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第27話

 内側から激しく胸を叩くように、不規則に鳴る心臓を感じながら手に汗握る。  出来るだけ平静を装っているつもりではいるが、どんな顔をしているのか鏡がないから分からない。  ただ王妃が興味を示してくれたのか、崩していた姿勢をまっすぐにして扇子を広げる様子に、印象は悪くなかったことを知る。 ​「悪くないわね」   ​ それはロレティカにではなく、ダロニエへと向けられた言葉だった。  ダロニエは深々と頭を下げながら「ありがとうございます」と応じる。  悪くないと言うのは、ここへ連れて来られる前からバレック殿下の侍従にする話は進められていたのだろう。  前世では急に知らない大人の前に立たされて怯えきっていた。消えそうな小さな声で名前を名乗るのが精一杯で、結果、侍従の話は十歳になるまで先送りになり、二年後にようやく登城を許されたのだ。  けれど今世は違う。一刻も早く城へ入りたい。会いたい人は城でしか会えないから。 ​ すると王妃は、広げた扇を顔に寄せ、妖艶に口元を隠した。細められた瞳の奥に、値踏みをするような狡猾さが見え隠れする。   ​「私はエドライ国王妃、レビッタ・スワブ・エドライよ。ロレティカと言ったわね、あなたを息子の──王子の友達として側にいることを認めましょう。ただし、第一王子の侍従として迎える代わりに、将来は王子の手足となって一生を尽くしてちょうだい」 ​ レビッタ王妃はロレティカの一挙手一投足を見ているのが窺えた。  小さな動きを見逃さず、邪な感情がないかを見つめているのだ。  まだ幼いロレティカには王妃に対立出来る力はない。屋敷でだって侯爵の機嫌を損ねないようにするしかまだ道はないのだ。  故に拒否権のないロレティカは本心を表に出さないように気をつけながら胸に手を当てて頭を垂れた。 ​「はい。レビッタ王妃様。王子のお話相手に選んでいただけたこと、光栄に思います」 ​   嫌がる素振りも、面倒くさがる素振りも見せないように抑揚をつけてかしこまるロレティカに、レビッタ王妃は満足そうに喉を鳴らして微笑んだ。 ​「ふふ、期待しているわよ」 「王妃、私からもお礼を。末弟のオルガだけでなく、愚息まで侍従として受け入れて下さったこと、大変感謝いたします」 「気にしなくて良いわ。これほど賢い子供に出会えて、これでも興奮してるのよ。侯爵家に投資した甲斐があったというものね」  侯爵からすればこれで王妃と言う後ろ盾が出来たことになる。  贅沢を尽くすことしか出来ない今の侯爵家の財政は火の車で、領地を半分売るしかない状況にあったのだ。  そのことにダロニエが気付いた時には既に遅く、毎月赤字を出さないように工面することに焦っていたと執事長が言っていた。  そんなダロニエのもとに現れた救世主が、王妃の実家であるオービス家からの融資話だった。  同じ侯爵位でも日々成長して潤っているオービス家の提案に直ぐ様飛びつき、第一王子を王太子に押し上げるよう約束されたのだ。  それをダロニエはチャンスがやって来たと思ったらしい。  オルガを利用して第一王子と仲を深めようとし、特別な存在であるロレティカを王子の付き人として王妃に差し出すことで信頼を得ようとしたのだ。 (それが今回の目的で、俺がバレック殿下に仕えることとなった理由)  今世は殿下に忠誠を尽くすつもりはないが、陛下に会うためにはどうしても王城へ行くきっかけが必要だ。  ダロニエが参城する時に連れて行ってもらえるわけがないし、城のパーティーに参加することなんて許されるわけがない。  それなら、使えるものは使う。  嘘はつき慣れているから、従順な振りで取り入ってやる。  王妃がワインを一口呑み込んで、流し目でダロニエを視野に入れながら忠告した。 「せいぜい大事に育てなさい」 「はい。部屋の監視をさらに厳重にしようと思います」 「それと、もっと一流の先生をつけるべきね。我が子は次期国王になるんだもの、側にいる子がバカでは国が傾いてしまうわ。良い教師を紹介してあげる」 「ありがとうございます! ロレティカ、良かったなぁ。王妃様が直々にお前の家庭教師を選んで下さるそうだ」 「はい、ありがとうございます。勉強頑張りますね」  貼り付けた笑みを浮かべるロレティカだが、頬が引き攣りそうで口元を動かないようにするのに苦労した。  本当に大人たちの会話を聞いていると嫌気がさす。 (俺をなんだと思っているんだ……)    その次期国王がバカでも国が傾いてしまうことを知っていて欲しいものだ。  令嬢たちと遊び呆けて、仕事が出来ない国の王など誰に何を示せると言うのか。  