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第26話
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パーティーが一週間に迫ってくるとホールの飾りつけやテーブルの設置なんかで使用人たちは慌ただしくなる。
そして前日にもなると細かい掃除や花の飾りつけをし、料理人も下ごしらえに追われて皆忙しなく動いていた。
ロレティカの授業もストップがかかり、久しぶりの長期休暇で地下書斎の往復をする毎日だった。
「ロレティカ様。オルガ様と奥様が残された化粧品を頂けました! どちらのものを使いますか?」
「へぇ、化粧品か……」
ルカが木箱を抱えて部屋に入った。テーブルに置かれると中の瓶がカンカンと軽くぶつかる音が鳴って、その量の多さに驚く。
二人分のはずなのに、三人分はある気がする。
(ビューラだな。とにかく高い物を買って、二種類を重ね塗りしたのだろう。化粧水ならまだしも、おしろいを濃く塗って良いことなんてないのに)
それに香水も何個かあるから今頃混ざって匂いでも撒き散らしているのだろう。
ロレティカはそれぞれ選ぶと小箱から出して並べていった。
王妃の好みは薔薇ではなく、ラベンダーだ。
王妃としては薔薇の庭園に囲まれて生活しているから、落ち着く香りとして頭に記憶されているみたいだが、バレック殿下に仕えながら観察していたロレティカの見解には、ラベンダーの香りが好まれる見立てになっている。
本人も気付いてない様子だったが、ラベンダーの香りのする令嬢と接する時はご機嫌だった。
だからロレティカが選ぶべきなのは、オルガのあまり匂いのない薔薇の化粧水やおしろいと、ビューラの物だろうラベンダーの香水で匂わせる程度で十分なはずだ。
「では、入浴にしましょうか」
アルが引き出しからタオルや下着を持ち運び、選んだものをカナが別の木箱に入れて持ち上げた。
「既にパーティーの方は始まっているので、旦那様も奥様も鉢合わせることはないはずです」
ロレティカが呼ばれるのは終盤で、まだ時間に余裕はあるけれど、執事長のエダンが来る前に着替えは済ませておかないといけない。
廊下に出ると、屋敷にいる使用人もチラホラいるだけで少なく、ゆったりとした静かな時間が廊下に流れていた。
一階の中庭に来ると、微かに聞こえてくるヴァイオリンの音色に会場のある方角の空を見つめる。
(確かにパーティーは始まっているみたいだな。ダンスをしている頃合いか)
パーティーは昼前から夕刻にかけて行われる。
食事を済ませた子供から屋敷の外を駆け回り始めるが、たまに中にまで入って来る子供は必ずいる。
特にバレック殿下はオルガを引き連れて現れるだろうな。
入浴をすませて丹念に化粧水や乳液を馴染ませると、メロとリュダが持って来た衣装から、昨日届いた黒のスーツに着替える。
髪飾りはボタンに合わせて青色にして、ブローチは黒生地に映えるように黄色と白色の花に象られたものを選ぶ。
一通りの着替えが終わると、二階廊下の片隅にある窓から裏庭を覗いていた。
子供たちが駆け回る姿を見ながら、どんな家柄が集まっているか面差しで推測する。
(余り憶えのある顔はいないからどこも下級貴族の子供だな)
すると会場の方からオルガを引き連れた一人の少年が現れた。
侯爵家の子供を取り巻きのように出来る家門は滅多にないし、あの顔を見れば一目瞭然だ。
(バレック第一王子だな。相変わらずの傲慢さが滲み出た表情で、堂々とした歩き方だ)
散策にでも出て来たのか、何か楽しげに話している様子で、ロレティカはその姿に既視感を覚えていた。
幼少期はいつも侍従として王子宮殿に兄弟で呼ばれていたが、身体の弱いロレティカはいつだってこうして建物の隅から遊ぶバレック殿下を眺めているだけだった。
すると追っていた視線に気づいたのか、バレック殿下が顔を上げて、窓越しに目が合った。
その面影に思わず見入ってしまう。
バレック殿下の容姿は顔の整っている王族ながら、端正な顔立ちはしている。
残念ながら性格は王妃の躾けが甘いこともあって傲慢に育ってしまったが、雰囲気だけは貴公子然としているのだ。
あれで授業をサボらず、しっかり剣術の稽古をして、宿題も仕事も放って遊び放題でなければ本当にどれだけ良かったか……。
今もオルガを従わせて、居住区域を踏み荒らしている最中だろう。誰も王族だからと叱れる者はいない。
バレック殿下の反感を買わないようにと、ダロニエもオルガも屋敷を荒らす姿を見守るだけだ。
ロレティカがハッと我に返ると、殿下が片手を胸に当てて何かを喋りだした。
