキラキラと天蓋から垂れているレースが、朝陽を反射して煌めいていた。
どうやら本当にいつの間にか寝入っていたらしい。最後に時計を見たのは夜中の三時頃だったはずだ。
しばらく、ぼーっとしていると部屋に入って来たアルの第一声で今日が始まった。
「おはようございます。ロレティカ様、起きられそうですか?」
「ねむい……」
「すみません。これでもいつもよりは遅れて来たのですが、二日続けては不眠症になっちゃいますね」
アルの言葉に欠伸をしながら時計を見ると、確かにいつもよりも二時間は遅く起こしに来てくれたようで、不本意な夜ふかしをした割には寝られていると思う。
授業も今日を頑張れば明日は全部が休みだ。
長いため息をつきながらも、身体を叱咤して顔を洗った。
新しい部屋は昨夜の騒動のおかげで自室だという感覚が芽生えたのか、違和感をあまり感じずに過ごせた。
朝の授業もスローペースでこなして、昼食の時間。
三人に見守られながら食べていると、エダンが部屋を訪れた。
「お食事中にすみません。今日からロレティカ様付の執事を任せようと思う二人を紹介させて下さい」
昨日の二人を思い浮かべてしまって、ふぅん、と思ってしまった。
誰が選んだかは知らないが、昨日の今日で新しい使用人を付けてもらえるのは有り難い。
(使える人間ならいいけど……)
最初の二人が最悪だったので、期待が出来そうになかった。
エダンに呼ばれて入って来た執事は年若い二人だった。アルとルカ、カナよりは目上な雰囲気だが、成人して間もない二十歳くらいだろうか。
冴えない感じの、顔にそばかすのあるブラウン色の髪をしたメロと言う男性と、軟派な雰囲気で赤髪を緩く巻いたような髪型をしたリュダは、せっかく服装がキッチリしているのに、肝心な部分でどんよりしていたり、個性的なところが際立って台無しにしていた。
(これはまた……。けれどメロは真面目そうだし。もう一人は令嬢の相手でもさせられるかな……。まぁそんなタイミングはないと思うけど)
頭を抱えそうになったが、仕方ないかと受け入れることにした。
「これからよろしくね」
「おねがいします……」
「おねがいしゃーす」
なんともアンバランスな執事たちであるが、取り敢えず仕事の出来次第でちゃんと判断しようとロレティカは食事を進めた。
「まだまだ新入りですので、ロレティカ様の良いように教育してください」
「分かった。ありがとうエダン」
「それと、旦那様から明日は午後に商団を呼んだからパーティー用の衣装を揃えるようにとのことです。余ったお金はお小遣いにしてもらって構いません」
「そう。ありがとう」
昨日の去り際に侯爵が呟いた言葉が引っ掛かっていたが、王妃に紹介させるために仕方なく手配してくれたのだろう。
ロレティカはティーカップを眺めながら自嘲気味に笑った。
そうして一礼して用事を終えると去っていくエダンに、固まるメロと欠伸を零すリュダを見て、取り敢えず二人は授業中は側にいてもらって、休憩終わりにルカとカナに指導を任せることにした。
今日はロレティカの生活に慣れてもらって、仕事を覚えることに専念してもらおう。
□ □ □
エダンの言っていた通り、昼食を食べ終わった頃に商団が屋敷へとやって来ていた。
今日のためにぐっすり眠っていたロレティカは、目の前の商人が身につけるバッチを見て言葉を失う。
「初めまして、私、ラムフォード商団の責任者をしております、ラホンと申します」
まさかこんな商団を呼び寄せるとは、ダロニエにしては気前が良過ぎないだろうかと、後で何かを吹っ掛けられそうで不安になる。
今──、授業部屋にいるロレティカの目の前に映るさまざまな色や形のスーツや靴、そして宝石アクセサリーやら帽子、子供用杖などのあらゆるアイテムが広がっていて、まるで市場に来たみたいな錯覚に陥っていた。
ラムフォード商団とはこの国の最大規模の組織で、貴族区で店舗営業、訪問営業をする商人の八割以上が所属している謂わば商業ギルドの一つだ。
因みに残りの二割は、他の商団や個人運営が占めている。けれど、時代の流れに乗れずした時、最後の手綱として大抵の商人はラムフォード商団に所属するようになる。
その一番の理由にはなんといっても、常々会議で時代に沿った商品やサービスの開拓を話し合っていること。
トレンドに店舗の良さを活かしながら、しかも販売する店が数店舗に限定したものとなると人が集まり、リピーター客や馴染みの顧客も取り戻せると云う戦法で、それこそがラムフォード商団の強みになっていた。
その商団の管理責任者ともなれば、所属商人が販売している商品を売る権限を持っているわけで……。
(呼ぶだけでかなりの値を張るのに、侯爵家の財産は大丈夫なのか?)
前世でも何度か使ったことはあるが、それは王族やダロニエの計らいあってこそだった。
そう考えた時、ふと王妃の顔がチラついた。既に後ろ盾になってくれているのなら納得は出来る。
その場合、侯爵家としては最悪な事態に陥っているという断定したものになるが、侯爵家が危うくなるのは前世と同じ道を辿っていると言えるか、と思うことにした。
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