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第29話

 城門が見えて来るとそびえ立つ城壁の高さに、初めて訪れるほとんどの人々が気後れするほどで、入国審査の列には落ち着きのない言動をしている者がちらほらいる。  その列を見守るのは城門にいる警備兵だけではない。二棟の|櫓《やぐら》には二人体制で見張りをして周囲を警戒している。  そしてエドライ国では王都に入国する人の身分に関わらず入国審査が必ず行われていた。  審査と言っても軽いものだ。荷物チェックと入国手続きを基本に、あとは異国人等の入国税のやり取りくらいで、門の下で足止めされると言っても大して時間はかからない。  王都に来るほとんどが冒険者や商人で、もともと身分の保証された人たちばかりだ。そう待たずして、流れるように入国審査は通っていく。 「次!」    外の掛け声に留まっていた馬車が動き出す。  フォロバトン家は御者とダロニエが対応し、家紋を身分証代わりに城門を通り過ぎた。  門を通り過ぎるとロレティカは開いた窓から顔を半分出すように下街の街並みを眺める。  見知った光景が並ぶその様子に目を細めていた。  こんなにも豊かな都を前世では内乱の戦場にしてしまったのだ。  バレック殿下が国王に即位したことで、王妃が下した度重なる増税により活気が失せて、失業者と貧困民は一気に増えた。 (止められず、レイリス殿下をけしかけるために利用した俺のせいでもあるが、今のファウスト陛下が亡くなってから国が傾いたのはあっという間だったな……)  それくらい現国王であるファウスト・ロジル・エドライ陛下は先導者として素晴らしい御方だったと言える。  そして王妃と第一王子がどれだけ愚劣だったのか、ロレティカは身をもって知った。  けれど問題なのは、バレック殿下が不適正だからと言って、レイリス殿下が継げるような才徳を持っていると思えないことだ。  人並み以上は備わっていたと思えるが、大臣や家臣を従えるには物足りない面があった。   (──と、地下牢に入れられる前は思っていたけれど)  非凡な陛下と同じ能力を求めては可哀想かもしれない。  親とは全く違う育ち方をし、同じ人格者ではないのに、一方的に息子だからと言って全てを求めるのは間違っていた。  それをロレティカは分かっているようで、理解していなかったのだ。  レイリス殿下は確かに幼い部分がある。それでも剣を交えて伝わってきた感情は、紛れもなく前を向いて国をより良くしようと立っている“王子”だった。  王妃の策略に負けじと歯向かう勇気を持った立派な方だ。 (──なら侍従として、足りないものを補えば良い。俺なら命と知識を補ってやれる。他のものは本人に身につけさせて、難しいようなら得意な人を充てがえば良い)  窓の縁にかけた両手に力が入る。  せっかく回帰してきた二度目の人生。過去の記憶を利用すれば、叶えられなかったことを成し遂げられるはずだ。  それにレイリス殿下にはロレティカ以上の頼れる大人が付いている。万が一、ロレティカの暗躍が失敗したとしても命が脅かされることはないだろう。 (……やってやる。俺にだって防壁くらいにはなれるんだ。今世ではレイリス殿下を即位させてやる)    王道の緩やかな坂道を馬車が上がっていくと、王城を囲むもう一つの城壁へと辿り着いた。  この城壁も当たり前に高く、上の歩廊からの景色をロレティカはとても気に入っていた。  ファウスト陛下もよく都や宮殿を一望しに足を運んでいたのを覚えている。  なにせ周りには城壁以上の高台になる建造物が、敷地内にある見張り塔しかなく、刺客に弓で狙われることはまずあり得ない比較的安全な場所だった。王族の散歩には丁度良い。   ​「陛下は王都も離宮も大事にしていた人だったからな……」   ​ とても愛おしそうに景色を眺めていた姿が、脳裏を掠める。  王城には王族の住まいを含めていくつか宮殿があった。その上、広大な敷地には畑や温室などの施設もあったりするので、一日いただけじゃ飽きないところだ。   ​(陛下は城や学院を探索している内に、建築物が好きになったと話していた。最盛期には別荘が二桁くらいあったと巷では有名だったんだよな)   ​ 陛下が一番楽しそうに話されるのも、もっぱら建築の話で、きっとエドライ国の一番給金の良い仕事は建築家と大工だろう。  下街では王宮御用達の家具屋を多く見かけたものだ。 ​ そんな懐かしい思い出に浸っていられたのは、馬車の揺れが収まり停車するまでのことだった。  着いたのは来客が利用する迎賓館で、貴族や来賓者は迎賓館を通って王城へと踏み入れる。  フォロバトン家一同は先に王妃とバレック殿下に挨拶をしに水晶宮へ案内してもらった。  王妃の住む宮殿には白い壁画に水晶がふんだんに使われていて、アーティスティックな一面のある変わった宮殿だ。 (けど王妃には透明な水晶は似合わない……)    レビッタ王妃は純真さなど欠片も持ってないような人柄で、ブラウンの瞳と金髪の容姿からも水晶は似合わないとつくづくロレティカは感じている。  けれど人前で言うには王族への不敬に当たるため、誰も口にしない禁句とされていた。宮廷で働く使用人たちの間では暗黙の了解にもなっている。  フォロバトン一行は侍女に客室へと案内されてしばらく待っていると、奥の扉が開かれて王妃とバレック殿下が現れた。 「フォロバトン侯爵、いらっしゃい」  臙脂色のドレスに身を包んだ王妃が笑みを浮かべて、一家を見つめてくる。その視線が少し不気味で背筋が寒くなった。  王妃の隣では腕を組んで無愛想に立つ正装姿のバレック殿下がいて、つまらなそうにそっぽを向いている。   「王妃陛下、王子殿下にご挨拶申し上げます。此度の殿下の社交界デビューおめでとうございます。  妃陛下におかれましては今日も大変麗しく、その華麗な金色の髪を前にしては、どんな宝石の輝きも霞んでしまうでしょう」 「ふふ、お世辞が上手なこと。来てくれて嬉しいわ。それに子供たちも」  王妃の視線にたじろぐオルガよりも一歩前に出たロレティカは、手本のように胸に手を当てて頭を下げる。   「エドライの永遠の太陽、王妃陛下に拝謁いたします」  その後に続くように緊張しているオルガも頭を下げる。  ロレティカの挨拶に一層気に入ったのは黙っていたバレック殿下だった。    「フンッ、俺には挨拶はなしか?」 「失礼いたしました。エドライの小さな太陽、バレック殿下に拝謁いたします」  すると、ちっ、と舌打ちを漏らしたのが聞こえた。   「俺は小さくない! フンッ、まぁ良い。侍従になるのにまぁまぁな挨拶だな。これからは俺に仕えられることを感謝するがいい」 「一緒にパーティーに出席出来ること、大変嬉しく思います。これから精一杯仕えさせていただきます」  バレック殿下が上機嫌になったことに、王妃の冷たい視線は穏やかなものに変わって息子の肩に手を置いた。   「しっかり者のロレティカが付いていてくれるなら安心ね。バレック、オルガとも仲良くするのよ」 「はい、母上」 「ロレティカ、オルガ、控え室で他にも遊び相手になる子供たちが来ているわ。挨拶してらっしゃい」  王妃の言葉にはダロニエも反応を示した。   「おや、結構急いだつもりでしたが、私が最後だったでしょうか」 「そうね、でも気にしてないわ。男爵も子爵も商人で、二人とも王都にいたんですもの。領地を持つ侯爵とは訳が違うわ」 「そう言っていただけて幸いです。それではまた後ほど伺わせてもらいます」 「えぇ。後で控え室に息子を向かわせるわね」  会話を一度終わらせると、フォロバトン家は控え室へと案内された。  そこには確かに二人の子供とその父親がいて、ビューラは与えられた家族部屋へと案内された。  父親を商人と王妃は言っていたが、その子供たちは騎士を目指している男子だけあって、体つきがロレティカとは違った。雑な言葉遣いも、反りが合いそうにない。  仕方のないことだとは思うが、先が思いやられた。二人はそれぞれ次男や三男で店を引き継ぐ資格がなく、騎士を目指すしかない身の上ばかりだ。  剣術に全てを捧げているために、オルガとはすぐに打ち解けていた。 (知ってたが、ユグルはいないよな。どこかの駐屯兵団所属で今はまだバレック殿下の目に留まっていないのはわかっていた)    ユグルは殿下が学院生になって辺境の地に遊学している頃に出会ったはずだ。  三人でお喋りをしているので、ロレティカは孤立していた。 (本でも読むか)    ソファに座って読書をしていると、一時間後にようやくバレック殿下が部屋へと来た。  一行が侍従に案内されると、先に親たちが端の出入り口から謁見室へと入り、残された子供たちは重厚な扉の前で待機するように言われる。 (いよいよだ。この先に陛下がいる)  かつて不自由なロレティカの心の支えになってくれたもう一人の父親のような人。  もう二度と会えないと、そう思っていたけど……。 「──陛下から通すようにとお言葉がありました。バレック殿下、侯爵家、子爵家、男爵家の公子の皆様お入り下さい」     扉の横で控えていた近衛兵が扉を開く。  開かれた瞬間、張り詰めた空気がロレティカの肌を刺した。  広い謁見の間に左右に立ち並ぶのは大臣や上級貴族と、呼ばれた低級貴族のみ。  そして真っ直ぐ伸びた先、階段の上に据えられた玉座は二つ。  一つはレビッタ・スワブ・エドライ王妃が座り。  もう一人が──現国王、ファウスト・ロジル・エドライ陛下がいる。 ​ ロレティカの視界がその姿を捉えた瞬間にじんわりと世界が歪んだ。  バレック殿下の後に続いて覚束ない足で一歩ずつ前へと進む。  そして子供たちを眺めていた陛下の視線と合った時、雷に打たれたような衝撃が走り、熱いものが胸にこみ上げてきた。

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