25 / 25

第25話

 名の知れた商団に会えるなんて思いもしなかったロレティカは、ラホンを目の前に呆然としてしまって挨拶が遅れてしまった。 「ロレティカ・フォロバトンです。今日は来ていただきありがとうございます」   長年使ってきた言葉遣いに、商人を相手にしても丁寧に話してしまう。  こんな態度を取っていると足元を見てくるのが、商売人なのだが、ラホンはそんなことはなかった。  持って来た商品を両手で示しながら商人特有の人懐っこい雰囲気と明るい声音で喋りだす。   「ご丁寧にありがとうございます。ささ、どうぞご覧ください。ざっと千点以上は揃えては参りましたが、いかがでしょうか」 「すごいです」 (最近創設されたというのに、ラムフォード商団の勢いは本当にすごいな。この広間じゃ収まらないくらいテーブルや床に詰まってる)  目移りしてしまう視線に、ラホンが隣に来て最初にスーツが掛けられた場所を指差す。 「今日は公子様のためのスーツを作って欲しいと侯爵から言われてますが、お好きな色とかありますかな?」 「えっと、黒と……、あと深い緑の草原色みたいなそんな色……」 「ほうほう。では、この辺りでどうでしょうか」  そう言って連れてきた使用人に指示を出して、三枚のスーツを展示用のポールに掛けて行く。 「どうでしょう。何か気にいらない部分や、足したい飾りなどはありますか?」 「ううん。取り敢えず、このままで一着お願い。あとは、もっと可愛くフリルとか付いてるのとかある?」 「フリルですか、ありますよ。公子様は可愛い方が良いのですね。──ならばこういったものはどうでしょう。色は違うので作ることになりますが……」  するとホランの使用人が持って来たピンク色のスーツは白いフリルの付いた確かに可愛いデザインだった。  他の色でも白なら合わせやすいと思って、ロレティカはひと目で気に入った。   「これ、緑色で作って!」 「かしこまりました」  他にも可愛いデザインの物を選び、黒や色違いの緑系色で作ってもらうことにした。  シャツに選んだのは基本的なものと、袖口がリボンやパフスリーブになっているものを買う。  これで少しはサルクの目に留まるはずだ。  サルクと結婚したミーナ・スファン伯爵令嬢は可愛らしい人だったから、きっと可愛い系が好きなはず。  陛下もたまに用意してくれた服は、少しだけセンスを疑うくらいロリータ服が多かったから、多分気に入って下さると思う。   (大臣らが察するに、この国に王女は産まれなかったからな。代わりだろうと囁いたのを耳にして少し納得した)  ロレティカは容姿だけは綺麗だったし。  遠い昔の日々に思いを馳せると、ふと気になる模様が目に留まった。    「ねぇねぇ、あの服の模様は何か特別なもの?」 「あぁ、あれですね」  使用人が持って来たうねる文字のような模様は蔓のように伸びて、袖や前立てに施されていた。  どこかで見かけたような模様で、読めそうで読めない。 「これは教会が発案した神語文字を崩したものです。変わり者の教こ──コホンッ。とある教会の方が是非にとデザインされて、変わった柄になったものの、気に入るお客様がなかなか現れなかったのです。公子様は気になりましたか?」 「うん。へぇ、神語を……。あぁ、たしかにココとこの文字があの字で……。つまり、『我、先導せしもの。時代の先駆けになるもの』かな?」 「……素晴らしい! フォロバトン様は幼いのに神語がお分かりなのですね!」 「ありがとう。僕、これも欲しいな。緑の生地で作れる? 出来ればこの文字を金色の刺繍に出来たら嬉しいな」 「出来ますよ! ですが、刺繍となると他のものより届けられるのは遅くなりますが、大丈夫ですか?」 「うん! 祝福の儀を受けに教会へ行く時に着たいから、半年以内に貰えれば良いかな」 「半年以内ですか……」  濁る語尾に今までのものを思い浮かべてロレティカから提案する。 「取り敢えず、先のパーティーで着る最初の一着と、登城で着る服を一着。そうすればこの服、半年以内に出来ないかな? 他はいつでも良いよ」 「であれば可能かと。最初の一着は手直しで済みますから一週間以内に作らせてもらいます」 「うん。詳しい日取りはそっちで決めちゃって」 「かしこまりました。ではフォロバトン様の特別な品が早く届けられるよう調整します」 「うん、よろしく!」  ラホンに任せれば問題はないだろう。出来上がりが楽しみだ。  洋服選びが終わると今度は隣に置かれていた革靴を適当に三足選んだ。これはアルとルカ、カナの目で適当に見繕って貰ったものだ。  そしてブローチやアクセサリーが並ぶテーブルに着いた時、ロレティカの足は長い間止まってしまっていた。  