扉がしまっているし、地上から離れているせいもあって何を話しているのか分からない。
関わり合いたくない一番の人物ではあるが、登城するには必要な御方のことには変わりなく、首を傾げて聞こえないことを伝えた。
案の定、バレック殿下がオルガを向いて何かを命令している。
(「あそこへ案内しろ」とでも言ってるだろうな)
オルガは口をもごもごさせてどう止めようか迷っているのが察せられる。
結局王子には逆らえず、引き攣った頬をピクリとさせて、ロレティカを睨んだあと、屋敷の中へと殿下を通した。
大人しく待っていると、やって来たバレック殿下がオルガの制止を聞かずにロレティカに近寄ると顎を掴まれてクイッと持ち上げられた。
生意気な笑顔に不快な気分を味わうが、従順にただ殿下を見つめた。
「ほぅ。なんだ綺麗な令嬢じゃないか」
(……令嬢ときたか。見た目で勘違いしてるな)
ロレティカの肌や髪型を一通り観察した殿下に、ロレティカは口を開く。
初めて会うから身分は知らない振りをしていた方が状況に合っているだろう。
「僕、男だよ。長男のロレティカ・フォロバトン」
「おとこぉ?」
眉間にシワを寄せて、目を細めながら今度は顔を近づけて品定めしてくる。
その視線にロレティカはなにも感じてない平然とした様子で「そんなに綺麗?」と聞くと、パッと手を離して背中を向けた。
「いや、どうやらそうでもないようだ。俺は男に興味はないからな」
にっこりと微笑んで立ち去るのを見送る。
「行くぞオルガ。時間を無駄にした」
「は、はい! お前、そこで大人しくしてろよ。お前なんか誰も相手にしないんだからな!」
そう吐き捨てるオルガに手を振って、やっと姿が見えなくなると深いため息をついた。
(あの女好き王子め。ベタベタ顔に触れやがって……。俺だってサルク以外の野郎に興味ないっての!)
イライラと頭に血が上ったけれど、深呼吸をして自身を落ち着かせる。
もうあの遊び癖をどうこうするつもりはない。それに断罪するなら愚かなままいてもらったほうが墓穴を掘らせやすい。
子供たちの観察にも飽きて、ロレティカは部屋に戻って本を読むことにした。
しばらくしてやっとエダンに呼ばれて、待ち侘びたパーティーホールへと向かう。
すれ違う子供たちからは不思議な目で見られていたけれど、悪意ある陰口はないようだった。
あっても「あの子だれ?」「何かしちゃったのかな?」程度で、家で見たような似た光景と重ねているようだ。
ロレティカはホール前の控えの間にある階段から二階へ上がると、厚いカーテンで覆われた一つの部屋に辿り着いた。
エダンが手を上げて振ると、両端に控えていた騎士の二人がカーテンを開く。
「どうぞ中へお入り下さい」
促されて一歩ずつ床を確かめるようにカーテンへ近づくと、テーブルに置かれた赤い扇子と豪奢なドレスの裾、そして冷徹な足音を鳴らすヒールが見えて、ロレティカは足を止めた。
頭に流れる過去映像が浮かんで沈んでいく。特にあの扇子には痛い目に遭わされてきた。振り回しながら叱責し、蔑んでいた王妃の姿がまざまざと脳裏に立ち塞がる。
「ロレティカ、早く入らないか」
「すみません」
ダロニエの声に我に返り、条件反射で謝る。
ロレティカは一度息を吐き出してから、俯き加減で部屋へと踏み出した。
子供だからそこまでしなくても良いと思うが、王妃からの印象は良ければ良い方がいい。
それならば威厳を気にする王族に対して、最初から視線を合わせるのは良くない。
それこそ目の前にいるのが分かっている状況ならば尚更。
異国からの来賓や公式的な祭事での作法では、王族の登場に関するマナーだ。
そのマナーを守っていれば、今は十分敬っていることは伝わるはず。
カーテンが閉まると胸に片手を当てて王妃の目の前で跪く。
「……王妃様だ。挨拶なさい」
「お初にお目にかかり光栄です。フォロバトン侯爵家の長男、ロレティカ・フォロバトンと申します。エドライの太陽にお目通り叶い、心より嬉しく思います」
「へぇ……」
その相槌に少しは印象を与えられたことを知る。
「──ロレティカと言ったわね。顔を上げてよく見せて頂戴」
「はっ」
王妃の言葉に顔を上げて視線を合わせる。
脳裏に浮かんだ姿と変わらない王妃の姿がそこにあった。
王族と交わった血筋に現れる金髪を後ろで括り、赤いドレスを身に纏って、赤いヒールを履いている。
身につける宝石は澄んだ水色だ。これは陛下の瞳に合わせているだろうか。
見つめる細いブラウンの瞳が自身を見下ろしてくることに、ロレティカの胸は痛いほど心臓を激しく高鳴らせていた。
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