そのくせ人事異動は身勝手で、欲深い奴等だけが城でやりたい放題なのだから、ロレティカがどれだけ学んでいたとしても、国を良くするなんて出来るわけないのだ。  何より、言うことを聞くだけの糸操り人形なんかじゃない。  ──そう声に出したいけれど、また地下に押し込められるのは嫌だった。  今はどんな言葉にも堪えて、平然とした顔で頷きながら、身も心も捧げますと従順な振りをする。 ​ すると王妃がパチンと扇を閉じると、執事に「あの子をここへ呼んできて」と言う。  しばらくすると厚いカーテンの向こうから子供の声が聞こえた。  そして静かに開いた先に立っていたのは、バレック殿下の姿だった。  目が合うと、「お前はさっきの……」と呟いていた。  その呟きは王妃の耳にも届いたらしい。 「あら、もう知っていたのね。丁度良かったわ。バレック、今日からこの子もお前の遊び相手として側に置くことにしたのよ。仲良くしてあげなさい」 「は? なんでですか! こんなトロそうな奴、友達になんて嫌です!」  拒絶する殿下の様子に、ダロニエから無言の視線が突き刺さる。  せっかくのチャンスを棒に振られては、将来設計が成り立たなくなるから困るのだろう。  とは言え、「令息だから嫌だ」と言う殿下にどうしろと言うのか。  性別を変えるなんて出来るわけがない。  ため息が出そうになると、叱られたのは殿下の方だった。 「バレック、あなたは一国の王子なのよ。どんな相手だろうとあしらえなくてどうするの」 「うっ……」  叱りつけたあと、今度は打って変わって穏やかに囁く。   「別にこの子と実際に遊ばなくて良いのよ。ただパーティーの時は必ず側に置き、必要な時に呼べば良いのよ。人を従えることを学ぶのに、ロレティカはとても従順で良い子だから、絶対に手綱を放してはなりません」 「はい、母上」  ぶすっと頬を膨らませた殿下がロレティカを振り向く。  そして腕を組んで、威張るように自尊心溢れる言葉を並べた。 「ふんっ。お前がそんなに俺に付いてきたいなら勝手にしろ。俺は王子だからな、下賤な育ちのお前でも側にいることを許してやろう」 「ありがとうございます。謹んで仕えさせていただきます」  深々と頭を下げるロレティカの耳に、舌打ちをしたオルガが「邪魔くさい」と口にした。  王妃が近くにいるのに、そんな言葉を吐いたオルガのことを慌てたように一発、ダロニエが拳骨を食らわせてから小声で「黙りなさい」と言っていた。  兎にも角にも、終始大人っぽさで対応したロレティカを王妃は気に入って下さったようで、今世もバレック殿下のもとで侍従として側にいられるようになった。  その翌日、執事長のエダンが部屋にわざわざ手紙を届けに来た。   「旦那様からお手紙です」 「父上から?」  部屋に訪れずに手紙を差し出して来るのは良くあることだ。そこは何ら不思議には思わないが、手渡された手紙が気になってその場で封筒の口を破ってみせると、便箋を取り出した。  そこには王妃からの手紙が入っていて、中身をそのまま差し替えたようだ。  中身は要約すると、『第二王子が七歳になる春。建国祭も兼ねたパーティーを開くから、それまでに王族貴族のマナーを身につけ、参内するように』とのことだった。  最後の便箋はダロニエからで、褒美を同封したらしい。実際に、封筒の一部が膨らみ、固い物が入っていることには気づいていた。  傾けて中の物を手の平に転がすと、それは家紋の彫られたブローチだった。  つまり、パーティー当日に上着に付けろと言うことだ。  これで一応、ロレティカはフォロバトン家の一員として認められ、登城することを王妃と侯爵、両方から許されたことになる。  やっと第二王子レイリス殿下と共に登城するはずのサルク・リュンデンと会えるのだ。  それに、陛下とも──。 (生きている陛下にもう一度会える。けど、やっぱり不安だ。願いで時間は遡っているけれど、女神様は本当に陛下の命を吹き返させてくれたのだろうか……)  レビッタ王妃が存在して、バレック王子ともこうして前世の道筋通り動いているのだから、可能性は高いけれど、どうしても悪い想像が消えてくれない。 (白い棺桶の中で、眠る顔を思い出す)  生きているのはロレティカの断罪日に近い者たちだけで、先に亡くなった陛下や他の人たちはいない世界だったらどうしよう。  生きていても違う人格をもった人間だったらどうしよう。  悪い想像ばかりが膨らんで、会うことが怖いと感じることもある。  人は一度死んだら蘇らないのだ。  それが常識なのに、もし本当に女神様が奇跡を起こしてくれているのなら──。 (どうか、奇跡が訪れていますように)  エダンが帰った部屋の窓辺に立って、ロレティカは手を合わせて祈っていた。  

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