何せこの国に出回っている宝石の種類は二十種類を超えるほどだ。  アクセサリーにもネックレスやカフスボタン、ブローチに髪飾りと、使い道も多種多様で。並べられた商品は軽く見積もっても六百近くの商品があるのだ。 「うぅん」 「ふふ。一度、座って休憩しましょうか、時間を開けてもう一度見た時に目に何度も留まる物から厳選してみてはどうでしょう」 「そしたら帰るの遅くなっちゃうよ……」 「──これは失礼しました。私のことで焦りがあったのですね。大丈夫ですよ。こうした訪問は一日に一件しか回っていないのです」 「……じゃぁ今は侯爵家が貸し切ってるの!?」 「はい。その分の訪問料を頂いておりますし時間はあまり気になさらないでください」 「そっか。じゃぁもうちょっとゆっくり選ぼうかな」 「はい。是非フォロバトン様の大事なコレクションに置いて頂く商品をじっくりとお選び下さい」 「うん! アル、みんなのお茶の準備は出来そう?」  メイドたちを振り返ると、   「申し訳ありません。カップが足りないので、回してもらうしか……」  困った顔で言うアルに、ロレティカが考える間もなくホランが慌てて手や首を振り出した。   「そんな! 我々の分のお茶を用意させるなんて滅相もありません」 「一応、商人である前にお客様でもあるから。一杯分くらいはゆっくりしていってもらいたいな」 「……では、お言葉に甘えて一杯頂きます。お前たちも年上の人から休憩に入りなさい」  責任者の言葉に連れてきた五人の使用人が一斉に「ありがとうございます」と唱えながら深々と頭を下げた。  どの顔色を見ても仰天しているところを見ると、どうやらお茶を出した貴族はいなかったらしい。  茶菓子もあるけれど、打ち合わせではないからやめといた方が良いだろう。賄賂のような行為は変に警戒させるだけだ   「ふぅ……」  アルの淹れてくれたお茶を飲んで、背凭れに寄りかかって脱力する。  アイテムが多すぎて、目がチカチカして来た。  今までこんなにも時間をかけて買い物したことは一度もない。  ファッションには無頓着だったし、大抵は決まった物を買うことの方が多かった。前世は確かダロニエが適当にまるまる一式用意してそれを着ていただけだった。  何よりも、こうして好きな人の気を引くために頑張ることの大変さを知った気がする。 (好きな人や婚約者のいる令嬢は大変だな)    休憩終わりに改めて商品の前に立つと、宝石は黒、深青、深緑、朱色、黄色の五色から、髪飾りとブローチを見繕った。  ネックレスも、カフスボタンも、ロレティカに高価な物はやっぱりいらない気がした。  目立つ場所に着飾った衣装で赴くだけで、侯爵家の財力は十分見せつけられるし。  それにネックレスは教皇から授かった物が頭にチラついて、どうしても忘れられなかったのだ。 「他に欲しいものはありますか?」 「あ、そうだ。商団の中で売っているか確認して欲しいものがあるんだけど」 「どんなものですかな」 「歩き回る時に靴の中に敷くクッション材みたいな物はあるのかな?」 「ありますよ。ルシン、悪いが取り出して見せてもらえるか」 「はい。──どうぞ」  すると置かれたのは足型に切り取られたゴム製のシートだった。  ホランが曲げたり指先で押しつぶしたりして、柔らかさや弾力性を教えてくれる。 「すごい。みんな入れるの?」 「はい。ラムフォードの者ならみんなに支給されます」  支給と聞いて、ロレティカはすぐに気づいた。   「もしかして、非売品? 売れないものかな?」  ラムフォード商団となると一般的には売れない物があったりするものだ。  その理由は色々あるが、どんな理由だろう。 「非売品ですが、特別に公子様になら構いませんよ。ただイカロス伯爵家とフォワン公爵にまとめて買い取らせてもらうことが多くて、生産が追いついてないだけですから」 「そうなんだ。なら良かった。伯爵家と公爵家が使っているならお墨付きだね。これを五人分、二セットずつお願い出来るかな?」  話の様子で大体察したらしい。頭の良いアルがロレティカの横から   「あの、ロレティカ様。私たちのためにお小遣いを使って頂かなくても……」 「貰ってよ、アル。それにこれからも働くなら足は大事にしなきゃね」 「ロレティカ様……。気にかけて頂きありがとうございます!」  ルカやカナたちからも感謝されて、ホラン一行は一人ずつ靴底を測ると、片付けをして屋敷から去っていった。  ようやっと一日にも及ぶ買い物が終わり、ベッドに寝転んで休むロレティカは、王妃とバレック殿下に初めて出会った日を思い出していた。 (前世で出会ったのは来年だった。今世は一年も早く出会えるのだ。絶対にこのチャンスを無駄にはしない……)    

ともだちにシェアしよう!