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第31話 夜のパーティ

 控え室に向かう前にロレティカのことを任された使用人、もといメイドたちの手によって崩れた髪やメイクを直してもらっていた。  陛下直属の使用人は準貴族や貴族、または推薦された身分のハッキリしている者たちの中から、試験や面接に合格した謂わばエリートだ。  アルとルカ、カナも立派なメイドだが、陛下の住むここ王宮で働く者たちは平民の身分では持ちえない教養や礼節があって、厳かな雰囲気を持ち合わせている。  一人一人が貴族屋敷の執事長、メイド長レベルだ。  なのでお客様に対しての気遣いも良く、目元を暖かいタオルで温めてくれたり、衣装を整えてくれたりと、とにかく至れり尽くせりの対応をしてくれた。 (やっぱり陛下専属の使用人は動きが違うなぁ。憧れるけど、俺だと侍従の面接は不合格になりそう……)  そんなことを考えながら歩いて、今度は大きな控え室の前へとやって来たロレティカは、気を取り直すために頰を軽く叩いてから扉を開けてもらった。  中ではバレック殿下とオルガを含めた三人の子供たちが楽しそうに話していて、現れたロレティカを見ると眼差しが冷ややかなものに変わる。  覚悟はしていたけれど、人前で泣きだして折角の晴れ舞台を台無しにしたのだから怒られて当然だろう。  そして──、窓側のソファに座る第二王子のレイリス殿下と、公爵騎士団の中でも選び抜かれた同世代の見習い騎士たちが興味深そうにこちらを見ていた。  その中でも目につくのは、開かれた窓から吹き込む風に騎士服をはためかせて静かに立つ、無表情なサルク・リュンデンの姿だ。   (あぁ、そうだ。懐かしいことを思い出した……)  ロレティカの中で、サルク・リュンデンという子供の第一印象は“寡黙な子”だった。  無駄口を叩かず、静かにレイリス殿下の隣に立つサルクを、幼い頃はリスペクトしていたような気がする。  ずっと俯いてばかりいた回帰前の当時ロレティカは、まだ人に対して好き嫌いなんて抱いたことがなく、落ち着いた雰囲気の漂うサルクに憧れを感じていた。  それが時が経つにつれて、父親に認められたい気持ちや、王妃や王子から不要とされるのを恐れてばかりいたために気持ちのゆとりをなくしていった。  確かな信頼を築くレイリス殿下とサルクの主従関係に、ロレティカは嫉妬心を覚えて遠ざけようとしたのだ。 (ただでさえ狭い世界で、俺は感情的になって視界を狭めていたんだな……)  だから小さな世界に何度も入って来てくれた陛下のことしか知ろうとしなかった。  死に際になってやっとサルクの優しさに気づいたのだから精神的に幼いにも程がある。  きっと今でも小さな世界なんだろうけど、あんなにもロレティカのために時間を割いてくれる人はいない気がする。  じっと見つめていたロレティカの視線に気づいたサルクが振り向いた。  目が合うとサルクの表情が一変した。  無表情な顔つきから、花が咲いたように人懐っこい笑みを浮かべて身体の向きを変えてくる。  そのあまりの変わりように驚いたロレティカは、バッと顔を反らして一度頭の中を整理しようとした。 (う、うん……? なんでサルクは笑ったんだろう。前世の記憶はないはずなのに)  本当にびっくりした。  初対面のはずのロレティカに対して、親しい人と会えたような穏やかな眼差しで見てきたもんだから、ロレティカのことを知っているのかと動揺してしまった。  ──とは言え、今はサルクことを気にしている場合ではない。  バレック殿下のもとへ歩み寄ると頭を深々と下げる。 「あの、側を離れてしまい申し訳ありません。陛下に会えた喜びで取り乱してしまって、周囲への配慮に欠けていました。深く反省しています」  バレック殿下は一瞥をくれたあと、鼻で笑って振り向こうとはしなかった。 「許すと思うか? 貴様のせいで父親は見向きもしなかったわ。他の貴族たちだってお前の話ばかり」 「申し開きもございません」 「次、夜のパーティーで目立つようなことをすれば母上に言って侍従から外してやるからな」 「寛大なお心、ありがとうございます。挽回の機会を無駄にしないよう、心を入れ替えて頑張ります」  これでも子供っぽく喋っていたつもりが、耳に入って来たのは「すごい、宰相みたいな子がいる」だった。  耳に入ってきた呟きに思わず振り向いてしまいそうになったが、もう一度下げた頭を上げずに思い留まった。 (どうしても向こうが気になってしまう……)  とりあえず一件落着したことに、ロレティカはバレック殿下の手元のお茶が空なことに気づいて、ティーポットをもって来てはカップに注ぐ。  それからクッキーの皿の横に手拭き用のハンカチを置いておく。 (とりあえずこれで良いか。それに俺はまだ子供で、話し相手として選ばれただけだからな)  話し相手と言ってもバレック殿下と主に話しているのはオルガたちで剣や下町の話だ。  ロレティカは一番離れた席で聞き役に徹している。  しばらくすると部屋にいる何人かが、視界の隅でお手洗いに行きたそうな仕草を見せていることに気づいた。  静かに立ち上がると、率先して扉の近くに立つ騎士に話し掛ける。 「すみません。お手洗いに行ってきても良いですか?」 「はい。もちろん構いません」  大人ならまだしも、子供の中には集まりの時に思っていることを言い出せない子は一定数いるものだ。  ロレティカが聞こえるように話したからか、直ぐさま「俺も!」と手を挙げたり、立ったりする子供が現れた。  騎士にお手洗いの場所まで案内してもらうと、向かう最中でレイリス殿下の隣りにいた見習い騎士が話しかけてきた。 「君がトイレに行こうとしてくれて助かった!」 「我慢してたの?」 「そう! いつ閣下に言おうか悩んでた!」 「そうなんだ」  ロレティカとそう変わらない身長で、褐色の癖毛をふわふわさせた少年は、先程、バレック殿下に謝っていた時に遠くから呟いていた子供だった。 「あ、僕はタヴィ・ラムラスね。よろしく!」 「ロレティカ・フォロバトンだよ。よろしく」    子犬みたいな高い声で話すタヴィは、誰とでも話せるような陽気な性格をしている。  因みにラムラスは公爵が統括している西方の中で、ラムラス領を治める領主の家門だ。  爵位は、子爵。身軽な剣術を得意としていて、将来の護衛騎士に抜擢された。 (──だったかな。声を聴くと懐かしい気持ちになるな)  タヴィは確か、学院を卒業して間もなく護衛騎士の身分から公爵騎士団に戻っている。  それは今、部屋にいるはずの見習い騎士たちが起因しているのだが、タヴィの不幸はレイリス殿下が北城に移り住むことになったその道中にある。  報告によれば山賊の襲撃を受けている最中で足場が崩れて崖から転落したと聞いた。行方知れずになり、春になって周囲を捜索したが崖下に姿はなく、遺体も見つからなかったと言う。  その後もタヴィの行方が掴めずにいて、一年後に殉職として処理された。  内乱戦争が起こる頃にもタヴィの行方は見つかっていないので生死は分からないが、雪山で一人遭難したのだからよっぽどの運がないと生きていなかっただろう。  今世は出来れば生かしたい。何十人の中から選ばれて公爵に認められただけあってその実力は確かなものだ。  それに気のおけない騎士が一人だけなのは、レイリス殿下が行動するのに心許ない気がする。 (実際に生かせるかどうかは、本人の選択次第になるかもしれないが)  タヴィの横を歩きながら追想にふけっていたロレティカに、突然背後にいた誰かが話に割って入ってきた。    「へぇ、ロレティカって言うんだ。可愛い名前だね」  急に耳元で聞こえたその声にロレティカは心臓が飛び出そうなくらい衝撃を受け、弾かれたようにタヴィに抱きついた。  勢いが殺せずに一回転し、背後にいた人物を見る。  そこに立っていたのはサルクだった。  突然のことに強張った身体の中心からは、ドッドッドッと力強い鼓動が頭に響いて、今にも口から何かを吐き出しそうなくらい動揺していた。 (び──、びっくりした……)    部屋から出たところを見てなかったので、まさか後ろにいたとは思わなかったのだ。  思わず抱きついたタヴィの肩にすがる手が離せない。  嫌な汗が背中を伝っているのが感じとれた。   「ごめん、驚かせた?」 「う、うん……」 「サルクってば気配消して驚かすのが好きだよね、ロレティカ可哀想」 「そう言うつもりはないんだけどな」  そう言って肩に掛かるロレティカの手や腕をさすってくれるタヴィに、ロレティカは少しずつ落ち着いていく。  ──落ち着いて、真っ先に気になったのは、やっぱり“どうしてここにサルクがいるのか”だった。  

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